面倒臭い兄妹
「さあ、何が欲しい? 今手元にあるのは、睡眠、催淫、毒、麻痺…… あとは、一般的な鎮痛剤、傷薬、整腸剤かしら」
アリシアが通学用の鞄の中から幾つもの小瓶や紙の包みを取り出し、テーブルに並べていく。
「あんたって、本気で頭おかしい。今まで知り合った中で一番ヤバい奴だわ」
「ありがとう。褒められるのって大好き」
悪い顔をして心底楽しそうに笑い合う。
「オススメは?」
「催淫剤と傷薬。催淫の効果は眉唾だけど、同時にこの傷薬を舐めると副作用でナチュラルに倒れる。三日間は目を覚まさないわよ」
「あんたがよく使ってるやつね」
「傷薬の成分は熱に弱いから、熱い料理には仕込まないでね」
傷口につける練り薬である。無味無臭なのはありがたいが、一服盛るのは難しいように思う。
「あとは、麻痺薬と鎮痛剤を半々に混ぜて鼻から吸うと、やる気が出て集中力が上がって、ついでに幻覚を見る。これ、最高よ」
「中毒性は?」
「あるわね」
「それ、自分が実験台になって突き止めたの?」
「主に、ね。最終的に他人でも試してるわよ。あ、それと、その組み合わせ、嘘をつけなくなるから。他人に飲ませると自白剤の効果があるわよ。飲む時は吸う時の倍の量でね。お兄さまで実験済みだから効果は保証するわ」
「何を自白させられたのやら。怖い妹をもって可哀想。フェリックスでしたっけ?」
「あら、お兄さまの話なんてしたことあったかしら」
「留学から帰ったと、カインに聞いたわ」
「カイン・マクスウェル?」
アリシアが驚いたように目を見開く。
「どういうこと?」
「最近、クラウディアのところに来て、ついでに私と話していく。何か入れ知恵されているんだと思うけど、利用してやるわ」
その言葉に、ふうん、と納得していないような相槌を打ったアリシアであったが、次の瞬間には元のにやけ顔に戻っていた。
「で? 何が入り用?」
アンジェリカは幾つかの薬を指し示した。
◇
「あら、お兄様。もうお話は済みましたの?」
読んでいた本から目を上げる。ノックして部屋に入ってきたのは、疲れた顔のルイスであった。
「ああ。平然と我が家の門をくぐる時点で相当だとは思ったが、あれの面の皮の厚さは並みじゃないな。何も盛ってなどいない、疲れて眠ってしまっただけ、で通した。状況証拠だけでは落とせなかったか」
「充分です。揺さぶるのが目的なのですから。これで手を打たないようならただの馬鹿。打ったら後ろに誰か居ます」
「ただの馬鹿だろうな。無計画過ぎる」
「面倒臭い人よね。カインが関わりたがらないのも頷けます」
ルイスの前でカインの名を出してしまったのを「しまった」と思い、平静を装って話題を変える。
「それで、フェリックスは?」
「先に帰した。あのような輩、用が済んだらさっさと出て行ってもらうに限る」
「あら。アリシアが心細くならなければ良いけれど」
くすくす笑うクラウディアの頭をルイスが強めに撫でる。
「お前もお前だ。わざと一服盛らせるようなこと、次からはするな」
いつまでもぐしゃぐしゃと撫でる。こうするのは本気で心配な時なのだと、妹は知っていた。
「ごめんなさい。お兄様。でも……」
「クラウは『でも』が多すぎる。自分がいつでも正しいと思うな。それと、お前に何かあったら悲しむ人間がいるのを、常々忘れず行動しろ」
被せるように切られてしまったが、全くの正論に返す言葉がなかった。が、しかし……
「そうね。悲しむ人もいるし、復讐しちゃう人だっているわよね。えっと、『ラルフに引き渡さなかったのは温情と思え』でしたっけ?」
虚を突かれたルイスが、何か言おうとして、しかし言葉が出ずに口をパクパクさせる。
「ラルフがレオンにしたこと、お兄様も知ってらしたのね?」
にっこり笑いながらも、冷え冷えとした鋭い眼光で睨みつける妹と、蛇に睨まれた蛙の如き兄であった。
「可愛くない妹だ」
ルイスが、認める代わりに憎まれ口を叩く。
「すみません。『でも』は減らすよう努力します。……でも! 知ってるならお兄様が教えてくださっていたら良かったのですわ。下手に隠すから、危険なルートで情報を入手することになるのです」
「……お前は本当に可愛くないな」
再び、ぐしゃぐしゃとクラウディアの頭を撫でながら、ルイスが溜め息混じりに呟いた。