ギョー公爵夫人とアンジェリカ
レースとピンクのカーテン、ラベンダー色の絨毯、猫足の白い家具。
一時はアンジェリカの趣味で娼館のように安っぽい煌びやかな内装になっていたギョー公爵邸であったが、夫人とアンジェリカの共同監修でゆめわわ乙女チックへと路線変更されていた。
「こういうひらひらふりふりピンクピンクした感じ、憧れだったの。アンジェリカさんが背中を押してくれたお陰で実現したわ」
内装を変え、花を生け、出来栄えに満足しながら二人で茶を飲む。
「クラウディア様は、こういったものはお嫌いなのですか?」
「ええ…… そうね。あの子は家の中の仕事にはあまり興味が無いようだから……」
言葉を選び、たまに声を詰まらせる公爵夫人をアンジェリカは黙って見つめる。
「あの子は、忙しいのよ。幼い頃から公爵の仕事を手伝って、今や幾つかの事業は一人で任されているのだもの。母として誇らしく思うわ」
しかし、そう言う夫人は酷く小さく、寂しそうに見えて、アンジェリカは無言でそっと手を伸ばし、その手を握った。
「夫人が家庭を守っていてくださっていたからこそ、仕事に打ち込めたのです」
「でもあの子は、男性に縋り、家庭を守るだけの女の生き方を、下に見ているようよ。自分はそうはならない! お母様のようにはならない!って、思っているのが分かるの」
その言葉に、クラウディアもまた、自分と同じように前世の記憶があるせいで親子関係に障りがあるのだと、アンジェリカは理解した。
「わたしは夫人のようになりたい。一歩後ろに控えて、立派に主を支え、盛り立てる女性になりたいと思います。どうか、わたしをそのように育ててください」
「アンジェリカさん……」
夫人の目に、涙が浮かぶ。
「初めて娘ができたようだわ」
幼いクラウディアは魔王と呼ばれ、傍若無人ぶりは母をも恐れさせた。前世の記憶が戻ってからは母よりも父の後ろに付いて仕事を補佐し、お洒落や家庭的な事柄からは距離をおいてしまった。実のところ夫人は、もっともっと娘との時間を楽しみたかったのである。レースや刺繍、美容に心を砕き、ブリブリしたドレスを愛でる気持ちを共有したかった。しかし、それらは、クラウディアにとって「コスプレみたい」な衣装であり、「人生の無駄遣い」と敬遠されてしまった。当たり前だと思っていた生き方や趣味が否定され、長い間に夫人は孤独を募らせた。
「あなたに見て欲しいものがあるの」
そう言って夫人は、傍に控える侍女に何かを言いつける。暫くして出てきたのは、一着の真っ赤な子供用ドレスであった。
「まぁ! 可愛らしいです! 素敵…… わたし、子供の頃こんなドレスに憧れていたんです。レースとフリルがいっぱいで、女の子の夢が詰まったみたいなドレス…… 着てみたかったなあ…… こんなドレスが着られるなんて、クラウディアさんは幸せですね」
ドレスを手に取りうっとりするアンジェリカを、夫人は満足げに眺める。
「それね、着てもらえなかったの」
「え……?」
「クラウディアの婚約が決まって、王太子殿下と初めて顔を合わせる日の為に、私が用意した物だったのだけれど。あの子、それは嫌だって言って、別の物を着て行ってしまったの。……いいのよ。あの子の選んだ物は清楚で、素朴で、子供らしくて、とても似合っていた。けれど、ね」
手にしたカップに視線を落としたまま、夫人は黙り込んでしまった。
「デビュタントのドレスは、夫人がお選びになったのですか?」
アンジェリカに問われて、夫人は呷るように紅茶を一息で飲み干す。
「デザイナーの手配はさせてもらえました。あとはあの子の好きに……。良いの。あの子らしい、素敵なドレスだったわ。あの子らしい…… 我が領地の特産品の宣伝に特化した、真珠のドレス」
素敵と言いながらも、苦々しい思いが隠しきれずに伝わってくる。アンジェリカは、探るように言葉を紡いだ、
「……私のドレスは、夫人に選んでいただけますか?」
夫人が驚いたように目をぱちくりさせる。
「あなたの大切な…… 一生に一度のウエディングドレス、私に任せてもらえるの?」
「勿論です。お義母様! わたし、憧れの女性が選んでくださったドレスで嫁いで来たい」
「アンジェリカ……」
がっしりと、手を握りあっていた。母と呼ばれ、憧れの女性と言われ、心が解けて安堵の涙をこぼす夫人を、アンジェリカもまた大きな目に涙を湛えて見つめる。しかし、その涙がこぼれることはない。
(安いもんだ。ドレス一つで恩を売れるなら、幾らでも売ってやる)
同情的な優しい笑みの下で、アンジェリカは高笑いしたいような思いを噛み殺していた。