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こじらせ悪役令嬢は無自覚に無双する  作者: Q六
第一章 幼少期編
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新しい二つ名


「王子殿下、王子殿下……クリス様! 子馬は何色なのですか?」


 七歳からすると二歳違いの王子との体格差は大きくて、早歩きされるとついて行くのがやっとだ。手を引かれ転びそうになりながら、とにかく足を止めて貰おうと、何でも良いから必死に話しかけた。


「! すまない。早く歩きすぎた」


 立ち止まって振り返り、息の上がった私を見た王子が、すぐに察して手を離してくれる。


「あまり意識していなかったのだが、緊張していたようだ」


 言いながら頬を赤らめ視線を逸らす。美少年って良いなぁ。見ているだけで幸せになれる。で、緊張って?


「緊張なさっておいでだったのですか?」

「……あぁ、えっと。そう! 今日は、あなたのお兄上とも会えるかと思っていたのですよ」

「殿下は、お兄様をご存知なのですか? たしか、兄がこちらに参じたことはなかったかと思うのですが」

「うん。そうなのだが、自分が勝手に知っているだけと言うか、勝手にライバル視していると言うか、目標にしているというか」


 さっぱりわかりません。


「あなたは歴史学のニールセン先生、国文学のマゼンタ先生をご存知ですか?」

「ええ。兄と、私もお世話になっております」

「私もです。他にも何人か、ギョー公爵家で教えている先生方に私も世話になっているのですが、よく出てくるのですよ。とても優秀な生徒として、『ルイス』の名が」

「ああ、ニールセン先生はお兄様に心酔なさっておりますものね」

「マゼンタ先生もね。……自分で言うのも何だけれど、王家なんかに生まれると、誰かと比較されるとか、自分以外の者が特別視されるとかいう経験が無くて。それを、どの先生方も『ギョー公爵家のルイス様は』って言うんだから、もう、次は絶対勝ってやる! って、こっちは内心メラメラだよ」


 笑って話してらっしゃるけれど、余程悔しいらしいのが、熱のこもり具合でわかる。


「だから、今日は有名人に会えるような気持ちでいたのかな。来られないと聞いてがっかりしてしまって」

「申し訳ありませんでした」

「ああ、いいえ、違うのです。何でしょう。噂の『ルイス』にやっと会えると、そのことにばかり気を取られていたところを横から急襲されて狼狽したというか……。ちょっと聞いていたのと違ったというか……」

「私には、あまりご興味ありませんでしたのね?」


 まだ子供なのだからそんなものだろうと、思わず笑んでしまう。クスクスと笑う私を見る王子の頬が赤く染まり、真剣な面差しに変わったので、「あ、失礼な振る舞いをしてしまった」と後悔しかけていると、一度は離された手を、もう一度取ってギュッと握られる。


「私たちは親同士の決めた婚約者という間柄ですが、あなたが心地良く居られるよう、誠心誠意、心を砕きます。どうか末永く……仲良くしてください」


 九歳ながらの真っ正面からの真摯な言葉。『わたし』が王子推しだったのは、こういうところだ。悪役令嬢クラウディアの黒い噂を耳にしても、アンジェリカに惹かれる自分の方を責め、婚約者であるクラウディアの潔白を最後まで信じようとする。……そして、最後の最後には悪女(クラウディア)を断頭台に送った後、彼女を信じ、愛していた時を思い出して涙する。誠実過ぎるくらい誠実。世間的にこのエンディングは賛否両論だったのだけれど、『わたし』は王子と一緒に涙し、「クラウディアの馬鹿! 王子一人いれば十分最高じゃん!」と、枕を抱えてのたうち回ったものだ。


「あなたの髪飾り……アンクレットも。公爵領産の真珠ですね」

「はい。ご存知でしたか」

「ええ。海の少ない我が国では珍しい物ですから。母上が大切に持っているブローチを見せてもらったことがあるのですが、手入れが大変とかで、触らせては貰えませんでした。殆ど家宝のような物なのですが、あなたの髪飾りはそれより形も大きさも揃っている物を何粒も使っている。流石ですね」

「お詳しいのですね」

「臣民の支えあっての王家ですから」

「王家は、我が公爵領の持つ()に興味がおありですか?」


 唐突な政治的問いに、王子が息を飲むのがわかった。


「……そうですね。私はまだ海を見たことがないので。一度見てみたいとは思っています」


 にっこりと笑顔で返される。やはり王家の人間は凄い。はぐらかしたということは、今のこの国にとって『海』の持つ地理的政治的重要性を、この年齢で知っている。


「あなたは面白い人ですね。とても刺激を受けます。()()()


 含みのある言葉に、こちらもにっこり笑って無言で返す。


「子馬を見に行きましょう。あまり長く席を外すと誰かが探しに来てしまいます」

「あの、無理に行かなくても大丈夫ですので……」

「? 馬はお嫌いでしたか?」

「もしかすると殿下は、この気詰まりな時間を早く終わらせたくて早歩きしていたのでは、と思い至りまして」


 王子が一瞬言葉に詰まる。


「な! 違っ! 違います! それは、あの……。ちょっと、力が入りすぎました」

「?」


 よく理解できず小首を傾げると、そんな様子を見て王子は困ったように微笑む。


「馬がお嫌いでないなら、ゆっくり参りましょう、ということです。それと、私のことは名前で呼んでください」

「はい。クリス……王子……様……で、よろしいですか?」


 なんだか恥ずかしい。男の人の名前を呼ぶのって、前世でも苦手だった。


「王子は要りません。さっきみたいに、クリス様、と。では、参りましょう。真珠姫」

「あ、え? 真珠姫?」

「クラウディアに似合いでしょう?」


 初めて名を呼ばれたことと、再び私の手を取ったクリス王子のはにかんだ笑顔に目眩がして、それ以上は口が利けなくなった。

 今度は互いの顔が見えるよう、横に並んでゆっくりと歩き出した。つないだ手に感じる鼓動が、自分のものなのか、王子のものなのかわからない。それはなんだか深く思い合う恋人同士の行為のようで。私は、うっかり、自分を甘やかしたくなってしまった。


 アンジェリカ、ごめん。王子があなたと出会うまでで良いから、ちょっとだけ、子供の間だけ、この席に座らせてもらっても良いかな?




 

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