闇が病みで深い
暫くぶりにクラウディアらと昼食を共にしようと学食にきたクリスは、取り残された心持ちになった。
以前、同じように学食でカインに会った際には、ぎこちなく応対した筈のクラウディアであったが、今日は自ら声を掛けて同じテーブルへと誘ったのだ。カインもカインで、遠慮せず従う。しかし、何より気にかかるのは、並び歩く二人の距離であった。時々、クラウディアの髪が、隣に立つカインの腕に触れる。そんな姿を見て、いつの間にこれほど親しくなったのかと歯噛みしたくなる。
「妬けますか?」
知らぬ間に傍に来ていて茶々を入れるラルフを、冷ややかに睨みつける。
「真珠に関する事業の方は、現在クラウディアがほぼ一任されていますから。そちらの関係でしょう」
「本当にそれだけだと思う? 迂闊ぅ。あ、真珠姫、カイン、こっちだよ」
ルイスのフォローを一蹴し、ラルフが手を挙げて二人を呼ぶ。それを見てやってきたクラウディアは相変わらずの涼しげな笑顔で皆を魅了し、カインは無言で椅子をひとつテーブルに追加する。
(面白く、ない……)
表面には出さないが、心中穏やかでなかった。以前、「今は恋より仕事が楽しい」と言うクラウディアにがっかりさせられたことがあったが、では、今一番彼女に近いのはカインではないか。もっと面白くないのは、どうやらカインはそんなクラウディアの無自覚さを逆手にとって距離を縮めているらしいということだ。
そんなクリスの胸中も知らず、クラウディアは、いつも通りに皆の会話に耳を傾け、微笑み、丁寧な所作で食事を楽しんでいる。彼女の様子に苛立ちを覚える自分の心の狭さに嫌気がさすが、どうにもならない。
昼休み終了の予鈴が鳴り、皆が席を立つタイミングで、さり気なくティースプーンを落とす。拾おうとテーブルの下を覗きこむクラウディアと同時に手を伸ばし、近付いた耳元にクリスは囁いた。
「放課後、あの準備室に来て」
無言で目を見開くクラウディアと一瞬視線を交わした後、立ち上がり、振り返らずに退室した。
放課後、以前手を引いてクラウディアを連れ込んだ世界史準備室の机に軽く腰掛けるクリスの姿があった。暫く待つと、ほんの少しドアが開き、薄暗い室内に光が射す。
「あの…… いらっしゃいますか?」
涼やかに通る声に、微かに戸惑いが滲んでいる。
「居るよ。入ってきて」
明かりは点けないが、クラウディアも意図をすんなりと理解し、受け入れる。
「随分会っていなかったように感じますね」
机に腰掛けたままなのも、笑顔も、相手を怯えさせないためだ。そうして、目の前までやってきたクラウディアの右手を掴む。
(捕まえた……)
突然に取られた手をビクッとさせ、思わず引き抜こうとしたクラウディアであったが、それを許すクリスではない。
「あの…… 何かお話があるのでは」
「そうですね。話というか、聞きたいことはたくさんあります。最近、カインと二人で出掛けることが何度もあったとか。親密過ぎませんか?」
「は、はい。そう、言えば、二人でしたが、二人きりではなくて。人に会いに行ったと言うか……」
しどろもどろになる姿が余計な疚しさを漂わせて、クリスの神経を逆撫でする。
「責めているわけではありません。私はただ、無防備過ぎはしませんか、と、ご忠告申し上げたいのです」
「無防備、ですか?」
「今も、ほら、こうして薄暗い部屋に男と二人きりで居る」
「そうですが、クリス様ですし、……カインですよ?」
(だから駄目だと言うのに……)
クラウディアの鈍感さ、危機意識の低さに、苛立ちを隠せなくなってきた。
「現にあなたは今、利き手を奪われているのですよ?」
狭い部屋である。手を取ったまま立ち上がると、すぐ、クラウディアを壁際に追い詰める形になる。あ、と呟き身を捩るクラウディアであったが、クリスが逃すはずもなく、右肘を壁につけて身体全体で行く手を塞ぐ。
「俺、言ったよね。無防備過ぎるって」
「クリス様、何だか口調がいつもと違……」
殆ど腕の中で小さく震える思い人の姿に、言い知れぬ独占欲が沸く。
必要以上に顔を近付け、耳元に口を寄せ、囁いて追い詰める。
「これが俺だよ? 負けず嫌いで、独占欲が強くて、嫉妬深い。早く俺のものになって。他の男を近付けないで。そんな可愛い姿、カインにもラルフにも、見せないで」
言って、くすりと笑う。
(考えてみれば俺はいつも嫉妬している。最初はルイスだった。次はラルフ、今はカインか)
怯えるクラウディアを静かに抱き寄せながら、クリスは自嘲した。