罠猟合戦の罠
息が切れる。胸が破れる。喉の奥で血の味がする。でも、足を止めてはダメだ。走って、走って、王子たちから少しでも離れなくちゃ。
迫る足音と下卑た笑い声に脅えながら、私は、今日の始まりから思い返していた。
どうしてこんなことになったんだろう。
◇ ◇ ◇
「ど、ど、ど……どうして……?」
あ、王子が壊れました。
「あっれー? ルイスじゃん。なになに? クラウディアの保護者?」
「申し訳ありません。ついて来てしまいました。……こちら、兄のルイスです」
「七歳の子供を一人で山になど来させられません」
「七歳も九歳も変わんないと思うけどぉ」
本日は三人で計画していた罠猟合戦です。場所は王都と隣接した山。メルティローズ家の領地で、麓には軍の詰め所もあり、騎士団の基礎訓練や国王主催の狩猟大会なども行われる、比較的緩やかで狩猟向きの動物が多い、安全な山なのだそうだ。
ルールは簡単。従者を一人連れて、山の中に罠を仕掛ける。罠は一人五個ずつ。好きな物を各自用意して、誰の物かわかるよう目印をつけてある。仕掛けたら後は下山して翌日を待つのみ。動物は夜に行動するから、朝には結果が出ているはずだ。
罠を仕掛けて下山したら、すぐに王都の屋敷に戻るし、翌日にまたちょっと見に行くだけだから、と、両親を説得したのだけれど、なぜかお兄様に大反対された。「危険なことなんて無いよ、せいぜい擦り傷を作るくらいでしょ?」と言ったら、それこそが大問題だと更に怒られた。意味がわからない。もう、何が何でも行ってやる! と、強行突破狙いで髪を結い上げ、山に入るためのパンツスタイルで抜き足差し足しているところで捕まった。怒られると思いきや、「……かわっ……!」と一言呟いて、「殿下との約束を破るわけにもいかないな」と態度を急変させ、一緒について来てしまった。「かわ」ってなんだ? 皮?
「先生方からよくお名前を聞いていました。あなたに会えるのを楽しみにしていたのですよ」
あ、そうこうしている内に王子が持ち直しました。
「私も、王太子殿下のお噂はかねがね」
「そうですか。どのような?」
あ、自分もルイスに爪痕残してた!と喜んでいる顔です。
「……私の次に、できるお方だと」
ピシッ
あ、青筋立つ音が聞こえました。お兄様は何を王子に喧嘩売っているんでしょうね。うわぁ。なんだか二人ともニコニコ笑いながら殺気を放っています。
「来たからには、ルイスも参加するんだよね。罠の用意してないなら、麓で買ってこようよ。……罠の仕掛け、できるんでしょ?」
うわぁ。ラルフ様ったら、「まさかできないとか? ぷっ」みたいな感じで煽りましたよ。何だろうこの子たち怖ーい。
と、まぁ、そんな経緯で街で買い物することになった。一応お忍びなので、仰々しくない数の護衛もついている。
軍の詰め所があるあたりには、飲み屋のついた宿、買い物ができる店などもあり、ちょっとした街になっているのだ。見て回っていると、武器防具から農機具等まで扱う金物屋に、数種の狩猟用罠も揃えてあった。五つ見繕って店主を呼ぶと、「ラルフ様のお友達ですからね」とサービスで一つ余分にくれた。いや、いらないけど。
「ラルフ様は、この街ではお忍べないですね」
「そうだな。私が誰かは知らなくても、ラルフのことは皆知っているようだ」
王子が心中複雑そうな顔をしてるが、仕方があるまい。庶民にとっては、見たこともない国王の息子より、その土地の領主の息子の方が身近でリアルな対象なのだ。ただ……
「私は、なぜか、さっきからちらちらと視線を感じるのですけれど」
「それは単純に美しいからであろう?」
それはありませんけれど、ロリコン氏ですかね? いや、それとも違う気がする。そして、お兄様、いちいち王子を睨まないでください。
そんなこんなで遅くなってしまったが、登山道の入り口に戻って、いよいよ合戦スタート。……と言っても、合図と共に一斉に散り散りに走り去っていく。振り返りもせず走り出す王子の背中を見て悟った。あ、あれ、本気だ。そして、もう一人、本気の人が……。
「あの、お兄様? そわそわなさらなくても、行ってくださって大丈夫ですよ」
「馬鹿な。クラウを置いて行くなど本末転倒」
「ご安心ください。実は私がお父様より教わったのは、麓付近、登山道付近に仕掛けるポイントの探し方だけなんです。なので、罠を置いていってくれれば、私はこのあたりの、道から外れないあたりに仕掛けてしまいます。お兄様は従者を連れて、行ってください。負けないでくださいませね!」
「……わかった。すぐ戻る。すぐ戻るから、ここにいろ。何もするな。戻ったらお前のを一緒に仕掛けよう。わかったな、動くなよ。絶対動くなよ!」
完全にふりですね。そうまで言われたら逆に、当然動くに決まっている。走り去るお兄様の背中が見えなくなるや否や、罠を持って道から逸れた藪の中に入って行く。どんどんポイントを見つけて、三個の罠を仕掛け、次のくくり罠を取りに道へ戻る。
そこで、その男達に出くわした。
あと三話で幼少期編終わりです。