対面式にて
一度発表された婚約をなかったことにはできなかった。当然だ。そして今日、王城にて王子と初対面の日を迎えた。
お母様がこの日のために用意してくださっていたのは、リボンやフリルがふんだんにあしらわれた真っ赤なひざ下丈のドレスで、侍女もお父様も大絶賛してくれた。……ドレスを。
私が傍若無人さを捨てたあの日から、周囲の態度も変わった。誰も、褒めなくなったのだ。「やぁ、おはようお姫様。今日も美しいね」であったお父様の毎朝の挨拶からも、「今日も美しいね」が消えた。
やはり、以前は皆、私に恐れをなして、おべっかを使っていたようだ。
「お母様、ごめんなさい。このドレスは可愛らしすぎて、なんだか恥ずかしいのです。違うドレスにしてもよろしいですか?」
せっかく誂えてくれたドレスを遠慮するのは申し訳ない気持ちがしたけれど、『わたし』の感覚からすると、赤いふりふりの衣装は、どうにも、コスプレにしか思えず気恥ずかしい。……かと言って、地味なドレスが相応しい席でもない。
しばし迷って、飾りの少ない乳白色のドレスと薄紫のリボンとサッシュ、パールの髪飾り、パールが一粒あしらわれた金の鎖のアンクレットを侍女に持ってこさせる。「こんな地味な服、私を馬鹿にしているの!」と、クラウディアは怒って投げ捨て、一度も袖を通さなかったドレスだが、これくらいが『わたし』に丁度良い豪奢さだ。
やや寸胴気味だったドレスのウエストをサッシュで絞って前でチョウチョ結びを作り、髪の毛は後ろでひとつ、リボンを編み込んだ三つ編みをルーズに作ってパールの髪飾りで留める。靴は光沢のある若草色のを選んだ。
「こんなものかな」
赤ドレスじゃ、まんま悪役令嬢だもんね、と、心の中で呟く。子供らしく純真に無垢に、バレエのジゼルをイメージしてみた。
「どうでしょう、お母様」
支度を整え、着替えを手伝ってくれていたお母様や侍女の方へ振り返ると、皆が顔を強ばらせる。
「クラウディアっ! すっ!………………うん。良いと思うわ」
「そうですね! かっ!……良いです」
「ええ!……はい」
皆、口ごもって言い淀んでいる。もしかすると、何か変なところがあるのかもしれない。少し気になりはしたが、「まぁ良い。わたしはいずれ王子様に婚約破棄してもらうのだもの」と考え直した。良くない印象を早めに与えておくのが良いかもしれない。
支度を済ませてお父様とお兄様の待つ部屋に入る。
「クラウディアっ!! うっ……かっ……!!
…………さぁ、王太子殿下を待たせてはいけない。行くよ」
呻かれた。お兄様はこちらを見もせず、お父様を睨んでいる。やはり変なのかも。一応、アパレル関係の会社にいたんだけど。そういえばジゼルって村娘が貴族の男性と身分違いの恋をする話だっけ。まぁ、この世界の人、ジゼル知らないから良いか。
初対面の場は、城の庭園にお茶の席を設けられていた。あちらは王妃殿下と王太子殿下、こちらはお父様と私。さながらお見合いだ。まぁ、似たようなものか。
「畏まった席ではないから、気楽にしてね。可愛らしいお嬢さんですね。安心しました」
可愛らしいとは、もしかして質素ということだろうか、やはりこの席には赤いドレスが相応しかったのだろうかと少し恥ずかしくなって、テーブルの下で足をもじもじさせる。そんな様子を、少し離れた隣の席から王子が不思議そうに眺めている。
『わたし』の推しだった王子の、ゲーム中には出てこなかった幼い姿。いつか婚約破棄してもらわなくてはいけないと知りつつ、やはり、胸が高鳴る。
血色の良い肌、黄金色の髪、自信に満ちた王者の風格と、悪戯っぽい少年のような瞳を持った、太陽神とも例えられるクリス・ラインベルグ。この国の第一王子であり、王太子。いずれこの国を背負って立つお方。年齢はお兄様と同じく、私の2つ上。ゲームの中では、クラウディアを健気に愛しながらも信じきれずにいるところへ、アンジェリカという裏表のない少女と出会い、徐々に惹かれていく……という真摯で健気な役どころ。九歳の今は、光に溶けてしまいそうな、繊細な美少年である。眼福。
「公爵ったら、お子様方になかなか会わせてくださらないのだもの。もしかしたら、本当はいらっしゃらないんじゃないかと疑っておりましたのよ」
「これは失礼いたしました。クラウディアは赤ん坊の時分に身体が弱かったものですから、少々箱入りにし過ぎてしまいましたか」
「次はルイスも連れてきて下さいませね」
この、二人の砕けた雰囲気には理由がある。お父様と王妃殿下、国王陛下は、高等学園で同級だったのだ。いつも三人で連んでいたそうで、今も、主役の筈の子供達そっちのけでお喋りに夢中になっている。
「あら! クラウディアちゃん、馬に乗れるのね。クリス、先日生まれた子馬をクラウディアちゃんに見せて差し上げたら?」
存在を忘れられていると思いきや、唐突に推しとのイベントが始まって少し慌てる。
「行きましょう」
こちらの焦りなど気にもとめず、王子は平然と微笑み、手を差し出す。自分にだけ向けられたキラキラの笑顔が眩しすぎて怯む。差し出された手を取ると、自分でも顔が赤いのがわかって、余計に恥ずかしくなった。手を引かれて歩き出すと、背後から「初々しいわねえ。お似合いじゃないこと?」などと、王妃殿下の声が微かに追いかけてきて、居たたまれなくなる。お似合いなどではございません。王子は眩しすぎて、私なんかには勿体ない方です。
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えっと、ところで、この手はいつ離してくれるんだろう? もう心臓が保ちそうにないので、早く離して欲しいのですが。