メルティローズ卿は、かく語りき【ラインベルグ王国騎士団総長視点】
王太子殿下、ギョー公爵家のルイス様とクラウディア様、我がメルティローズ家の愚息ラルフの四人が山に入るというので、警護に近衛騎士団から数名、朝から麓に詰めさせておいたが、どうにも落ち着かないので自らも詰め所へと出向いた。
夕刻も迫ろうという頃、第一報はギョー公爵家の侍従によりもたらされた。クラウディア嬢が山で消えた。単独での事故や遭難でなく、何者かがいた形跡があり、連れ去られた可能性もあるという。
すぐに騎士数名と信頼できる土地の者とで捜索隊を組織し派遣。同時刻、街での聞き込みを開始した。
ギョー家の子息、ルイス様は泥のついた大きな足跡から犯人が男二人組と見当をつけていた。道に戻って山を降りた形跡があることから、街を通った、または潜伏している可能性ありというところまで推理されていた。これは、聞き込みを行う上でかなり有益な情報であった。妹が消えた場面での冷静な状況判断。賢い少年である。
しかし、とにかく安全な場所へ移動してもらおうと、王太子殿下含む少年三人を王都へ帰そうと試みるも激しい抵抗にあい断念。じきに日が沈み、夜を徹しての捜索となった。
第二報がもたらされたのは、詰め所に直接現れた商人によってであった。
貴金属や古物を扱う店の主であるこの老人は、見知らぬ二人組の男が持ち込んだという真珠の髪飾りを差し出した。持ち込んだ男はそれがどういう品物で、どういう価値のある物か全く知らず、ただ、今夜の飲み代程度にはなるだろうかと尋ねたと言う。
古物商の老人は、当然、それの価値も、それを持っているであろう家柄も予想がついたので、二人分の飲み代になる程度の金子を渡し、近くの飲み屋も教えてやったが、今日中に次の町まで行くと言って男は立ち去ったのだそうだ。
この証言により、「次の町」と考えられる二つの町に向かう道を捜索。王都付近で怪しい二人組の男を発見、確保。ここまでは実にスムーズな逮捕劇であった。
しかし、クラウディア嬢は依然として見つからない。
詰め所に連行されてきた男達を尋問するも、その証言は曖昧なもので、最初は「拾っただけ」と言い張り、更に問い詰めると「王都への道中、立ち寄った麓の街で『お貴族様の子供たちが来ている』との噂を小耳に挟んだ」「近くにいた子供に、『幼い貴族の娘を好んで集めているお金持ちを知っている』と言われた」「『あんな綺麗な子なら、しばらく遊んで暮らせるくらい貰えるよ』と唆されて、その気になった。捕まえるなら、そのお金持ちとやらと、唆しやがったピンク髪の女の子供を捕まえやがれ」と喚くだけで、クラウディア嬢には逃げられたし、ピンク髪の娘の居場所も知らないと言う。
ギョー公爵が詰め所に現れたのは、もう夜中だった。独自に捜索なさった様子で、王都や近隣の街には確実にクラウディア嬢が居ないと突き止めて、共に山狩りせんとやって来られたのだ。ここにきて、使える全ての騎士を山狩りに動員する。
少年達も大人に混じって山を歩いていたが、夜が白々と明けてくる頃に一旦詰め所に戻らせた。三者とも酷く思い詰め、打ちひしがれ、くたびれていた。あまりの悲壮感に、声を掛けようとする者はなかった。
夜が白んできた頃、クラウディア嬢を発見、保護したとの報が入ったときには、三人とも勢い込んで立ち上がった。兄君のルイス様、王太子殿下の二人は、毛布に包まれ騎士団の者に抱えられるクラウディア嬢の許へ駆け寄ると、安堵からか申し訳なさからか、その場に崩れ落ちた。
崖の窪みに小さくなってはまっていたというクラウディア嬢は、あちこち擦り傷だらけで、足首は腫れて歩けず、夜間は気温の下がる山で一晩過ごしたので低体温に陥って青い顔をしていた。我が息子ラルフは、そばには近寄れず、震える手で私の服の裾を握り締めて、遠目にそのお姿を見ていた。
が、目を開けたクラウディア嬢のアイスブルーの瞳が、兄君や王太子殿下を素通りしてこちらを見た。唇が微かに開閉し、何か伝えようとしている。声の届くところまで歩いていくと、息子は服の裾から手を離してクラウディア嬢の許へ駆け寄った。
「ごめん、クラウディア。ごめん。ごめんね……」
「ラルフ様……。ありがとうございます」
「なんでお礼なんか!」
「皆様、お怪我はないですか?」
「君以外はね」
その言葉に薄く微笑まれたクラウディア嬢は、くるまれた毛布の間から、その白くて細い、傷だらけの手を出されて、ラルフの頭をそっと撫でた。
「私は大丈夫。皆様ご無事なようで良かった……」
その言葉で唐突に悟った。この少女は王太子を、兄を、友を、守ったのだ。同じように悟ったであろうラルフは何も答えず、年下の少女にされるがままに撫でられた後、一歩下がり、頭に乗せられていた小さな手を取った。
傷だらけの手をじっと見つめる。
「もう二度と、怖い目には遭わせません。生涯、おそばを離れずあなたを守ります」
騎士としての礼をとり、主君への誓いとして、その手の甲に額をつける。そうして顔を上げた小さな騎士の瞳には、決意の炎が宿っていた。