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夜会にて【2】


 クリスから離れると再び囲まれたクラウディアであったが、人の波が引いたタイミングでカインがすかさず人気の無いバルコニーへ誘導してくれた。


「真珠の新製品をご婦人方に売り込もうと気合い入れてきたのに、全然駄目だわ。はぁ。やっぱり、早くアンジェリカにも社交の場での作法を覚えてもらって広告塔を交替してもらいたい」

「無理でしょうね。あの人、女性に嫌われそうですし」

「カインもそう思う? ううう…… でも、私だって、そもそも柄じゃないのよ。おじさんたちと経済とか政治の話をする方が楽しいんだもの。囲まれるのは嫌だけど」


 一頻り愚痴ると、カインが差し出した飲み物を受け取る。グラスの飲み物からはシュワシュワと細かい気泡が弾けていた。


「珍しいわね。カインがお酒を勧めるなんて。うっかり飲み干しちゃった」

「弱い酒ですし、祝杯ですから。それ以上は飲まないでくださいね」

「はぁ。気が利くわね。カインを娶りたい」

「自分が娶られるという発想は無いんですか。あなたには」


 くすくすと笑い合う。


 砕けた会話。心底呆れた風に溜め息を混じらせるカインの毒気がクラウディアには心地良い。先程まで、身の丈に合わない賞賛を浴び過ぎていたたまれなくなっていたせいか、アルコールのせいか、饒舌になる。


「私、腐った趣味はあまりなかったのだけど、カインは右側でしょ。教室でラルフと並んでるのを見てあれこれ想像したら萌え禿げた」

「何言ってるかわかりません」

「カインとは、背伸びしないで楽しく居られるって言ったのよ」

「嘘ですよね。それより先程の話ですが。私の妹たちは使えませんか?」

「良いの? 美形の双子ちゃんたちを?! 素敵。まだお小さいから夜会には連れ出せないにしても、貴族のご婦人方の集まる昼の茶会…… 観劇…… あとは何があるかしら?」

「ご自分で企画されてはどうです?」

「そうね! いえ、それこそアンジェリカに任せようかしら。キラキラ女子の好きそうな企画案を出してもらって、実際の運営は……」


 ああだこうだと言いながら頭を抱えるクラウディアを見つめるカインの頬が緩む。

 クラウディアが隣国から帰ってすぐに学園で顔を合わせ、互いの身に起こったことは報告し合っていた。しかし、以前と同じであったのはそこまでで、取り巻く状況が一変し、方々から頼られる存在になっていたクラウディアは何かと忙しく、カインと顔を合わせても挨拶を交わす程度であった。このような時間を持つのは随分久しぶりで、変わらぬクラウディアの笑顔と不可解さにカインは安堵する。


 王子に毒を盛った容疑で捕らえられたと思っていたら、いつの間にやら隣国へ行き、その国の国王と直接交渉して戦乱の回避、長らく燻っていた国際問題を解消してきたと言われ、カインは愕然とした。クラウディアとは、事業を介したクリスやラルフには無い繋がりがあったはずで、その点で誰よりも近く居たと、これからも居ると思っていたのに、突然遠い人になってしまった。

 思い上がりを実感したのと、置いていかれた焦りで打ちのめされた。自分が恥ずかしかった。


 しかし、今、以前のままのクラウディアが、手の届くところに居る。その事実に、平素は決して出さない感情が顔に出た。

 隣には、明るいフロアで踊る男女を手摺りに寄りかかって見つめる美しい人がいて、その、力の抜けた様子をカインは「子供のようだ」と思いながら見つめていた。


 いつもは、ただ手入れの行き届いた清潔な装いをするだけのクラウディアであるが、公的な場では華やかさがあり、やはり高位貴族の令嬢なのだと周囲を納得させるだけの美しさである。しかし、何より、艶めかしさのある造作でありながら、表情や仕草には子供のような純真さや清楚さがあり、相反するものが綯い交ぜになった掴み所の無さが良い。


 そんなことを考えていると、ふつと胸に湧き上がるものがあり、口をついて出た。


「あなたはどこに向かっているのですか?」


 突然投げかけられた漠然とした問いに、クラウディアは眺めていた明るい場所から視線を逸らし、カインに向き直る。


「見て。この、肩のところ」


 見せつけるようにカインに近寄ると、剥き出しの自分の肩を指でなぞる。


「それと、ここ。目のあたり。キラキラしているでしょ」


 顔を寄せ、目を瞑って瞼のあたりを指差す。言われるまでもなく、蝶の鱗粉のようだなと初めから思っていた。しかし、だから何だと言いたいのか。そんなことより、艶めかしさを間近で色々見せつけられ、狼狽する。


 そんな戸惑うカインを見てにこりと笑んだクラウディアの口許と、遠くを見るような目に嫌な予感がした。上りかけていた血が、すっと冷める。


「新しく開発した商品は、真珠の表面を削った粉を混ぜた化粧品なの。これなら、宝石としては商品にならない屑真珠にも値がつく。……リンドブルムは口紅の原料になる花の栽培が盛んで、総じて化粧品に関心が高いの。見ていて。姫君たちに売り込んで、隣国で流行らせるわ。新しく出来る国境の町で大々的に売り出しましょう!」


 呆気にとられる。


 もしや、マクスウェル家との事業より、王家から依頼される外交の仕事の方に気持ちが向いているのではないかと、心のどこかで思っていた。それが「どこに向かっているのか」という質問になったわけだが……


「真珠は、私が初めてお父様から任された仕事だし。本来なら途切れていた筈のカインとの仲を繋いでくれたものでもあるから。特別な思い入れがあるの」


 その言葉に胸が熱くなり、いっそ、思いを打ち明けてしまおうかとカインが口を開きかけたところで、また、ふとクラウディアの視線がフロアへ戻る。重大な告白をしようした矢先に心を逸らされてしまい、興が冷めた。少し苛つきながら、何をずっと気にかけているのだろうと、カインもクラウディアの視線の先を追い、知った。


「ラルフ様を探しておられるのですか?」


 カインの言葉に虚を衝かれたように振り返る。


「え? いいえ。どうして?」

「赤髪の男性を目で追っています」

「……そう?」


 無自覚であったらしいが、きょとんとしながらも再び視線はフロアに張り付いていた。そうして、薄く開いていた口を噤み下唇をゆっくりと噛んだ後、


「そう…… かもしれない」


 呟いたクラウディアが、カインには、他国での武勇を伝え聞いた時よりも遠く感じた。


 クラウディアの視線の先になど気付かず思いを伝えてしまえば良かったという後悔と、余計なことを言ってこれまでの関係を壊さずに済んで良かったという安堵で綯い交ぜになる。

 カインは喉を焼く苦い溜め息をひとつつき、ぐちゃぐちゃになった思いを飲み込むと、自分では無い男を探す一途な横顔を見つめ続けた。




 

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