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こじらせ悪役令嬢は無自覚に無双する  作者: Q六
第四章 政略結婚編
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カインとアンジェリカ


 妙に緊張感のある茶会であった。普段より口数の多いクラウディアに対して、不機嫌そうなアンジェリカ、誰とも視線を交わさず無言で茶を飲むルイス、穏やかに笑ってクラウディアを見つめるクリスの四人を前に、カインは成り行きを見守っていた。


「これ、アンジェリカさんが作ったんですか? 凄い。美味しい! 私、こういうことは全くできないの」

「お嬢様は厨房になんか入らないって言いたいのですか。イヤミですか」

「ち、違っ! 女子力高いなと思って……」

「あなたは女子力低そうですよね」


 撃沈するクラウディアをにこにこ眺めていたクリスが、「二人は仲がよろしいのですね」などと言う。天然と見せかけての狙いすました発言であろう。アンジェリカは無言のまま作り笑いで場を濁し、クラウディアへの態度を多少和らげた。

 腹の内を素直に表現する人間が、腹黒アンジェリカと天然クラウディアのみという状況に、カインは少々うんざりした。


「ラルフ様も引っ張ってくれば良かったかな」


 思わず口をついて出たカインの呟きを拾ったのは、ルイスであった。


「カインはラルフと親しいんだね。全くタイプが違うようだけれど」

「タイプは違うけれど、似ているのよ。ラルフはひとつ話すと十先まで察してくれるし、カインはひとつ話すと十先まで知ってるの。だから、二人の会話は聞いていて楽しいのですよ」

「ふうん。クラウディアさんは皆様と随分お親しいのね」


 アンジェリカの言葉にクラウディアが凍りつく。あんまりな態度に、紅茶に視線を落としていたルイスが顔を上げる。


「皆が勝手に慕っているのですよ。同じテーブルの上で政治からお菓子作りまでやっつける人は稀少ですから。アンジェリカさんのこのケーキも美味しいですが、先日真珠姫にいただいた白い焼き菓子も美味しかったですよ」


 一触即発な雰囲気をクリスが収めた。


「あれは、指示だけしたもので、私が作ったわけではありませんから……」


 クラウディアが学食に提案した菓子の件はアンジェリカの知らない話であったのか、何のことかと黙ったのを見て、カインが動く。


「この菓子のレシピをいただいてもよろしいですか?」


 突然声をかけられ、驚いた風のアンジェリカであったが、すぐに立て直す。


「カインが作るの?」

「はい。料理はあまりいたしませんが、デザートは妹たちが喜ぶので」

「妹がいるのね。何歳?」

「双子で、今年七つになります」

「小さい子供が喜びそうなお菓子も知ってるわよ。苦手な物はある?」

「酒が利いた物などは苦手なようです」

「わかった。お酒を使わないものね」


 得意な話題を振られたからか、つれなくされていたカインとやっとまともに話せているからか、アンジェリカが饒舌になる。


「一緒に作れるものも良いわね。そうだ、ちょっと厨房に行かない?」


 そう言って立ち上がり、カインの手を引く積極的なアンジェリカに一同が戸惑う中、ルイス一人が紅茶に視線を落としたまま、静かに言葉をかける。


「アンジェリカ、カインが戸惑っているよ。カイン、申し訳ないけれど、()の相手をしてやってもらえますか」

「私でよろしければ」

「ほら、行きましょ」


 アンジェリカに手を引かれ部屋を出る寸前、振り返ると、静かに茶を飲むルイス、心配そうに見送るクラウディア、楽しげに手を振るクリスが見えた。


 パタンとドアを閉めると、アンジェリカが演技がかった浅い溜め息をつく。


「はぁ。疲れた! ね、私の部屋に来ない?」

「厨房に行くのではないのですか?」

「行っても良いけど。もっとゆっくり話ができるところに行きたいな」

「厨房に行きますよ。()()


 敢えて強調された「奥様」の一言にアンジェリカは小さく舌打ちすると、大人しく厨房に向かって歩き出しながら黙り込んでしまった。


「ルイス様は良くしてくださらないのですか?」

「あたしは妻なんかじゃないもの。ううん。あの人はあたしなんか好きじゃない」

「どういうことですか?」

「あたしに結婚したい事情があると知って、『結婚した後で、私を好きになってくだされば良い。その時こそ、私の本当の妻になってください』なんて言うからこうなったけど、嘘よ。あたしはあの人の妻なんかじゃない。あの人は、一度だってあたしを好きだと思って口説いていたことなんか無いもの」

「そうなのですか? 毎日温室で会っていたのでしょう?」

「そうよ。毎日、どうしてこの人は好きでもない女を口説いているんだろうと思っていた。表面的には甘いけど、熱がこもってないんだもん。相手が自分を好きかどうかくらい、分かるでしょ?」


 今の言葉をクラウディアに聞かせてやりたい、いっそ、爪の垢を煎じて飲ませたいと思うカインである。


「では、私にも熱が無いことは分かっておりますよね」

「そうね。でも良いの。カインは」

「何故です?」

「あたしに熱があるから」

「そうですか」

「反応薄っ! 人妻に言い寄られたんだから、もう少し狼狽えてよ」

「妻ではないのでしょう?」


 そうだけどさーと不貞腐れた面持ちで隣を歩く少女のような人妻に、自分が全く心動かされないことを、カインは面白く思っていた。

 整った可愛らしい童顔、その魅力(売り)を際立たせる玩具箱をひっくり返したようなドレス、髪型、態度のアンジェリカである。もっと性格が違えば、女性たちと、一部の男性から支持されていた筈だ。

 しかし、この、鼻につくどこか人工的な甘ったるさが、カインは苦手であった。


(あの方を見ていたからだろうな……)


 クラウディアの天然由来の無自覚な芳香を恋しく思いながら、忠犬よろしくアンジェリカの話し相手をするのであった。




 

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