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こじらせ悪役令嬢は無自覚に無双する  作者: Q六
第三章 真珠姫編
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悪役令嬢、寝る

 

 それからは、もう、チェスそっちのけで大盛り上がり。誰かが皆にお酒を振る舞いだして、私も少しいただいた。社交界デビューすれば飲酒も解禁になるのだが、まともにお酒を飲んだのは初めてであった。それにしては酔わずにいられたのは、お酒の飲み方を知っていた前世と、アルコールに強いらしい身体のおかげだ。頬がうっすら赤くなる程度で済んだ。悪役令嬢、強っ!

 カインは止めろと言ったけれど、こんなに楽しいお酒、前世ぶりなんだもの。男の人を投げ飛ばした挙げ句、お酒を飲んで盛り上がるなんて、令嬢として有り得ない行動だけれど、良いじゃない? 楽しいじゃない!


 以前、言い寄ってきた男子生徒を投げ飛ばしたときのスイッチが入った感じ。それが、ここにきて頭の霧が晴れるように姿を現していく。


 一旦は魔王クラウディアの本能をねじ伏せ同化したかのように思われた理性……というか、「断頭台は怖い!」という前世の記憶だったけれど、それすら、そもそも令嬢とはかけ離れた干物喪女。平日は仕事して、自分の稼いだお金で生活して、好きな漫画、好きな小説、好きな乙女ゲームを楽しんで、自分勝手に生きていた人間だ。寂しくはあった。恋愛したいと思ってもいたけれど、諦めきっていたから、今更どう動いたら良いのかわからない。それより、端から他人の目や批判なんか気にしないおひとりさまを選んでしまった方が楽なのだ。身の丈に合っているのだ。肌に馴染んでいるのだ。

 そこが、魔王クラウディアとシンクロした。


 本当は、女性の地位なんかどうでも良い。()()()好き勝手に生きたいだけ。


「飲みニケーション最高!」

「なんですかそれ。飲み過ぎです」


 カフェの方に移動して、酔いを醒ます。その間にも、先程まで一緒に飲んでいた者達が親しげに挨拶して通り過ぎて行く。


「でも、澄ましてチェスしてるより、たくさんの情報を仕入れたし、人脈も築けたわ。見て、名刺よ。私が巴投げした宝石商のマルクスさんがくれたの。投げられて友情が芽生えるなんて、そもそも体育会系の人だったのね。素敵。じゃなくて、名刺って文化はあるのね。早速私たちのも作りましょう。ビジネスしやすくなるわよ」

「今日のあなたは何を言っているのか良くわかりません。仕事の話は酔いが醒めた明日以降にしましょう」

「酔ってるからこそ、冴えてるのよ。ううん。明日以降も変わらない。私、やっと目が覚めた。断頭台が怖すぎたのね。アンジェリカのことも。クリス様を完全に失うことも。だって、初めてだったんだもの。生涯を約束してもらうなんて。子供だったけど、それでも、嬉しかったんだもの。忘れられないわよ」

「今度は泣くんですか。顔に出ないだけで、やっぱりすごく酔っていますよ」

「泣かないわよ。ちょっと感傷に浸っただけ。ただの初恋の残滓よ」

「残滓、ですか」

「クリス様にしても、よ。私には好かれる要素なんて無いもの。幼い頃に見た夢の名残に、絡め取られているだけ」

「ラルフ様もですか?」

「そうね。きっと、そう。皆、錯覚してるんだわ。皆、お酒でも飲んで目を覚ますべきなのよ。……眠い。ちょっと寝るわね」


 頬杖をつく呆れ顔のカインを見たのを最後に、睡魔に負けて意識を手放した。




   ◇   ◇   ◇




 クラウディアがテーブルに突っ伏して寝入るのを見届けたカインが、後ろのテーブルを仰ぐように見る。


「……らしいですよ、ラルフ様」


 二人に背を向けて座っていた人物が、手にしたカップを置き、帽子を取りながら振り返る。燃えるような赤い髪、人の良さそうな垂れ目、平民の服を着たラルフであった。


「ありゃ。バレてた」

「この方が襲われそうになった時に。すぐ後ろにいて、……殺そうとしたでしょ」

「殺気出ちゃったかぁ。鋭いね」


 てへっと笑い席を移ってくる男を、カインが横目で見つめる。


「苦労していますので。人を見る目は養われました」

「へぇ。じゃぁ、その、見る目のあるカイン君は、どうして()()クラウディアと一緒にいるの?」


 その質問に対する答えを確認するように、カインは二人の男の間で突っ伏して眠る令嬢に目をやった。


「ああ、涎垂らして。子供ですか。……さっきの話、聞いていたでしょう? この方、本気なんですよ。すごいですね」

「うん。すごい勘違いしてるよねぇ」

「放っておけます? この、無自覚で、不安定で、肩肘張ってて、頑なで、不器用で、無防備な人を。っていうか、普通、寝ますか? 私が悪いことを考えている男だったら、どうするつもりなんでしょうね」

「クラウディアは、自分を見くびってるんだよねぇ」


 苦笑いしながら、後ろで一つに結われた白金の髪に視線を落とし、ほんの少し摘まむ。その慈しむようなラルフの目と指とが、クラウディアに対する思いの深さを物語っていた。


「この方は、自分の価値を公爵家に生まれついたことのみだと思っておいでのようです」

「そんなの、付加価値ですらないのにねぇ。寧ろ、邪魔」

「ええ。公爵家のお嬢様でなければ、このまま連れて帰りますね」

「カイン、寮じゃん」

「マクスウェル領までですよ」

「あはは。本気だ」

「本気ですよ。ずっと。ラルフ様もでしょう?」


 幸福そうに寝入ったままのクラウディアの上で、二人の男の視線がぶつかる。


「そうだねぇ。このままクリス様にカードを切らせないで、オレがもらっちゃおうかなぁと思うくらいには」

「やはり、王太子殿下には何かあるのですね」

「なかなか強力なのがねぇ」

「では、やはり、切り札を出される前にさらいますか」

「本気で言ってるでしょ、それ」

「はい」


 真顔で言うカインに、ラルフが吹き出す。


「怖い奴!」

「でも、その前に、ここから無事帰さないと。この方、どうやって帰るつもりだったんでしょうね」

「まったくねぇ」


 自分を思う二人の男から溜め息まじりに生温かい目で見守られているのも知らず、健やかな寝息をたてて眠るクラウディアであった。





次章から視点を変えて、男性陣の行動を追います。 

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