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こじらせ悪役令嬢は無自覚に無双する  作者: Q六
第四章 政略結婚編
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女豹と女狐


 いつも通りの朝。しかしクラウディアは足取り重く教室に向かう廊下を歩いていると、前方にカインの背中を見つけた。


『随分前から、思われているだろ』


 ルイスの言葉が蘇り、慌てて視線を外す。まさか、と兄の言葉を疑いつつ、意識だけはしてしまう。爽やかな朝の空気を溜め息で台無しにしていると、背中をツンツンとつつかれた。振り返ると、小さい背を余計に小さく縮めたアリシアが、申し訳無さそうに俯き加減で立っていた。


「あの…… おはようございます」

「おはようございます、アリシアさん。今日は登校できましたのね」

「すみません…… 話しかけたりして……」


 顔を真っ赤に染め、また、申し訳無さそうに眉を下げて謝罪してくる。


「いいえ。話しかけてもらえて嬉しいわ。今日の放課後、我が家にいらっしゃいます?」

「はい!」

「よろしかったら、昼食もご一緒いたしませんか?」

「よろしいのですか……?」

「ええ。あ、カインとは幼なじみなのですよね。誘おうかしら」


 アリシアはチェスをしないそうだが、サリーに師事するためフォーサイス家に出入りしていたカインとは昔からよく知る間柄なのだと言う。


「お気遣いありがとうございます」


 そう言ったアリシアは、控え目ながら、嬉しさがこぼれるような笑顔をした。カインの話題になると、アリシアは嬉しそうだったり寂しそうだったりと表情がくるくる変わる。


(好き…… なのかなぁ……?)


 昨日の兄の言葉が再び蘇る。が、すぐさま否定した。アリシアと別れ教室に入ると、意を決してカインの方へ向かう。


「おはようございます。今日、アリシアさんと昼食をご一緒する約束なのですけれど、カインも同席しませんか?」

「アリシア・フォーサイス…… ですか?」

「幼なじみなのでしょう?」

「ええ、まぁ」

「友達ができなくてお寂しいようですよ。あんなに健気で可愛らしい方なのに可哀想だわ。力になりたいの」

「では、ご自分でどうぞ。私はフォーサイスに関わるつもりはありませんので」


 呆気にとられるほどの冷淡さで断られた。

 このところのカインは態度が砕けてきていたので勘違いしていたが、そもそも、テリトリー意識が強く排他的で、意に添わないものはきっぱりと断れる人であったと思い出す。


(このカインが私を好きだなんて、やっぱりお兄さまの思い違いよね)


 何となく胸をなで下ろしたのは、カインに対する自分の思いと向き合いたくなかったからだと、クラウディアは気付いていなかった。


 昼休み、カインに断られたとは言えないクラウディアであったが、アリシアは何となく察したようで、逆に大層謝られた。女子二人でテーブルに着き食事をとっていると、それを見ていたミザリーが途中から加わり、ミザリーの取り巻き令嬢が加わり、と、意外と大所帯になって和気あいあいと楽しい昼食となった。


「そういえば、ミザリーさんとアリシアさんは従姉妹にあたるのでしたね」

「ええ。あまり行き来はありませんけれど、サリー叔母様はたまに、実家であるハスラー家に足を運んで下さるので。アリシアさんの噂だけは耳にしておりました」

「わたしも…… お継母さまから、とても聡明で、美しく、堂々とした、立派に侯爵家を盛り立てていける令嬢だと…… 聞かされておりました……」

「あら、嬉しい。またランチをご一緒しましょうよ。遠慮があって話しかけずにきてしまったけれど、折角の縁ですわ。仲良くしましょう?」

「あの…… ありがとう、ございます」


 不得手であろうに、所々声を詰まらせながらも一生懸命喋る様子が、健気で好感が持てる。ミザリーもそのような気持ちなのだろう、子を見守る母のような面持ちでアリシアと接している。

 最初からカインでなくミザリーを誘うべきだったと思うのと同時に、クラウディアは、このところの自分はカインに頼り過ぎていたのだとも気付いた。アンジェリカの話を聞いてやってほしいなどともカインには言ってしまったが、これからは、できるだけ頻繁にアリシアを家に招待しよう、とクラウディアは思うのだった。




 そして、放課後。


「アリシア!?」


 呼ばれて玄関ホールにやってきたアンジェリカが、他には目もくれず親友の元へ駆け寄る。


「アンジェリカさん! お元気そう……」


 うっすら涙ぐみ、声を詰まらせるアリシアを見て、クラウディアはそっと声をかける。


「私は席を外しています。お茶を用意させますね。アンジェリカさんのお部屋が良いかしら?」

「はい。お願いします」


 アンジェリカが言葉を返してくれたことに驚く。それだけ嬉しかったということか。連れてきて良かったなぁとしみじみ感慨深く思っていると、後ろからポンと肩に手をおかれる。


「では、僕たちはクラウディアの部屋に参りましょうか」


 アリシアの付き添いで来た、フェリックスであった。


「ご冗談を。行きませんよ。……お兄様、どうぞお好きになさって」


 冷ややかな視線を投げ、無表情で肩の手を払いのける。睡眠薬を盛ったことがバレたと知り、開き直っていい子ぶるのは止めたらしいフェリックスを、クラウディアはさっくりルイスに預けた。


「話を聞かせてもらおう。ラルフに引き渡さなかったのは温情と思え」


 ずるずると引きずられるように連れ去られるフェリックスと、嬉しそうに笑い合う女子二人を見届け、クラウディアもその場を後にした。




   ◇




 自室に親友を招き入れ、嬉々として学園の様子や流行りのドレスの話などしていたアンジェリカだったが、茶の支度が整うと、「女子の話がしたいから」と意味深に言って侍女を下がらせた。そして、ドアが閉まると途端に表情を一変させ、いやらしい笑みを浮かべる。


「来やがったな、女狐」


 ティーテーブルの向かいに座るアリシアは、ゆっくりと、上品な所作で紅茶を一口飲みカップを置く。


「酷い言葉…… お里が知れますわよ、女豹さん」


 そこには、おどおどとした気弱さが消え去り、アンジェリカに劣らずのいやらしい笑みを浮かべる一人の悪女がいた。




 

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