平穏な日常と新たな嵐の予感
「ついて来ないでくれる?! あんたみたいなモテない陰キャのキモオタと話すことなんか無いのよ!」
久しぶりに触れる日本の文化、懐かしい……。
あまりの言われように、私とアンジェリカしか居ない学園の医務室で、思わず現実逃避する。ゲームのヒロインと、目の前の彼女とのあまりの違いに、現実を受け入れられなかったのだ。ここまで話ができない、というか拒否されるとは、流石に想定外であった。
なぜこのような状況になったのか、時を戻そう。
◇ ◇ ◇
「ごきげんよう。真珠様」
「真珠姫、今日も美しいよなぁ」
通り過ぎていく生徒たちが、私に挨拶する。或いは、声をかけられない生徒は羨望の眼差しを向ける。こそばゆい。居心地が悪い。居たたまれない。「いやいやいや、そんなに良いもんじゃないよぉ」と、一人一人に訂正して回りたい。
アンジェリカのことで頭も心もいっぱいいっぱいで気付かなかったが、デビュタントボールでの私のドレスはとても評判が良く、その後、沢山の貴婦人方からの問い合わせが相次いだ。その上、クリス王子とラルフが私を「真珠姫」と呼んでいたのを、ミザリーらクラスの女子が聞いて真似しだしたので、このところでは男子生徒は私を「真珠姫」や「姫」、女子生徒からは「真珠様」と呼ばれるようになっていた。公爵家という笠があってのこととはいえ、王女でもないのに「姫」と呼ばれるのは非常に申し訳無くて、恐縮してしまう。
「私の真珠姫なのに……」
「いや、私の可愛いお姫様です」
「何言ってるんでしょうかねぇ。寧ろ、今や、皆の真珠姫ですよ。まぁ、いずれオレのになるんですけど」
クリス王子、お兄様、ラルフが好き勝手言っている。このところでは、この面子で昼食を取るのが常となっている。とても楽チンで良いと思うのだが、一緒にどうかとミザリーを誘ったら、「とんでもないことです! 王太子殿下と、クールビューティーのルイス様、『美剣士』ラルフ様とだなんて……。食事が喉を通りません!」と、辞退されてしまった。ラルフの美剣士はまぁ良いとして、お兄様のクールビューティーには笑ってしまった。職場の同僚としては、なかなか刺激される好敵手だし、見た目もすらっとした美青年とは思うけれど、シスコンが酷すぎて素直に評価出来ない。ちょっとコミュ障だし。
……あの日、アンジェリカと消えたまま帰らなかったお兄様だけれど、それについて尋ねても、はぐらかされた。そして、何より、ラルフもクリス王子も茶化さないのが、どうにも怪しいと思うのだ。
そんなことを考えていたら、隣のテーブルの女生徒二人組の話が耳に入った。
「また、アンジェリカが婚約者でもない男性と二人で食事してますわよ」
「本当、節操がありませんわね。昨日はどなたでしたっけ? あら、今日は、マクスウェル様ですか」
「いやだわ。カイン様にはあんな女にデレデレしないで欲しい……」
思わず悪寒が走る。アンジェリカが、自分の最強の支持者にして支援者と接触した?! 噂している女生徒たちの視線を追い、そこに、件の二人を見つけた。
黒い髪、切れ長の目、すらりとした長身の、端正な顔立ちをした男子生徒。クールビューティーと言うならこちらであろうと思わせる、ゲームの印象よりずっと美しい青年。カイン・マクスウェルが、アンジェリカと向かい合って食事している。
「遂に動き出したのか」と、束の間の平穏が崩れるのを感じながら、呆然と二人を見つめるしかなかった。