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こじらせ悪役令嬢は無自覚に無双する  作者: Q六
第一章 幼少期編
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見た目は美少女、中身は三十路乙女


 医者が来るより先に帰邸したお父様は、ベッドに駆け寄ると、私を元気づけようと「お前が王太子殿下の婚約者だ!」と開口一番教えてくださった。が、知っている。


「お父様、私はダメです。流行病です。疫病です。婚約者の座を辞しとうございます」

「そんな……。気をしっかり持て、クラウディア!」


「知恵熱ですな」


 駆けつけた医師は非情にも言い切った。


「朝には熱も下がっておりますよ。薬も処置も必要ありません」

「でも、性格が変わったようになって……」

「天啓でも下りたかのように唐突に何かを理解するというのは、子供にはよくあることです」


 んなわけあるかい。という皆の視線の中、老医師は笑いながら帰って行った。


「お父様、せめて、昼間いらしていたお客様方への無礼な振る舞いを謝罪したいのです」

「王家に嫁ぐ者として身辺整理をしたいと。なる程、流石はクラウディア。(さか)し……いや、賢い」


 お父様ったら、本音がダダ漏れています。


「昼間来ていた者達は、今夜の発表でクラウディアが王子の婚約者となるであろうと予測して、いち早く媚びを売らんとやって来たような輩であるからな。要らぬ謝罪とも思うが」

「いえ、お父様。私は侯爵伯爵様方でなく、御令息様方御本人に謝罪しなければならないのです。特にカイン・マクスウェルに」

「マクスウェル?」

「いえ、何でもありません」


 その後も必死で食い下がり、何とかお父様に場を設ける事を約束させた私は、ようやく安心して眠りについた。その夜見た夢は、ゲームのヒロイン、ストロベリーブロンドの豊かな髪をなびかせた明るく可憐なアンジェリカ・クレイルに全ての攻略対象者が跪き、悪役令嬢クラウディア・ギョーの処罰を王に嘆願しているというものであった。いや、そんなの眠れるかい!


 と、いうわけで……


「私が浅はかな為に御子息に多大な心痛を(こうむ)らせてしまったと思い至りました。本当に申し訳ございませんでした。心から謝罪致します」


 結局、こちらから出向かねば意を成さないであろうと、翌日は早朝から一軒一軒を馬車で巡って謝罪行脚する事にした。しかし、こちらは齢八歳にも満たない幼女、しかも公爵令嬢であり未来の王妃殿下である。それが、格の低い貴族の家を一人で訪れ、深々と頭を垂れるのだから、訪れられた方は恐縮するに決まっている。良い迷惑だ。それでも、出来ることはなんでもしなくては。

 しかし、謝罪しなければならない一番の相手、カインには会えなかった。昨夜から叔父の領地に視察に行かせているなどと伯爵は言っていたが、私が通された部屋より奥の方から「嫌だ! 俺はあんなクソ女に会いたくない!」と泣き喚く子どもの声が聞こえていた。あと、「しー! しー!」と声量を落とすように指示する夫人の声も。伯爵は脂汗をかいて必死に誤魔化していたが、私に会いたくないというカインの主張は真っ当なもののように思われたので、こちらとしては更に申し訳無い気持ちで、謝罪を繰り返すしかなかった。

 そんなこんなで、夕方になってようやく全ての家への謝罪が済み公爵邸に戻ると、昼のドレスのままベッドに倒れ込んだ。


 こんなにも疲れてしまったのは、『わたし』のせい。


 昨日までのクラウディアにとって当たり前だった、両親からの蝶よ花よの甘やかしも、周囲の大人からの畏怖も、愛想笑いも、『わたし』の強固な劣等意識が受け付けない。クラウディアは嫌な子供ではあったけれど、大人になって少し…………いや、かなり落ち着けば、人の上に立ち、従え、指示する者としての本領を発揮し、妃として王と並び立つだけの度量があったのかもしれない。その前に、周囲の男を籠絡しまくって断頭台から逃れる必要はあるのだが、それすらやってのけられるだろうと思えるくらい、自己に対する揺るぎない信頼があった。

 そして、そのどちらも『わたし』には無い。


 私は重たい身体をベッドから引き剥がし、鏡の前に歩いて行く。

 そこに映るのは、滑らかに輝く白金の豊かな髪、雪のように白い肌に、アイスブルーの大きな瞳と朝露を蓄えた薔薇の蕾のような唇を持った、稀有な美しさの少女。


 ……ではある。が、何故だろう、昨日まで当たり前に己として受け入れていたその美しさにさえ、言いようのない違和感、居心地の悪さを感じる。


(私が可愛いわけがない)


 三十年分の卑屈な思いが、小さな胸を押し潰す。『わたし』の思いは重過ぎて、私は敗北し、うずくまった。


 トントン


 静かにドアをノックする音に顔を上げる。


「取り込み中悪いけど、ドア、少し開いてたよ」


 既に部屋の内側でドアに寄りかかり腕組みした少年が、冷ややかな視線を下ろしてくる。二歳年上の兄は、私とよく似た容姿をしている。私と同じアイスブルーの冷たい瞳、私より銀が強い髪、透き通るような肌は怒ると青みを増す。私のように周囲を振り回すことはないけれど、冷たく全てを見通し、見下す。美しく、恐ろしいお兄様。


「お前さ、何企んでんの?」


 何を言いたいのかは、聞かずともわかる。私の悪行を一番近くで見てきたお兄様なら、昨夜からの私の一連の行動に、裏があると疑うのは当然だ。困り果てて黙り込む。今はまだ九歳のこの少年もまた、いずれ、アンジェリカに恋するようになる男の一人なのだ。


「……お兄様は、クラウディアがお好きですか?」


 立ち上がりもせず、兄を見上げて尋ねる。


「好きなわけがない。お前ほど(たち)の悪い人間はそういない」

「そうですね。私も嫌いです。周りの大人は私を可愛いと言うけれど、実際、それ程には可愛くない。皆、『公爵家令嬢』に対する賛美、ごますりだったのですね。それを、真に受けて、いい気になってわがまま放題なんて、愚の骨頂……。そんな姿を晒してきたなんて、恥ずかしい。きっと、陰で皆も笑っていたのでしょうね」


 そこまで一息に言うと、泣き崩れた。この兄には取り繕うことなどできない。聡い人だもの。




 

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