ラルフ・メルティローズの報復・2【特殊(隠密)機動隊初代隊長視点】
※レオンのざまぁ回。残酷表現あり注意です。
「レオン」
「ラルフ……様! いつお戻りに!?」
なんの迷いもなく三年の教室に入って行き、レオンを見つけ出す。子供の頃によく城の闘剣場で稽古した仲だ。長年会っていなくても互いにすぐわかる。
「ここにも闘剣場はあるよねぇ? 久し振りに稽古をつけてやるよ。お前のことだ、高が知れてるが、そこそこできるんだろう?」
久し振りの再会に挨拶もなく突然見下され、直情型なレオンは、カッとなって立ち上がる。
「ええ。そこそこできますよ。試してみますか?」
「待て、もう次の授業も始まるぞ」
異変に気付いたルイスが、少し離れた席からやってきた。
「がり勉ルイス君は授業に集中してて良いよぉ。クリス王子は一緒に来てくださいね」
「ラルフ、帰ってそうそう揉め事を起こすつもりか?」
「ルイス。妹を守れないなら、せめてこの場くらい収めろ。失望させるな。……頼んだからねぇ」
ほんの数刻の出来事である。またレオンが誰かと揉めるのも普段の光景であり、教室を後にする三人に気を止めた者はいなかった。
支度など何もせず、ただ練習用のレイピアを構えて向かい合う。
「靴くらい履き替えないのかよ」
「お前は履き替えたら? 別に良いよぉ。それ待って襲う狼藉者はいないけどねぇ」
「ふん。知ってますか? 練習用と言っても、本気で突くとそれなりに怪我するんですよ」
脅しとも取れる言葉を吐いて、レオンが先に仕掛ける。自分と対峙した相手の余裕綽々な態度に立腹し、冷静さの欠いた荒い剣だ。力任せに繰り出される突きをいなす度に、金属のこぼれる甲高い音が響く。それがラルフを苛つかせる。
「耳障りだな」
勝負は一瞬でついた。剣を大きく弾かれ体勢を崩したレオンを蹴り飛ばし、倒れたところを後ろ手に腕を取って組み敷く。
「ねえ、この国の剣術って、実戦的じゃないと思わない? 戦乱の無い太平な世が長く続いた弊害だよねぇ」
「離せよ。負けだ。認める」
「ねえ、負けを認めたら離す狼藉者っているかなぁ?」
背中に乗ったまま、練習用レイピアの鈍い切っ先をレオンの右腕の付け根に当てる。
「ふざけるのは止めろよ。もう子供じゃねえだろ」
「ねえ、知ってる? 練習用と言っても、マズいとこってゆうか、ウマいとこに当たると、刺さるんだよぉ」
「なっ!」
ブスリ、と音を立てて、レオンの肩に切っ先が飲み込まれる。ギャアアアアと闘剣場に響き渡る悲鳴が耳に入ってはいたが、心を閉ざすラルフには、どこか遠くの火事のように感じられる。
ズブズブと飲み込まれた剣が肩に突き刺さったままのレオンの耳元に、口を寄せて囁く。
「ねえ、オレ、お願いしなかったっけ? 帰るまで、クリス様と婚約者様を宜しくねって。言ったよねぇ」
「……剣を抜いてくれ……ください」
「ねえ、質問に答えて?」
突き刺さった剣をグチャグチャと捻る。
「グアアアア! 止めっ……! 約束通りクリス様をお守りしてきた!」
「婚約者様は?」
「クリス様に婚約者はいない!」
「いる。知らないのはお前の手落ち。一本貰うね」
「一本?」という気の抜けた問いが、自らの悲鳴で掻き消える。
「利き手、右でしょ? 左にしておいてあげたね」
ラルフの腕の下で、抑え込まれたレオンの左手の小指があらぬ方向へ曲がっていた。
「ねえ、クラウディアを貶める噂をばらまいたよね?」
「わざとじゃない! クラウディア嬢が殿下の元婚約者であったのも後で知った!」
「意図せずとは尚悪いね。無能。それと、『元』じゃないよ?」
骨の崩れる鈍い音。悲鳴。小指に続き、薬指と中指も持っていく。
「ねえ、クリス様? レオンに金魚の糞してるくらいだから、クラウディアに未練たらたらなんでしょ?」
壁にもたれ無表情で見守っていた王子が、俯いて黙り込む。
「あーあ。がっかり。クリス様とルイスがいるから、安心して行ったのに。何皆して腑抜けてんの?」
「口を慎め! ラルフ、お前何様だ!」
「部外者は黙って?」
ゴキリ、という鈍い音。そしてまた悲鳴。
「まだ反抗するなんて、結構根性あるね。でも、あと一本しかないよ。静かにしてないと右も折るよ?」
「……このままにしておくつもりはない。いずれ準備が整ったら迎えに行く」
「その時、まだクラウディアはクリス様を思ってくれていますかねぇ?」
レオンの背から降り、言葉に詰まる王子に向かって歩き出す。手の届かない距離で止まったのは、今すぐにでも殴りかかりたい自分を押し止めるためだ。
「待たせるなら、思いを伝えて、頭を下げて待ってもらうべきでしょう? それができないなら、真珠姫はオレが貰います」
「……クラウディアの気持ちは?」
「オレが欲しいんです。関係あります?」
言うだけ言うとクルリと方向を変え、無様に転がったままの男の頭の上方まで歩いて行き、見下ろす。尚も睨みつけるレオンを無視して、背中を踏みつけて、肩に突き刺さったレイピアを徐に掴み、再びグチャグチャと捻った。
「それから、飼い犬の躾はちゃんとしてくださいね」
断末魔のような悲鳴が響く中、背中を踏む足に力を入れ、レイピアを引き抜く。血塗れのそれを床の上に放り捨て、血飛沫で汚れた足を気にする素振りもなく歩き出す。
「迷惑なんで」
背中に貼り付く視線の重さとは対照的に、散歩でもするような軽い足取りでその場を去る。ラルフの脳裏に、先程の王子の言葉が蘇った。
『……クラウディアの気持ちは?』
「関係無い……なら、もう攫ってますよぉ」
苦々しく小さく呟くと、俯いてひとつ大きく息を吐き、また前を向く。その顔には、いつもの曇り無い柔和な笑みが戻っていた。