餌付け。からの……
あ、と呟いて、クラウディアがポケットを漁る。取り出したハンカチを広げると、白い菓子が二つ出てきた。
「召し上がりませんか?」
クリスは礼を言って一つ摘み、ベンチの二人にちらりと視線を戻す。先程の話は終わり、なにやら揉めだしたようだが、クラウディアは既にそちらには興味が無いらしい。
「今日は学食には来ませんでしたよね。このお菓子は、私が以前から提案していて、今日初めて出された物なんです。メニューによっては、大量の卵の白身が余ると聞いて、焼き菓子にしてみてはどうかと思って。反応が気になって、今日は昼休み中、学食の隅の席に陣取って観察していたんです」
「美味しいですよ。噛んだ瞬間のさくさく感と、口の中で溶けていく食感が楽しいですね」
ふふふ、と二人して笑い合う。クラウディアと穏やかな時間を過ごしていると、途切れてしまった幼い日の続きのようで、心が浮き立つ。
「クリス様はアンジェリカさんをご存知なのですか?」
「よくは存じ上げません。ルイスが最近仲良くしているらしいとしか」
「クリス様にお願いがあるとおっしゃられていましたね。面識の無い者が王太子殿下に直々に、というからには、個人的なお願いではないのでしょうね」
「聞くだけ聞いてみますか?」
「或いは、お兄様が結婚すればよろしいのですわ」
「それは……」
がさっと二人の頭上で音がする。見上げると、ルイスが呆れ顔で覗き込んでいた。
「あなた方は、いつからそこにいらしたんですか?」
「ごめんなさい。お兄様を覗き見するつもりじゃなかったの。事故よ。あら、アンジェリカさんは?」
「もう行ったよ」
「残念、ご挨拶したかったわ。それにしても驚きました。お兄様がアンジェリカさんと親しくなさっておいでなのは知っておりましたが、思っていた以上に親密そうで」
「そうだな」
家ではクラウディアにベタ甘なルイスであるが、他人の目がある限りはブレることのないクールガイである。
「結婚したらよろしいんじゃない?」
「そうするか……」
「ちょっと待て、良いのか?」
「お菓子食べます?」「そうだな」程度の軽い調子の兄妹のやりとりに、クリスは堪らず横槍を入れた。
「だって、アンジェリカさんが今回のクーデターに関する重要な情報を握っているのは明白ですもの」
「クリス様に願いがあると言っていたが、つまりは身柄を保護して欲しいのだろう? 寮に入ってビューラーの関係者から離れれば安心かと思ったが、それでは足りなかったらしい。学園か寮にアンジェリカを見張る者がいるのか」
「だから今すぐ家庭に入りたいのよね。それも、自分を守れる高位の貴族に。なら、我が家で保護して差し上げても良いんじゃないかしら? 結婚という形なら不自然じゃないし、追っ手の目を欺けるわ。お兄様、結婚すべきよ」
クラウディアの言葉を受け、さも当たり前と言った様子で頷くルイス。そんな二人に気圧されて、クリスは呆気に取られた。
「いや、ちょっと待て。何も結婚せずとも、王宮でアンジェリカ嬢の身を預かっても良い」
「結婚なさるのですか? それ以外の方法では、アンジェリカが保護されたと知れた途端に、口を割ったと判断されて暗殺者が送り込まれるでしょうね」
「しかし、それではルイスが。……そうか、偽装結婚か」
「そこはアンジェリカさんにお任せするのが良いのではないかしら?」
「私はどちらでも良い」
良いのか、と呟き、絶句するクリスである。政略結婚を止め、きちんと恋愛して結婚に至りたいと宣言した自分が、酷く純粋で、我が儘な立場であるように感じた。
「ところで、クリス様は、お兄様がアンジェリカさんに本気でないと確信を持っておいでなのですね。それは、なぜなのかしら? お二人は、何をご存知で、何を私に隠していらっしゃるんでしょうね? そろそろ教えてくださいません?」
クラウディアの感情の無い笑みと放たれる怒気に、ルイスは舌打ちし、クリスは「恋愛以外では油断のならない人であった」と思い出して青ざめた。