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こじらせ悪役令嬢は無自覚に無双する  作者: Q六
第三章 真珠姫編
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ようやく渾身の……


前話が短すぎたので、少々文章を付け足しました。話がつながらない方は前話に戻っていただくと良いかと思います。

  


 チェスサロンというのは、想像していたより優しく居心地の良い空間であった。皆に「サリー」と呼ばれ一目置かれるフォーサイス子爵夫人と、主のように慕われる盲目の老人のおかげで、女の身であっても肩身が狭くない。しかし、そんなサリーでさえ男装せねばこの部屋に入れず、夫であるフォーサイス子爵の反対で大会には出られないのだそうだ。国内の現チェス王者はカインであるが、大会に出場さえできれば、サリーが王者であろうと、物見遊山している誰かが言っていた。実際、接戦のようであったが、二人の勝負はサリーの勝利で終わった。

 そうやってカインがみんなの気を引いてくれている間に、私は幾人かの相手とチェスをしたり、会話を楽しみながら情報を仕入れていった。しかしなにより、自分がこれまで接してきたのは、貴族か貴族に雇われた者たちばかりであったと気付いた私は、貴族と利害関係の無い下町で暮らす庶民と忌憚なく会話し、息遣いを感じられたのが楽しかった。そのせいで、「女性に負けると逆上する輩もいる」とカインにアドバイスされていたのを、すっかり忘れてしまっていた。


「チェックメイト。これで二回連続私の勝ちですね」


 商人であろうか、身なりの良さと柔和な笑顔に油断して、つい軽口を叩いた。こちらの言葉に、ぎりっ、と歯噛みする音が聞こえた気がした。そのくらい酷く顔を歪ませて悔しがる相手に、少し背中が冷たくなる。余計なことを言ったと気付いて、「また稽古をつけてくださいね」と一言残し、そっと席を離れようと立ち上がると、ガタンと椅子を後ろに倒して男が勢い良く立ち上がった。


「女のくせに……!」


 そう言って、さっきまで紳士的だった男が掴み掛かってくる。相手の手が私の首もとを掴んだ。一瞬、カインの慌てたような青ざめたような、何か叫ぶ顔が見えて、「大丈夫だよ」と心の中で呟く。次の瞬間、咄嗟に掴んでいた襟と、もう一方の手で掴んだ袖とに力を込めて男の身体を前に引き倒す。と同時に相手の腹部に足裏を当て、身体を縮めて背面に身を投げ出す。


ズダーン! 


 綺麗に巴投げが決まり、テーブルやら椅子やらを巻き込み押し倒しながら、男が転がる。あれは痛い。


「謝りませんよ。私も軽口が過ぎたとは思いますが、『女のくせに』の一言で相殺でしょう。それに、暴力を受ける謂われは、そもそもありません」


 立ち上がって言い放つ。

 周囲の誰もが言葉を失い呆然とする中、カインだけが金縛りを解いて駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか? 怪我は? どこか痛くしていないですか?!」


 腕を掴み、顔を覗き込んだり、唯一肌の出ている手の甲を確認したりするカインの目が、小さな妹を思う兄のように気遣わしげだ。


「さっき……名前を呼んだ?」

「え?」

「叫んだでしょう。クラウディアって」

「そう、でしたか?」

「初めてカインに名前を呼ばれたわ」

「そんなこと……」


 そんなことないと言いたいのか、そんなこと今はどうでも良いと言いたいのか、しかし、それきり黙ったカインが、柄にもなく照れているように耳を赤くし目を泳がせるから、思わず笑ってしまった。その時、「ぷっ」と、誰かが吹き出した。


「ほっほっほっほっほっ。投げられたのは誰かのう? お嬢さんはそやつの店で安く買い物できるじゃろうて」


 盲目の老人が杖をついて立ち上がり、転がったままの男のもとにゆっくり歩いて行く。目的の場所にたどり着いて、杖を手にしたまま片膝をついてしゃがみこむと、じっとその男の顔を見つめた。その、息がかかるほど近い距離のせいか、白濁した目のせいか、男が怯む。


「最近来るようになった宝石屋じゃな? ここでは、女性に手を上げたり、見下してはいかんよ。儂の目の黒いうちはな……。いや、もう白かったかの。ふおっほっほっほっほっ」


 老人の言葉に張り詰めていた空気が緩み、幾人かが吹き出し、或いは拍手し出すと、次第に部屋中に笑い声が響いた。




 

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