危険なことや悪いこと
クラウディアは猛省していた。
前世では縁遠く、諦めてしまった恋愛にまつわるあれこれが、今回の人生では手に入るのだという、分かっているつもりで分かっていなかったことが、急に実感として押し寄せてきた。
しかし、それ以上にクラウディアを悩ませたのは、最初にラルフと唇が触れた一瞬の心境であった。前世で聞いた言い回しを用いるなら、「誰もすなる接吻といふものを、我もしてみむとてするなり」……つまり、興味本位である。
勿論、それだけでは無い。ラルフの思いが痛いほど伝わってきて、応えたくなった。それが五割ある。しかし、残りの五割の内、三割が好奇心で、二割が打算だ。相手がクリスであったなら、「キスを受け入れるイコールその後の行為やら結婚やらを受け入れる」となりそうだが、ラルフなら応えなくて良いと言ってくれている。安全に好奇心を満たせるという打算が、効果的に働いた。
(最悪だ! 酷い! ビッチの思考!)
しかもその、前世込みで初めのキスというものがとても心地良いもので、思わず夢中になったのが、尚、いたたまれない。向けられるラルフの思いが純粋であったが故に、余計に自分が浅ましく、恥ずかしかった。
そんな理由で他人とは少し距離を置き、一人、温室で昼食をとるクラウディアであったが、どこから嗅ぎつけたのかフェリックスがやってきた。「ご一緒してもよろしいですか?」と言うな否や、返事も待たずに隣に陣取る。そこは、いつかルイスとアンジェリカが化かし合っていたベンチで、クラウディアは少々因縁めいたものを感じる。
「オセロの件は申し訳ありませんでした。今は他の案件が立て込んでおりまして……」
「いえ、気になさらないでください。それより、こんな所にお一人でいらっしゃるなんて、どうかなさいました?」
「ただの気分転換です。もしかして、探してくださいました? 何かご用がおありでしたか?」
「ええ。ラルフ様のことで」
まさかの人物から、今一番触れられたくない名を出されて、たじろいだ。それを、フェリックスは見逃さない。
「気になります? 僕はあまりよく知らないのですけどね、三年のレオン・ビューラーという人に大怪我させて休学に追い込んだのは、ラルフ様だそうですよ」
思ってもいない方向の話に、クラウディアは目の前が真っ白になった。停止しようとする頭をなんとか回転させ、否定を試みる。
「そんな話は…… どこからそんな話が……」
「妹のアリシアは、クラスメイトのアンジェリカ・クレイルという方に聞いたそうです」
次々と出てくる意外な名に、頭がついていかない。しかし、辻褄は合う。考えてみれば、レオンが姿を見せなくなったのは、ラルフが編入してきたのと殆ど同時ではなかったか?
(なぜ、ラルフが?)
そう問い掛けて、ふと、蔵書庫でのラルフの言葉が脳裏に蘇る。
『危険なことや悪いことはオレがやるから、全部こちらに押し付けて』
そういうことかと合点がいってしまい、もうそれ以上、フェリックスの話を否定できない。
「僕が聞いたのはそれだけですが、アンジェリカさんは今、ルイス様の婚約者としてギョー公爵邸にいるのでしょう? 聞いてみてはどうです?」
「あ…… どうでしょう。アンジェリカは、私とは……」
その言葉を聞いたフェリックスが、困り顔で提案した。
「では、妹をご紹介しましょうか?」
「はい。是非」
「しかし、弱ったな。妹は今、学園には来ていないのですよ。元々、気弱で友人らしい友人もいなかったのですが、アンジェリカさんが婚約を機に自主退学されてから、すっかり不登校になってしまったと、両親が嘆いているのです」
「でしたら、我が屋敷にいらしてくだされば良いんだわ。アンジェリカさんも喜ぶと思います」
「妹一人では……」
「フェリックスもご一緒にいらして」
「でも、まずはラルフ様についての話を聞かないといけませんよね。アリシアに会いにいらっしゃいますか?」
「はい。よろしければ、お邪魔させていただきたいと思います」
その言葉に、フェリックスは心配気な表情を一変させ、渾身の無害そうな爽やかさでにこりと笑む。
「では、今日にでもどうぞ」