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こじらせ悪役令嬢は無自覚に無双する  作者: Q六
第四章 政略結婚編
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堕天【1】


 アンジェリカがギョー公爵家に嫁いだ体で保護されてから数日。礼儀作法、ダンス、歴史、地理、国文学、芸術など、付け焼き刃で身に付けた物は全て公爵夫人に見抜かれ、アンジェリカに必要な学びについて、あっと言う間にリストアップされ、教師が手配された。普段であれば素直に従ったりなどしないアンジェリカであったが、今はおとなしく従う。


(クラウディアのポジションを奪って、追い出してやる)


 そんな黒い一念で殊勝な態度へシフトし、ひたすら我慢する。前世で得意だったお菓子作りの腕前を披露したのにも意図があった。「無知で無能な娘」という評価は、やり方次第で「機会を得られなかった不憫な娘」へと変わり、また、そう思われた方が得だと、アンジェリカは知っていた。


(公爵夫人は世間知らずでチョロい。切り崩してやる)


 家庭教師が帰った後、パンク寸前の頭と心を休めたくてベッドに寝転がると、つい、実際の母を思い出してしまい、舌打ちする。幼い娘を守ることもできなかった、弱い女……




   ◇




 物心ついた頃には、自分の外見に違和感があった。ピンクがかったブロンドの髪も、茶色の目も、顔立ちも。自分の顔だけではない。母の外見、言葉、食べるもの、見る景色、世界の全てが違和感でいっぱいだった。


 そんなある日。あれは、四歳頃のことだろう。母と二人だった家に、「父」と名乗る人が訪ねてきた。幼いアンジェリカの第一声は、「どうして、お父さんの髪は黒じゃないの?」だった。クレイル男爵の髪はアンジェリカよりも赤味の強いブロンド、母はブラウンである。その後も「お父さんの髪は黒だよ」と泣き続け、それを聞いた父クレイル男爵は、長く会いに来られなかった間に、自分の愛しい人には新しい男ができ、その男が黒髪なのだろうと勘ぐった。

 母はその一件以来、娘を疎むようになり、アンジェリカはただでさえある「この世界からの疎外感」に加え、親からの愛情の欠如による孤独感を募らせていった。

 力のない新興貴族の父には古参貴族出身の正妻があり、頭が上がらないと知ったのもその頃だ。それゆえ、一緒に住むことは叶わず、正妻の手がまわることを恐れて、各地を転々と放浪するように生きねばならなかった。父からの支援は届かず、母は、裕福な商人や貴族の家で下女として住み込み、少ない給金で凌いでいた。賄いがあったので最低限の食事は取れたが、育ち盛りのアンジェリカはいつも飢えていた。


 そんな時である。世話になっている家の主に部屋へ呼ばれ、膝に乗ると菓子を貰えた。次の日も、また次の日も。他の下働きの者は大人でさえ食べたことがないであろう、色とりどりの繊細な細工と味の飴やケーキを、おじさんの膝に座って食べた。

 無心で菓子を貪る間中、主は膝の上のアンジェリカを抱き締め、髪を撫で、頭の匂いを嗅ぎ、たまに、首筋に口を押し当てて息を吹き、「ブウッ!」と音を立てて彼女を笑わせた。そして、最後に必ず、「皆が羨ましがるから、誰にも言っては駄目だよ。いいね?」と約束させられるのだが、幼い少女のことである。皆が食べたことのないような素晴らしいお菓子を自分だけ食べたことがあるのも、食べる方法を知っているのも、いつまでもひけらかさずにはいられなかった。

 アンジェリカが自慢気に話した子供は、自分もお菓子を貰おうと主の膝に乗ろうとして叩き落とされ、その子供もアンジェリカも、親子共々、館から追い出されてしまった。

 この一件で幼いアンジェリカは幾つかのことを学んだ。まず、自分だけが特別であったということ。次に、自分の見つけた方法は、他人に知れてはいけない種類のものだということ。最後に、自分は、相手から一方的に切り捨てられてしまう弱い立場にいるということ。

 次に()()()となった館で、アンジェリカはうまくやった。その次の館でも。可愛らしく、整った顔立ちを活かす仕草や言動を身に付け、館の主でも客分でも、幼女趣味の金持ちを見つけては、「もっと、もっと」と、子供特有の純真な貪欲さで次々と鴨にしていった。得ていたのは物質だけではない。可愛がられ、丁重に扱われる行為は、望んでも得られない親からの愛情の代替として、心も満たしてくれた。


 各地を渡り歩きながら同じことを繰り返す内に、アンジェリカは、その手の趣味を持つ者同士のコミュニティーでは名の知れた存在になっていき、七歳になる頃には、そちらの界隈で「天使」の異名を持つ有名人になっていた。


 そして、全てを知り、全てを失った、分岐の日を迎える。




 

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