カインには勝てないようです
「辺境伯というのは、王からの信任も厚い要職ではないですか」
「そうですね。ただ、辺境伯にも大きく分けると二通りあります。好戦的な隣国との国境を守るために軍事に注力するタイプと、友好的な隣国との境に商業都市を築いたりする商売気の強いタイプ」
「ビューラー家は隣国との領土問題を抱える地域を治める、軍事に力を入れているタイプよね……」
「一般には、そう思われていますね」
「違うの?」
「違います。……すみません」
パタンパタンと小気味良い音を立てて、盤上の白石が次々と黒に裏返されていく。
「あ! あー! 嘘、負けたぁ……!」
机の上のオセロの結果に、がっくりと肩を落としてうなだれる。
「単純ですが、なかなか面白いゲームですね」
「これなら勝てるかなと思ったのに。チェスでは全然勝てないんだもの」
「無理ですよ。私、国内の大会で最年少優勝してから、負けたことがありせんので」
「そういうことは早く言ってください!?」
「負かされたいのかと思っていました」
そういえば、チェスの大会で子供が王者になったという話を数年前にお父様に聞いた気がする。くうっ。こいつか!
「わかりました。もうカインに勝負は挑みません」
「何を楽しそうなことなさっているんですか?」
そわそわした様子でミザリーが卓を覗き込んでくる。
「ミザリーさんもやってみますか? 私だけ負けるのは癪なので、ミザリーさんもやってみてください」
「どんなルールですの? 私、こういうもの得意なんです」
昼休みの教室。我が家の庭師作のオセロ盤を持ち込んでカインとゲームしていたのだが、連敗してやる気を失くした。ミザリーに席を譲って、二人のゲームをぼんやり眺めながら、今カインから聞いた情報を反芻する。ビューラー辺境伯が何か商売しているなんて話は聞いたことがない。レオン同様、軍事一辺倒の脳筋だと勝手に思い込んでいた。
「負けましたわ!」
気付いたら一ゲーム終わっていた。
「でしょう。カインは強すぎるのよ」
「あの……。失礼ですが、あなたよりミザリー嬢の方が強いですよ」
「嘘でしょ!?」
「完敗ですわ。でも、これはとっても面白いです。小さい妹にも、教えたら出来そう」
「カイン、何のゲームしてるんだ? やらせろよ」
「これは私のではなくて……」
「私と勝負しませんこと? カイン様には負けましたが、次こそ……。これ、お借りしてよろしいですか?」
「良いわよ。私はもう負けたくないから」
「あら。ミザリー様、ズルい。私もさっきから気になってましたの。楽しそうですわよね、それ」
一瞬でオセロの周りに人だかりができ、次々に対戦が組まれていく。それを遠巻きに見ながら、呟く。
「これは……」
「売れますね」
すぐに、脇からレスポンスが入る。いつの間にか、腕組みして隣に立っていたカインが、いつもの無表情ながらどこかウキウキして見えた。
「ちょっと、試しに数セット作ってみようかしら」
「あれは木製のようですが、庶民向けか貴族向けかで材質は変わりますね」
「うーん。先ずは低予算で作りたいところだけれど、それでは貴族には受け入れられないかしら?」
「低予算で作って、庶民向けとはせず、貴族の子供向けとしてみては?」
「思考力を育てる……とか銘打って帯に入れると良いかもしれませんわね」
ポンポンと会話が進み、思わず顔を見合わせて笑う。カインは、一つの道を突き詰めたい父マクスウェル伯爵とは違って、政治や経済など、多方面に興味があるらしい。家督を譲って引退しろとまでは言わないが、早く実権をカインに譲って、マクスウェル伯爵は好きな研究にでも没頭した方が良いのでは、と思ってしまう。
そんな風にあちらこちらで盛り上がる教室へラルフが入ってきた。クリス王子に用があるとかで出ていたのだ。
「あれ? みんな集まって何してるの? ……チェスとは違う白黒の盤ゲーム? なんか楽しそうだねえ」
背が高いので、人垣の上から覗いて簡単に確認できるらしい。
「ラルフのいた東国にはこのようなゲームはありませんでしたか?」
「うーん。見なかったなあ。あっちは、もっと大きい卓で、四人で、牌をこう、並べて、絵を揃えて、役を作る……。伝わってる? これ」
ふるふると首を横に振るカインの横で、「ああ、麻雀ね」と心の中で頷く。
「ラルフもやりましたの?」
「いえ。役、というのが多くて複雑でよくわからなくて。それと、うまくできたと思って見せると、みんな絶句して、やる気失くしちゃうんですよねえ。それから、一度やると二度とまぜてもらえなくて」
「ああ、引きが強すぎるタイプなのね」と、またも心の中で頷く。好きだったなぁ、麻雀。
「東国から輸入できないかしら。ルールを記した書物も一緒に」
「できるんじゃない? 真珠姫には『海』があるんだし」
その言葉に、何か小さな引っかかりを感じる。何か、重要なことを、忘れているような……。