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ミザリーの恋


 あれこれ思い出して黙りこくり、一人で青くなったり赤くなったりしているクラウディアを、ミザリーはテーブルの上の菓子を摘みながらにこやかに眺めていた。しばらくしてふと冷静さを取り戻したらしいクラウディアは、視線を感じ取り、話を逸らすように菓子の説明を始める。が、


「ところで、カインが……」

「え、はい! カインが何か!?」


 逃がさないわよ、とばかりにミザリーがカインの名を出す。取り戻しかけた冷静さを再び失くし、まんまと術中に嵌まる。


「このところクラウディアさんに避けられている気がすると。自分に何か不備があったのではと気に病んでいましたよ」

「あ、いえ、そういうわけではないの。そう、思わせてしまったのなら…… 申し訳無いわ」


 カインと何かあったわけでもないのに、なぜだかしどろもどろになるクラウディアを、姉か母のようににこにこと見つめ続けるミザリーは、やはり悪役令嬢らしい貫禄がある。


「ミザリーさんは、お好きな殿方がいらっしゃいますの?」


 ふと、いるのだろうと思った。ミザリーの醸し出す雰囲気が、決まった相手のある者の持つ余裕に思えたのだ。


「私ですか?」


 突然矛先が向けられたというのに焦るでもなく、口に入れたばかりの菓子をゆっくりと飲み下してから、答える。


「そうですね。私は、子供の頃に何かの祝いの席でお見かけしたギョー公爵家の美しい兄妹に憧れておりました」


 ミザリーの突然の告白にクラウディアは目を見開く。


「気になさらないで。覚えていらっしゃらなくても無理ないわ。その頃の私ときたら、自分に自信が持てなくて、引っ込み思案で、いつも大人の後ろに隠れていましたし、あの時も、余りの人の多さに困り果てて、クロスを引かれたテーブルの下に逃げ込んでおりましたもの」

「テーブル……」

「ええ。ガーデンパーティーでした。沢山あるテーブルの一つの下で、膝を抱えて小さくなっていました。外からは母が私を探す声が聞こえていましたが、気持ちが竦んで余計に小さくなっていました。そんな時、突然クロスの裾が持ち上がって、一人の女の子が顔を覗かせたのです」


 少し、記憶が戻ってきた。確か、前世の記憶が戻るより前の、本当に小さな頃の話である。


「お可愛らしかった。『あら、先客? 失礼するわね』『ここ、落ち着くわね』と、まるで、馬車に相席でもするみたいに入り込んできて隣に座ったと思ったら、外で母が呼ぶ声を聞いて『あなたはミザリー? なぁんだ、悪戯をしかけるのでは無いのね』と、おっしゃったのですよ」


 ああ、言いそうだ、と思い出せないながらも納得する。


「それから、『今出て行くと注目を浴びちゃうわね。嫌なのでしょう?』と言い当てられて。まともに返事もできずに、ただ、頷くだけのどうしようもない自分が恥ずかしくて更に小さくなっていたら、『私が皆の気を引いてあげる。騒ぎの間にここを抜け出して、素知らぬ振りしてお母様と合流なさって』と言い残してテーブルの下から、するりと出て行ってしまわれたの。あとは、クラウディアさんのおっしゃられた通り。遠くで何かが割れる音と大人の悲鳴が聞こえてきて、そちらへみんなの注目が集まったから、その隙に私も外へ出て母の後ろの定位置に隠れた」


 少し思い出してきた。確か、都合良く見つけた蛙をテーブルの上のグラスで溺死させたら、話に夢中で手元を見ずにグラス取り、煽った婦人が、ぎゃー! がっしゃん!


「ぷふっ! あの澄ましたご婦人の、野太い悲鳴ったら! 思い出したわ。ああでも、あの方が独身で、あの逞しい悲鳴のせいで婚期を逃したりしていませんように!」

「ふふふ。確かに、ああ、本物の悲鳴って歌劇などで女優がするように美しくはないのね、と思いました。……でも、その後クラウディアさんは大人にこってり絞られてしまって」

「当然よね。いいのよ、気になさらないで。私は魔王なんて呼ばれるくらい、怒られ慣れていたから」

「いいえ、いいえ。違うんです。クラウディアさんが魔王などと呼ばれ始めたのは、そのことがきっかけなんです」

「え? そうだったかしら。でも、たまたまよ。いずれ、別の機会にそう呼ばれ出していたわ」


 ミザリーが俯いてふるふると首を横に振る。


「私は叱られるのが怖くて出ていけなかった。私を助けてくれただけですと、皆の前で言えなかった。そんな私に…… 叱られるクラウディアさんを母の後ろで見ていた私に、あなたは曇りの無い笑顔をくれたんです。それから、帰り際、両親がギョー公爵夫妻に挨拶する間、そっと耳打ちしてくださった。『あなたの髪、そんなに素敵な色だったのね。テーブルの下よりお日様の下の方が似合っていてよ』って」


 そこまで言って、ミザリーは既に冷たくなった紅茶の最後の一口を飲んだ。


「あの時、決めました。テーブルの下に、母の後ろに、隠れるのは止めようって。お日様の下でみんなの前で堂々としていられる自分になろうって。……それからずっと、クラウディアさんは、私の英雄なのですわ」


 クラウディアは思わず赤面した。前世を思い出す以前の自分を認めてくれていた人物が、ここにもいたのだ。


「すっかり話が逸れてしまいましたね。そういう理由で、その後の私はことあるごとにギョー公爵家の兄妹に注目しておりましたから、クラウディアさんと、……ルイス様を、ずっと羨望の目で見ていたのですよ」

「……お兄様?」

「はい。私はずっと、ルイス様をお慕いしておりましたの。我が家は侯爵家で身分も相応ですし、いつか見初めていただけるのを夢見ていたのですわ」


 恨みがましさは無い。ただ子供の頃の夢物語といった具合で照れくさそうに話せるのは、既に泣き尽くして吹っ切ったせいだ。


「アンジェリカさんは健やかにお過ごしでしょうか? 私、あの方のデビュタントを滅茶苦茶にしてしまいましたし、嫁ぎ先が決まって、胸を撫で下ろしております」

「ええ、未だ勉強中ですが、公爵家の夫人として日々努めてくださっています」


 幾らかの強がりは混じっているのであろうミザリーの渾身の笑顔が眩しかった。







「あの女、帰った?」


 ミザリーを見送った後、テーブルに戻り一人でティータイムの続きをしていると、アンジェリカが乱入してきた。


「あの女呼ばわりって…… アンジェリカのお菓子、とても気に入ったようよ」

「当然でしょ。あたしが作ったのよ?」

「そうね。あなたが考えたわけじゃないけど」


 二人でくすくす笑う。

 リンドブルムから帰った後、謝罪してきたアンジェリカとは和解し、二晩も三晩も語り明かして打ち解け合った。前世で出会っていたなら決して友達になれなかったであろう二人は、異世界に流れ着いた同胞であり、今や義姉妹として信頼関係を結んだ。なにより、前世の世界の話ができる相手を得たのは、お互いにとって楽しく、実りのある現実であった。


「この世界の女の子達って、早熟よね」

「あー。思う」

「十代で嫁ぐのが当然の社会だもんね。覚悟が違う。いつまでもぐずぐず迷ったりしないで、根を張る心構えができてるんだわ」

「十代とか二十代前半なんて、いっちばん楽しい時にじゃない? 遊びまくりよねえ?」

「私の『自立したい』なんて、結局、『国民としての納税の義務を果たして、自分の食い扶持を稼いでいれば、周囲に有無を言わせず自由な生活できるでしょ? ふらふらしていてもいいでしょ?』ってことのような気がする」

「まぁ、その程度じゃ、この世界の男尊女卑思想の前に平伏すでしょうけどね」

「そうね。でも、そういう女が公爵家から出るっていうのは、社会的に価値があると思うのよ。例えば……」

「あー、いい、いい。難しい話は止めて」


 サリーを思い出したのであろう、ムッとして黙り込むアンジェリカを気遣って、素直に話題を変える。


「私、前世で、二十六歳で結婚決めた友達に『まだ早くない?』って言っちゃったな。理想がね、二十七あたりで特別な相手と出会って、一年後くらいにプロポーズされて結婚、一年後に出産、みたいな……」

「うわ。がちがちね」

「まぁ、実際は何も無いまま三十になっちゃったわけだけど」

「ああ、あんた三十路処女だったんだ。っぽいね。全然意外性無いわ」


 酷い言われようだが、言い返せない。


「どこらへんが『っぽい』のか、参考に聞かせてもらえる?」

「アンテナが閉じてるとこ。あと、スイッチも切れてる」


 抽象的過ぎて、さっぱりわからない。何かの暗喩だろうか。


「だからぁ……」


 物分かりの悪い子供に説明するように、「他人からの好意や、好意を寄せてくれそうな相手そのものを感じ取るアンテナが閉じている」「自分の中に恋心が湧くスイッチを切っている。ブレーキをかけている」という二つの事を伝え、アンジェリカは懇々と説教を始めた。


「ほんっと、モテたことの無い女ってそうよね。あんた、自分みたいな女を好む男のタイプなんて知らなかったでしょ?」


 何を言っているのかさっぱりわからない。なにせ、好意を寄せられたことなど無いのだ。


「あんたが知らないだけで、絶対いたはずよ。そうじゃなきゃ、あんたが少し動きさえすれば、あんたを好きになったはずの男がいたはず。あたしだって、何もせずにどんなタイプの男からも好かれていたわけじゃないわ。ちゃんとアンテナ張って、意識して、狙った男が好きそうなタイプの女を目指して服とか言動を選んだり、『あ、こいつはあたしみたいな女が好きなはず』って男をピンポイントで狙ってた。あんた、そんなことしたことないんじゃない? 漠然と『男の人はスカートが好きなはず』とかで、合コンに取りあえずスカートで行って安心してるやつよね」


 ぐうの音も出ずショックで呆然とするクラウディアであったが、アンジェリカの追撃は止まらない。


「まあ、そういうやつって、『好きなタイプと好かれるタイプが一致するとは限らない。私は自分が好きなタイプの人と付き合いたいの』とか言い訳するのよね。一辺モテてから言えっての」

「アンジェリカ、流石に言葉が…… ほら、公爵夫人……」

「あら、失礼。では…… おモテになられて、出直しやがれでございますわよ」


 悪化した。





 

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