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こじらせ悪役令嬢は無自覚に無双する  作者: Q六
第三章 真珠姫編
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秘密倶楽部のようでした

さすがに短すぎたので、ちょっと付け足しました。

 

 ウエイターと小声で何か話して、カインが奥のドアを開ける。秘密倶楽部的な雰囲気に少し怯みながら、促されるまま後をついて歩く。壁にはチェス関連の書籍が並ぶ本棚があり、不規則に並ぶティーテーブルにはカフェよりも座り心地の良さそうな、ゆったりとした椅子が一対ずつ揃えてある。人は多くなく、チェスに興じる者たちもあれば、本を片手に盤面と睨めっこする者もある。幾人かの紳士は、こちらに気付くと興味深げに挨拶してきた。


「カインが女性を連れて来たと、マリヤが嘆いていましたよ」


 最奥で一人、優雅に茶を飲む人物が親しげに話しかけてきた。仕立ての良い紳士服を身につけた、上品な四十歳前後の女性であった。


「こちら、フォーサイス子爵夫人。私のチェスの師匠です」

「記憶違いでなければ、ギョー家のクラウディア様ではございませんか?」

「私をご存知なのですか?」


 にっこり笑う夫人に、思わず頬が赤くなる。男装の麗人とはこういう人を言うのだ、と示された気がした。男性とも違うのだが、女性的な媚びを削ぎ落としたような潔さがある。フォーサイス子爵夫人の前では、私の男装なんて子供の遊びみたいなものだと、恥ずかしくなる。


「令嬢を下町にお連れするとは、カインも無謀な事をしますね」

「並みの令嬢ではありませんので」


 おやおや、と、夫人が呆れたような諦めたような顔をする。


「あなたがそう言うならね。どう? 私と勝負する? ここに来るからには、できるのでしょう?」

「ご冗談を。師匠は私の相手をお願いします」


 見合った二人の間に、静かな火花が散る。部屋中がざわついて、「カインとサリーが勝負するぞ」「今日来て正解だったな」などの言葉が耳に入ってくる。夫人のテーブルにチェス盤が持ち込まれカインが座ると、こんなに居たのかというくらいの人数が周囲に集まり、既に、私を気にする者は無くなった。チェス愛好家には見逃せない大一番らしい。

 対戦が始まると、静かに人垣を抜けた。幾つか離れた席に、目当ての人は居た。皆に混じらず、一人、本を片手に静かに水を飲む老人。


「水で良いのですか?」

「水が良いのですよ。不純物の無い、綺麗なのが良い」


 話しかけると、しわくちゃの手が本を閉じ、机に置いた。ゆっくりとこちらを向いた目は、白く濁り、盲いていた。最初にこの老人と話せ、というカインの言に従ったのだが、少し尻込みする。


「読めるのですか?」

「ほっほっほ。読めはしないよ。この目だ。それでも、頁を捲れば何が書いてあるかはわかる。自分の書いた本は全て諳んじているよ」

「まぁ、チェスの本ですの?」

「いやいや、ご婦人向けの簡単な歴史小説じゃよ」


 テーブルに置かれた本をチラリと確認すると、なるほど、恋愛小説のような可愛らしい装飾の施された表紙が目に付いた。


「読んでみてもよろしいですか?」

「どうぞ。もう、四十年も前に書いた、古臭い話だ」


 ぱらりと数頁読んで、すぐに気付いた。


「これ、昔、読んだことがあるわ。禁書の棚で……」


 慌てて口を閉じる。城の蔵書庫に出入りしていたなどと知れて、警戒されることを危ぶんだからだ。しかし、手遅れだった。老人は盲いていても、耳は達者であるらしい。こちらの呟きを聞き漏らさず、ピクリと反応する。


「禁書……。これがあるとは、城の書庫であろうなあ。お嬢さんは何者じゃろうのう。いい、いい、ここは身分の貴賤の無い場所じゃ。言わんでいい」

「心遣い感謝いたします。いえ、本当はもう、城とは関係の無い身なのです。小さな頃の一時、出入りを許されていただけですから」

「では、小さな頃に読んだのかい? これを。恐ろしく賢い子じゃな」

「大人ぶった、賢しい子供だったのです」

「ほっほっほっ。この本がここにあるのは内緒じゃぞ。焼かれてしまうでな」

「勿論です」


 あの頃は、なぜこの本が禁書の棚にあるのか理解できなかったが、今ならわかる。この本は、女性の立場や女性の意識の歴史的変遷を扱い、小説の形を取った、啓発本なのだ。そこに書かれてあるものは、国の望む民の姿ではなかったため、読むことを禁じられたのだろう。


「楽しいお嬢さん、沢山の本を読みなさい。それから、たまにチェスもな」

「ありがとう。本当はチェスより読書の方が好きなの」


 笑い合っていると、一人の紳士に声をかけられた。カインとフォーサイス子爵夫人の大一番に触発されたが、技が高度過ぎて理解できなかったのだという。「初心者ですが、よろしければ一勝負しませんか」と誘われたので、安心して手を取った。







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