ルイス・ギョーは、かく語りき【お兄様視点】
妹がいて良いことなんて、何もなかった。
基本的に高等学園から就学し、それ以前は家庭教師に学ぶ貴族の子供たちにとって、他家の者との接点は親同士の付き合いに依存する。
就学前のルイス・ギョーにとって、対等の遊び友達となり得る子供はそう多くない。同じ家格の公爵家同士は、政治的な理由から馴れ合うことがない。となると格下の貴族との付き合いになるわけだが、王族に次ぐ家格である公爵家の跡取り息子など、大人はともかく、子供にとっては、「粗相するな」「出しゃばるな」と親に小突かれ、気を張るだけの面白くない相手でしかない。更にその冷たい容姿と相まって、ルイスは、子供達から敬遠されがちだった。
なのに、妹ときたら、公爵令嬢であることをすんなり受け止め、利用し、周囲を振り回し、存分に謳歌しているではないか。それだけでも忌々しいというのに、その悪鬼ぶりが子供達の間でも噂となり、裏では「魔王」の二つ名で呼ばれている。おかげでルイスなど、「魔王の兄」呼ばわりだ。
そんなクラウディアのことである。貴族の家々を訪問して回り、自分が辞めさせた教師の家にまで謝罪に上がって呼び戻したらしいが、手の込んだことをするからには、相当の企てがあるに違いない。なにせ奴は魔王なのだ。
何をするにしても、もう王族に嫁すと決まった身なのだからわきまえろ、我が公爵家も兄たる自分も巻き込むなよ、と、釘を刺しに部屋まで行ったのだ。が……
(なんだあれは。顔だけは可愛い奴だとは思っていたが)
妹の部屋を出たルイスは、自室に向かう廊下を歩きながら歯噛みした。
(殊勝な態度で怯ませる、新しい技か? 兄まで騙しにくるとは、何を狙っているんだ? なんにせよ、)
思わず、両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込む。先程の妹の姿が脳裏に蘇ったのだ。
湿度を持った長い睫毛、その奥に輝くアクアマリンのような瞳、俯く紅潮した頬を伝った涙が、絹の髪の間をぬって、陶器で作られたかのような白い小さな手に、はらはらと透明な雫となって落ちる。その様は正に……
「天使っっっ!! 破壊力半端ないだろ!」
思わず声に出してしまい、慌てて口を押さえた。周囲に人影が無いのを確認して、その場で一頻り悶絶する。可愛い過ぎる! 我が妹、マジ天使! 神様ありがとうっっっ!! ……神に感謝したところで、すっかり妹の術中にハマっている自分に地団駄を踏み、はたと気付く。
(しかし、さっきのは演技とも思えなかったな。まさか、ではあるけれど、本気で言っている? だとしたら……)
ルイスは踵を返し、両親の部屋へと向かい始める。その顔は決意で輝き、足取りは軽やかだが力強い。
(自分の美しさをクラウに気付かせてはいけない! 両親を始め屋敷中の者に厳戒令を布いて、今後、クラウの美しさについて一切言及せぬようにさせねば!)
この日、一人のこじらせ妹馬鹿が誕生した。
攻略対象者、一人落ちました。