悪役令嬢、男性上位の社会を憂う
登校初日は散々だった。眼鏡は失くすし、転んで脚は丸出しにするし、それを攻略対象者に見られるし、王子には無視されるし。思い出すと涙がこみ上げそうになるので、屋敷に帰るなり部屋に籠もり、ベッドに転がって、暫しクッションを抱える。
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うし! ぐずぐずタイム終了!
ふられるのは折り込み済み。最初からそれを狙ってるんだから、良いじゃん。狙い通りじゃん。いちいち振り回されてないで、どんどんふられるぞ!
レオンに出会ったのも良い機会。さっくりふられてしまえば良いんだよね。
状況も何となく理解できた。レオン・ビューラーの父親は近衛騎士団団長。本人も剣の達人で卒業後は近衛騎士団に配属されるのが決定している。修行に出たきり帰らないラルフ様の代わりに、学園での王子の警護を担当しているのだろう。
そう考えると、あの事件から、ゲームでの設定とズレが生じてきている。ゲーム内では、王子とお兄様はあくまでもライバル関係で、共に行動するような場面はなかったはず。ゲームの知識があることに甘んじてはいけないってことだ。
「お嬢様、夕食の支度が整いましたが……」
「今行くわ」
暗い顔をしていると、屋敷の者が皆心配する。にっこり笑って部屋を出る。
「お父様は?」
「席についておられます」
「お兄様も?」
「はい」
「良かった。聞きたいことがあったの」
食事の席に座り、唐突に始める。
「お兄様、お聞きしたいことが幾つかあるのですけれど。お兄様と王太子殿下は仲がおよろしいのですか?」
私が落ち込んでいるらしいことは聞き知っていたのだろう。自分を責めるような突然の冷たい雰囲気に気圧されて、お兄様の目が泳ぐ。
「え? うん、そうだな。それほどでもないが。……まぁ、試験前に勉強を教えあったり、昼食を共にしたり、休み時間に無駄話をする程度には」
思った以上に仲良しだった。
「なぜそのことを今まで私に教えてくださらなかったのですか?」
「それは、ほら、クリス様の話題はお前が傷付くかもしれないと思って……」
まぁ、そうでしょうね。お父様もお母様も、王子の噂などは私の耳に入らないよう気を付けておられるし、今もハラハラした様子で私達のやりとりを見守っている。
「殿下と仲良くなったのは、いつからです?」
「あのことがあって、ラルフがいなくなった後。クリス様がお寂しそうにしてらっしゃると幾人かの教師に聞いて、ライバルがそれでは詰まらないと思い、時々城に出入りさせてもらっていた」
「そんなに前から……」
お兄様が悪いことをした子犬のようにうなだれる。
「口止めしたのはお父様ですか?」
突然の飛び火にお父様がスプーンを落とす。
「それは、そう、だな。お前を傷つけてはならんと思ってだな……」
これが、この世界の認識だ。婚約『解消』が穏便なのは言葉の上のみの話。実際、婚約を無かったことにするのは男性側からで、傷付くのは女の側なのだ。お兄様もお父様も、私の価値に傷が付いたことを気に病ませまいとしている。腹立たしいが、それを今この場でぶちまけたところで、どうなることでもない。
「わかりました。私に対するそのような気遣いは今後不要にございます。知っていて当たり前の情報を、周囲から聞かされるのは嫌です。……そうよ。もっと早くそう言えば良かったのよね」
凍りついた皆の注目の中、一人で勝手に納得して、漸く食事に手をつける。
「お母様、このスープも美味しいけれど、学園の食堂のお料理は、噂通りとっても美味でしたのよ!」
まだオロオロしていたお母様に向き直って話しかけると、場の空気が一気に溶け出す。こんな時思うのだが、本当に私って悪役令嬢の素質が抜群なのだ。流れるように他人をかしずかせ、場の空気を操る。この才能ってやっぱり、仕事に活かすべきじゃない?
「ところでお兄様、今日一緒にいらした方はどなた?」
「レオンのことか? レオン・ビューラー。学園に入学した折から、クリス様の警護担当としてそばに控えている」
思った通りの答えだ。
「控えてはいないようだけど。わかりました。では、殿下に会わないよう気をつければレオン様にも会わないということですね。残念だけど、学食はもう使わないことにいたします」
「いや、無理だと思うぞ。レオンはお前のこと相当気に入ったらしくて、今日は朝から『謎の美脚令嬢』の話を何度も聞かされたし、俺の妹と知ってからは、明日は朝から校門前で待つと言っていたな。一応止めろとは言ったが、聞く奴じゃない」
「な!?」
「それと、あいつ、悪気は無いんだが、声が大きいんだよな。去年の剣術大会で優勝した有名人だし。昼の一件で『ルイスの妹はレオンの愛しの美脚令嬢』って噂も校内に広がり始めてる。外堀埋められつつあるな」
もう、登校拒否って良いですか?