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こじらせ悪役令嬢は無自覚に無双する  作者: Q六
第四章 政略結婚編
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ルイスとアンジェリカ

 

 ギョー公爵邸に来て早々に、アンジェリカは挫折しかけていた。屋敷で働く者は皆、美しく聡明なクラウディアの虜であり、恨みや妬みを持つ者など一人も見つけられなかったのだ。

 それでも綻びはあるもので、夫人に取り入ろうとお菓子作りするために入った厨房で、アンジェリカは驚くほど暖かく迎えられた。この屋敷の者達は貴族に悪感情を持っていなかったが、それでも、幼い頃から高い志を持ち、公爵家の関わる幾つもの事業で功績を上げていたクラウディアは、絶対的な主の一人であり、簡単には近寄れない存在であった。それに対しアンジェリカはよそ者である上に、自分達と同じ言葉を話してくれる、手の届く相手。

 そのことに気付いたアンジェリカは、持ち前のコミュニケーション能力と幼い容姿を活かした明るい笑顔で、料理人や庭師、末端の下男下女などに気軽に話しかけ、気遣い、自分が得た物を分け与えた。アンジェリカ自身、貴族然とした態度が肌に馴染まず、庶民の中に入っている方が気楽であったし、お姫様扱いされるので心地良い。

 生粋の貴族達ばかり相手している手練れの家庭教師たちは、ものを知らない彼女を下に見る傾向があったが、そこは、前世の経験を活かす。キャバクラで培った「さすがですぅ」「知らなかったぁ」「すごぉい」「せっかくですからぁ」「そうなんですねぇ」の、自尊心を擽る鉄板の()()()()()を駆使して籠絡した。

 こうして、彼女は、身の丈から外れた公爵家という場所で、案外すんなりと居場所を作ってしまったのだ。


 その日のアンジェリカは、ハーブを植えたいという料理人の話を聞きつけ、庭師に掛け合い、公爵夫人に掛け合い、奔走して、庭の一角をハーブ園に変えていた。そして、代金と称して、ちゃっかり自分のケーキ作りに必要なハーブや木苺などの果実も植えさせてしまったのだ。貴族の子女子息らに囲まれている学園では、上手く立ち回れないようであったアンジェリカが、家の中では水を得た魚のようにいきいきと動く。


 ルイスは二階の自室の窓から、それらの一部始終を眺めていた。


(恐ろしいほどに逞しいな……)


 呆れのこもった、感嘆に似た溜め息を漏らす。そもそも、ルイスにとって身近な女性はクラウディアであり、それ以外には特に興味もなかったのでじっくりと観察してみたことなどなかった。しかし、見始めると、初めて知ることばかりで、面白くなくもない。

 オンとオフとで差のあるクラウディアと違い、アンジェリカは常にオン。化粧していない顔や、整えられていない髪など見たことがないし、常に誰彼となく笑顔を振りまき、話し掛ける。最初は、知らない家に来た為に気を使っているのかと思っていたが、どうやら、あれが素のようだと気付いて驚いた。

 気を抜くことなく美しく装い、笑顔と巧みな話術で客をもてなし、屋敷で働く者達を取りまとめ、皆が心地良く過ごせる家を運営する。礼儀の問題など難も多いが、適性だけ見れば貴族の妻としては最高の女性なのではないかとさえ思えてきた。アンジェリカが来てからというもの、様子が気になるのか、たびたび公爵邸に足を運ぶようになったクリスに、それをそのまま伝えると、「気をつけてくださいね」とにこにこ笑っていた。


(気をつけるとは何だろう? 私がアンジェリカになびくとでも?)


 自分とアンジェリカが真実に夫婦になると想像してみる。が、何も浮かばない。貴族の妻に向いているとは言っても、他人事、一般論であり、我がこととしては想像できなかった。

 ただ、クラウディアのような女性を求める限りクラウディア以上のものはないのだから、それとは違う方向のものを求めない限り、相手が誰であろうと無理なのだろうとは、ぼんやりと思う。


(しかし、な……)


 である。クラウディアの強さと脆さの折り重なった不安定さ、その佇まいの持つ透明で冷たい薄氷のような美しさが、ルイスの心を掴んで離してくれない。


 まだ当分、春は遠いルイスである。





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