ロキ、降臨?
「我が真珠姫って……」
「言ってみたかったんですよぉ」
拗ねたように口を尖らせる様子に、笑いがこぼれる。そう言えば最近、心から笑うことがなかった気がする。
「おかえりなさい、ラルフ様。いつ戻られたのですか?」
「あなたの入学に合わせて帰る予定だったんですけれど。ちょっと手間取っちゃって昨日漸く」
話しながら立ち上がる目の前の青年の姿に、はっとする。どんな姿になっているかはゲームの情報で知っていたけれど、実際に対峙した目線、見上げる角度は、想像していたのよりずっと生々しく互いに大人になったことを実感させた。
「三年に編入するのですか?」
男女を意識してしまい急に恥ずかしくなって、思わず視線を逸らして尋ねる。
「いいえ、勿論一年ですよぉ。だって、オレはあなたの騎士ですから。同級ですし、様付けはやめてください」
「ラルフ様は相変わらず、自由なのですね。でも、私はもう王家とは関わりのない人間なんです」
「ラールーフーですってば。何者でも関係ありません。オレの主はクラウディアです。しかし、あなたも相当自由そうですけど?」
「この格好? ちょっとワケアリなの」
無意識に少し曇った表情を、ラルフは見逃してくれなかった。
「……大丈夫。全てあなたの思うままにいきます。オレがいるから」
「だと良いけれど」
「あ、信用無いですね」
「ううん。でも、敵は、他人の口に戸が立てられないことだからなぁ」
私の言葉に、ラルフは腕組みして「ふうん」と不服そうに呟く。仕方あるまい。腕っぷしが強くても、どうにもならないことだってある。……しかし、根拠なんかなくても信頼を寄せてもらえるというのは、とても心強いことなんだよな、今、ラルフが私に「大丈夫」って言ってくれたように、と思い直す。
「ありがとう。あなたが大丈夫と言うなら大丈夫な気がする」
笑いかけると、向こうも破顔して返す。あ、笑うと目尻がくしゃっとするタイプなんだ。弱いんだよね、それ。
「あぁ。クラウディアだ。どんなになってるかなぁって、ずっと想像していたけど、やっぱり違うね。想像よりずっと……」
「ずっと?」
腕を引っ張られ、前のめりになったところを抱き留められる。
「ひぁ!?」
「想像よりずっと、いい匂い」
見た目は細いと思ったが、触れると案外太い腕と胸に捕らわれて、突然の事態に心臓を吐きそうになる。だから、免疫無いんだってば!
「ちょっ! 離してください。私、男性関係で揉めているので、もう噂されるような振る舞いはしたくないのですっっっ!」
「なるほど」
パッと身体を離し、何事もなかったように涼しい顔をする。ラルフがあまりに平然としているので、今のは幻だろうかと自分を疑いたくなる。
「すみません。最近までハグが挨拶の国に居たものですから」
「え、極東の国って、そんな感じでしたっけ?」
「ちっ、バレたか」
舌打ちされた。その表情と口調に鋭さが滲み、「あれ?」と焦る。なんだかちょっと、ゲームのラルフとは性格が違う気がする。確かに、何にでも首を突っ込んで飄々と場を引っ掻き回すトリックスター的な役ではあったのだけれど、シェークスピアの「真夏の夜の夢」に出てくる妖精パックみたいな、結果無害な存在だったはず。けれど、このラルフからは、北欧神話の破壊神ロキくらいの毒気を感じる。
「まぁいいや。ちゃんと信頼して貰えるように、ちょっと結果でも出して来ますね」
「え、なに、けっか?」
「はい。では、また後ほど」
あれ? これ、止めなくても大丈夫なやつかな?
と、考える間もなく、ラルフは手を振って走り去ってしまった。ちょっと待って、何するつもりかわからないけど、取り敢えず……
「廊下は走っちゃダメだよー!」
って、そんな場合か?