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こじらせ悪役令嬢は無自覚に無双する  作者: Q六
第四章 政略結婚編
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地下牢にて


 月の無い夜更け、手にしたランタンの灯りを頼りに城の地下牢に降りていく人影があった。その顔を見て、二人の牢屋番たちが礼をして下がる。ここに収監されているのは、取り調べ中の政治犯や思想犯である。ランタンを持った人物は、迷うことなくその最奥に歩いて行き、フードをとる。


「お久しぶりです。ビューラー辺境伯」


 薄い金の髪をかきあげたクリスが、鉄格子に向かって話し掛けた。


「まだ辺境伯と呼んでくださいますか」


 年の頃は五十程の禿げ上がった男が、冷たい石の床に跪く。


「ええ。あなたと、あなたの家の者達の処遇は決まっておりませんから。しかし、隣国と接する地を、いつまでも領主不在のままにはしておけないのですよ。ご不満でしょうが、代わりの者を派遣します」

「当然でしょう。私がもう帰れないことはわかっております」

「あなたの家族もね。他国と手を結んで国を攻めようとした首謀者とあっては、国外追放もできません。良くて一生涯幽閉、悪くすると……」

「私を脅すおつもりですか」


 視線を上げたその目に、熱は無い。ただ、凝り固まった化石のような淀みが宿るだけだ。


「今話したことは、あなたが真実に政治犯なら、の話です。レオンは、幼い頃からの友人の一人。学園では、他の誰よりも長い時間を共に過ごしました。……助けになりたい」


 息子の名を聞いたビューラーの肩がピクリと小さく跳ねる。ここが勝負所と踏んだクリスが、畳み掛けるように次の一手を出す。


「今、アンジェリカ・クレイルは王室の監視下にあります」

「城に?」


 明らかに動揺した様子で、ビューラーが身を起こす。


「いえ、信頼の置ける者のところに」

「では、その方にお伝えいただけますか。……あれは悪魔です。心を許さず、重々お気をつけください、と」


 その言葉を最後に黙り込んでしまったビューラーの前に「これまで」と見て、クリスはまたフードを被る。地下牢の入り口まで歩いたところで、控えていた牢屋番に紙の包みを渡した。


「邪魔したな。差し入れだ」

「これは! 申し訳ありません!」


 塩漬けの干し肉。酒の肴であった。当番の最中に酒盛りしていたのを知れていたと牢屋番たちが狼狽え、口々に謝罪を述べ始める。


「良い。()()()()は黙っていろ」


 黙して敬礼する牢屋番に背を向け、階段を昇って行くと、背後に気配がした。


「凄いですね。そういう取引のし方って、城にいてどうやって覚えるんですかぁ?」


 その声にクリスが立ち止まる。


「凄いのはお前だろう。行き止まりの一本道で、どうやって背後にまわるんだ?」

「内緒です」

「それに、ここは城の最深部だぞ」

「クリス様にいただいた役職のおかげで、城の奥へも出入りがしやすくなりましたから」

「役職は関係ないだろう。通行手形があるわけでもなし」

「お役目となれば、心苦しくなく出入りできます」

「心苦しいなんて思ったことないくせに……。それで? こんな所まで来るからには何かあるのだろう? 隠密隊隊長ラルフ・メルティローズ」


 ランタンの灯りに赤毛が照らし出される。人懐こい笑顔で、ラルフが小さなメモ紙を差し出した。


「ピンク髪が渡り歩いた土地と、おおよその期間」

「よく調べたな」

「今回捕まった奴らの領地はことごとく入ってますよ。それと、()()もね」

「時期も合う、か」


 メモに目を通しながらクリスが呟く。


「国の中枢から遠い者の領地が多いな。この中で、ある程度の権力と人脈があり、未だ尻尾を見せていない者が治める領地はどこだ……」

「ところで、どうして黒幕が別にいると思うんです?」

ビューラー(あれ)には、政治的思想が無い。ならば、国を倒して何とする? 例え国家の転覆が成ったとしても、民に不満が無いのなら、ただ、平和な世に動乱をもたらした罪人となるだけだ。ならば、奴の背後に、思想を持った者か、或いは戦争によって得をする者がいる」

「そして、なぜかビューラーはそいつを守っているわけですね」

「そこがわからない。一族を失ってまで守らなくてはいけないものとは何だ?」

「さっきのビューラーの物言いと良い、やはり、鍵はピンク髪ですかねぇ」

「それも聞いていたのか。……お前は東国で何を身につけてきたんだろうな。まったく油断ならん」

「そうですよぉ。油断してると、そろそろ本気で奪いますから」

「困ったな。油断しているつもりは無いんだが、お前には敵う気がしない」


 言葉とは裏腹に、二人の間には気の置けない者同士の緩んだ空気が漂っていた。




  

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