チェスサロンへの道
チェスサロン。国内に点在しており、その大半はチェス好きの貴族やブルジョア庶民が経営する食堂や商店に併設されている。らしいが、そんなものがあるとは全く知らなかった。
休み時間毎にカインからチェスの手ほどきを受けて、サロンに来る初級者レベルにまで引き上げてもらった。あまりに弱すぎるのも悪目立ちするとのことで。
それから、男子の制服姿で行くのが良いとのアドバイスを受けた。女人禁制の場ではないし、基本的にはチェス好きの無害な人達だが、中には女性蔑視の激しい者も居て、格好だけでも男性に寄せるのが暗黙のルールなんだとか。
「この国の女性の地位の低さは、本当にどうしようもないわね」
カインと二人、並んで街を歩く。久しぶりの男装は、背筋が伸びる。たまに振り返る人もあるが、隣に男性がいるせいか、チラリと見るだけで足を止めはしない。動きやすいし、やはり、これはこれで好きだ。
「そんなことを言うのは、あなたくらいですよ」
「確かにそうね。みんな、甘んじて受け入れている。それが余計に口惜しいのよ」
「皆さん、利用して楽しんでいるのですよ。男の庇護の下で安穏と生活することを」
「それは、選ばれる女性だけよ。皆が皆、思い通りの相手に嫁げるわけでもないし、誰にも嫁げない女性だっている。父や夫といった男性の後ろ盾の無い女性は、既婚の女性にまで見下され蔑まれ、仕事を得るにも住居を得るにも苦労すると聞くわ。そんな女性がいるというのに、楽しくなんかなれない」
「あなたがそんなこと言うなんて意外です。引く手数多でしょうに」
「ええ、そうね。公爵令嬢ですもの。でも私は、自分が、というか、女性が選ぶ立場にならなくては、素直に選ばれることはできないわ」
「面倒臭い女ですね」
「そうなの」
思わず語ってしまい、苦笑する。カインとこんなことを話せる関係になるなんて、わからないものだ。
「あなたの考えは、支持を得られないと思いますよ。男性からも、恵まれた女性たちからも」
「そうなのよね。自分の優位性が失われるんだもの。つまり、実現不可能ってことなのよね」
「でも、やるつもりなのでしょう?」
こちらを向いたカインが、相変わらずの涼しい目は変えず、口元だけで薄く笑う。この顔をするのは、気に入り、受け入れてくれている時だと、もう知っている。
「そうね。私だけでも実現できたら、後に続く人の道標になれるんじゃないかしら」
「良いじゃないですか。私は支持しますよ」
「カインの支持は心強いわね。だって、まずは真珠の事業を成功させて、経済的に自立しなくてはいけないのだもの」
「では、私の方も事業を成功させなければいけませんね」
「そうよ。私の野望のために頑張ってくださいね!」
「了解しました。野望の前に、目先の目的を達成させましょう。着きましたよ」
うっかり通り過ぎるところであった。威厳のある古めかしい建物を想像していたが、見た目は完全に、街のお洒落なカフェレストランである。呆気に取られながらも、店の奥までずんずん入って行くカインの後を遅れまいとついていく。こちらを凝視するウエイトレスの女の子と目が合い、「雀斑がかわいいな」と思いながらニコリと笑いかけると、思いっきり視線を逸らされた。ちょっと傷付く。