悪役令嬢、開き直って麗人となる
なぜこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。靴と鞄を革製で誂えたときにこの考えに至らなかったのは、やはり、こっちの世界の概念に染まっているのか。
思い返してみれば、前世の私は仕事着以外でスカートを持っていないような女だった。思い返してみれば、前世の私の母親は宝塚好きで何度となくあれの舞台のDVDを見せられていた。
新しい制服に袖を通す。
導き出された答えはこれだ。
男子の制服!
いいじゃん。いいじゃん。男装の麗人とか。まるっきりオス●ルじゃん。変人扱い上等。悪女だ魔女だとあることないこと噂されて、挙げ句の果てに断頭台行きにされるより、男装の麗人として堂々とお一人様してやれば良いんだよね!
この格好をしていると、逆にちょっとお洒落してみたくなる。小さい頃にフリフリドレスがコスプレみたいで恥ずかしいと言った私だけれど、こっちのコスプレはありだ。少女に見える美少年とか、ギムナジウムとか、大好物だった。というわけで試行錯誤し、素肌の唇にリップを引いて、髪は後ろの低い位置で一つに結い、細い黒のリボンを結ぶ。
白い肌に血のような唇。白金の髪に黒のリボン。男子の制服を身に付け、いつもの革靴に革の学生鞄。首もとのタイを少し緩めて部屋を出る。
「クラウ……。お前は本当に何でも着こなすのだな。素晴らしい。美しい。妖艶。こんなに男前な女性など、おまえ以外にいない」
溜め息混じりにべた褒めされる。なぜだか途中で妖艶とか言った気もするが、こういう時のお兄様は無視に限る。
「お嬢様……」
「クラウディア……」
対照的に、侍女とお母様の女性陣は心配そうな面持ちだ。
「あなたが選んだことなら、母様は応援するけれど……。そうまでしなければいけないの?」
「お母様。私は嫌々やっているのではありません。こちらの方が動きやすいし……」
転んでも脚を見られたりしないし、襲ってきた暴漢を投げ飛ばしやすいし。と、思ったけれど、そこは言わないでおく。
「とにかく私は、こっちの方が良いのです」
「でも、デビュタントは?」
と言う母の声は聞かなかったことにする。
言いたいことはわかる。この国には、社交界デビューする者たちのための大々的な夜会、デビュタントボールがある。
この会の主役はその年に十六歳になる女性たちで、会場に入る時にエスコートの男性がつく。婚約者のある者は婚約者がエスコートし、最初の曲をそのままの相手と踊る。婚約者の無い者は、誰かからエスコートの申し出を待ったり、或いは学園のダンス講師により同じ学年の男性をうまく割り当てられエスコートしてもらう。が、最初の曲は踊らない。これにより、どの女性が誰と婚約しているか、一目でわかるのだ。
社交界というのは結婚相手を探す場であるのだが、このシステムは、あからさまな女性の品評会のようで気持ちが悪い。けれど、この世界の女性たちは何とも思わず受け入れている。全くもって喪女に優しくない世界だ。
「エスコートはお兄様にお願いします」
何を着るかには言及しなかったが、お母様は私がエスコートされる側であることに胸を撫で下ろした様子だった。
正直、それについては決めかねている。婚約が無くなり自由となったことで、まだ、自分の立ち位置が定まっていないのだ。本来であれば、この日に私はクリス王子にエスコートされ、そして、最初の曲をすっぽかされる予定だった。
王子とアンジェリカの出逢いの場面である。