最初にして最高のもの
「ねえどういうこと!?」
学年違いの教室に朝から押しかけたラルフが、ルイスとクリスに詰め寄っていた。
「昨日のことを言っているなら、クラウディアに聞け」
「たまたま皆が居合わせただけだよ」
冷ややかに言い捨てるルイスと、全く申し訳なさそうでないクリスをラルフがねめつける。
「居合わせないでしょ。普通。ズルいよお。呼んでよお」
登校して早々、クラウディアにギョー公爵邸で突然催された茶会のあらましを聞かされ、居ても立ってもいられなかった。普段なら、手近なところでカインに詰め寄る場面であったが、クラウディアに直接誘われたのがカインであると思うと悔しさが先に立った。
「クラウディアはカインに対して警戒心無さ過ぎだと思うんだよねえ。ズルいよね。カインはさ。ああ、くそっ。オレもクラウディアを好きなの隠しておけば良かった」
「そうだね。俺もそう思う。下心には気付かないのに、言葉には敏感だね。真珠姫は」
「切ないよねえ」
うんうんと頷き合う二人を、ルイスが頬杖をついて不思議そうに眺める。
「羨ましいな。健全に恋していて」
「相手のいる人の発言としては不謹慎ですね」
「ルイスは本命が妹だからさあ。不健全だよねえ」
「クラウディアは女神だ。別格だ。大体、妹をそんな目で見るわけがない。……が、どんな女性を見てもクラウディアと比較してしまうせいか、心に全く波風が立たない」
聞いていた二人が、「あー、それな」みたいな顔をして頷く。心当たりがあるので、単純にシスコンと否定できない。
「アンジェリカ嬢との結婚を簡単に言い出せたのは、そのせいですか」
「それだけではないが、まぁ、それもあるのだろうな。……不憫なものを見る目をしないでいただきたいんだが」
全く意識してもらえず先の見えない恋をしていると思っていた自分よりも、更に哀れな状況のルイスに、憐憫の情を隠せない二人であった。
(でも、クラウディアが他の男を好きになったら、オレもあの状態になるんだよねぇ)
自分のクラスへ向かう廊下を歩きながら、他人事ではないルイスの状態を噛み締める。
「怖い怖い」
声に出してみたが、想像してみると案外平気なラルフである。自分にはクラウディア以外の女性は小石程度にしか見えておらず、例え彼女が他の誰かのものになってもそれは変わらないと、もうとっくに覚悟ができていた。
「しょうがないよねえ。最初に出会ったのが最高のものだったんだもん」
いつもの笑みを口元に浮かべ、独り言ちながら、自分の教室のドアを開ける。と、クラウディアが見知らぬ男子生徒と握手しているのが視界に飛び込んできて、笑顔のまま、思わずムッとする。
「誰?」
近付いていって、クラウディアの後ろから睨みをきかす。
「あ、ラルフ。こちら、二年のフェリックス・フォーサイスさん。隣のクラスのアメリアさんのお兄さまで、ミザリーさんとは従兄妹にあたるんですって」
クラウディアに紹介され、にこりと笑んだのは、濃い金の髪と緑の目をした、品のある爽やかな青年である。
「一年の教室に何の用ですか? 先輩。もうすぐ始業のベルが鳴りますよ」
握手したまま手を離さない男から、クラウディアを引き剥がす。
「そうですね。そろそろ失礼します。……また、放課後にでも」
「ええ。詳細についてはまた」
にこやかに去って行くフェリックスに、何かざわざわと嫌な予感がした。