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こじらせ悪役令嬢は無自覚に無双する  作者: Q六
第一章 幼少期編
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令嬢、斜陽が脳裏をかすめる



「あっ」


 七歳の春、我が父グリム・ギョー公爵邸の長細いダイニングテーブルで夕食のスープを一さじ掬って、私は(かす)かな悲鳴を上げた。気付いてしまったのだ。ここは前世でドハマリしていた乙女ゲーの世界であり、自分はヒロインにざまぁされて断頭台の露と消える悪役令嬢であると。




 ◇   ◇   ◇




 その日、私は朝からキレッキレに切れていた。まず、起こしに来た侍女に当たり散らして洗顔用の冷や水をぶっかけ、朝食の席ではさしたる理由もなく熱々のパンを給仕係の顔に投げつけてやり、その後は、「教師の顔が悪いせいで地理を憶えられない」「教師の育ちが悪いせいでステップが踏めない」といちゃもんをつけて数人の家庭教師を辞職に追い込み、挨拶に来ていた侯爵伯爵の年の近い令息たちを意気揚々と棒きれでぶん殴り、庭の池で溺れさせ、犬をけしかけて笑いものにした。

 そんな夕食の席。スプーンでスープを掬い、口に運びながら、昼間見た人々の顔……痛み、悲しみ、泣く人々の顔をひとつひとつ思い返して、「ああ、今日は充実していたなぁ」と満足感に浸っていると、ぱちぱちと目の前に小さな火花が散った。次いで頭の中から湧き出し溢れ出した映像、音、思いに私は驚愕し狼狽した。


 その『わたし』が生きていたのは日本という国で、死んだのは三十歳の誕生日。入社時からずっと片思いしていた同期の婚約報告を聞き、自棄になって一人宅飲みで深酒して風呂に入った所までは記憶にある。多分そのまま眠って溺死してしまったのだ。

 恋人も無く、仕事も特別にできるわけでもなく、休日に満喫する乙女ゲーやラノベを楽しみに平日の雑務をこなすだけの日々。つまらない人生だった。

 そして、生まれ変わった私は、『わたし』が生前ドハマリしていた乙女ゲーで、どのルートでもヒロインの邪魔をする絶対的な悪役。あらゆる男を(たぶら)かす妖艶な美貌で本性を隠した、冷酷無比で残虐非道な公爵令嬢、クラウディア・ギョー。


 残虐非道……


 身に覚えがありすぎる!


 今もまた、ただ「あっ」と呟いただけの私を、斜め向かいに座るお母様は手を止めて不安げに見つめておられるし、お兄様も……お兄様は平常運転でスープを飲み終え食事を進めていますが、給仕係などは「髪の毛でも入っておられましたでしょうか!?」と青ざめガタガタと震え、今すぐにでも平伏さんとしている。どんだけ恐れられているんだ。


 思い出したのはそれだけではない。昼間に苛めた伯爵令息の中に、後にヒロインの味方となり私を断頭台に送る決定的な働きをする男、カイン・マクスウェルもいたのだ。ゲーム内では「子供の頃、嫌な目に遭わされた。他の男は騙せても、俺だけは、見た目になど騙されない」という台詞一つの出来事だが、今日の(犬をけしかけたら、泣きながらおもらししていた)この事であったのかと納得がいった。我ながら、今日の行いは酷い。酷すぎる。謝罪したところで、カインの幼心に刻みつけられた苦痛(トラウマ)までも消し去るのは難しいであろう。

 残念ながら、既に私は自らの手でラスボスを作り出してしまったのだ。

 冷や汗の止まらない私を心配して、お母様が駆け寄ってくる。厨房からは料理長が出てきて膝をついて泣きながら謝っている。そんな周囲の大人の顔を見て実感した。


 どうしよう。私ったら、なんて酷い糞ガキなんだ!


 三十年間平民(日本)女子として生きた『わたし』の心は、クラウディアとして育ったわがまま放題の七年を凌駕した。


「お母様。私、昼間のお客様方に謝罪しなければなりません」


 あ、お母様が変なお顔をなさっている。


「料理長も、仕えて下さっている皆にも。私は酷いことばかりしてきました。許してください」


 冷や汗をだらだらかきながら謝罪の言葉を口にし、椅子から飛び降りて料理長にかけよって膝を折る私に、侍女も給仕係も呆気にとられて身動ぎできずにいる。


「ぉ……ぉ……。クラウディア、あなた……。医者を! 誰か、早くこの子をベッドに! 安心して、クラウディア」

「あの、お母様。私病気では……」

「可哀想なクラウディア! すぐにお父様も来てくださいますよ。誰か、城に使いを!」


 今夜、お父様は王城での晩餐会に出席なされている。高位貴族のみを招いてのその席で、王様直々に、第一王子の婚約者として白羽の矢が立った娘……クラウディア()の名が告げられているはずだ。


 私が断頭台送りを免れるのは、魔性の美女クラウディア・ギョーが全ての攻略対象を虜にし、ヒロインがふられまくる超バッドエンドのみ。一人でも取り漏らすと、その者が婚約者である王子に告げ口して「可愛さ余って憎さ百倍!」とばかりに断頭台一直線なのだ。


 そして、攻略対象者の幾人かは、今日散々に痛めつけた少年達の中にいる。クラウディアは、それを美貌に物を言わせて何とかしてしまうのだが、しかし……。ただのクラウディアならできたかもしれないが、私は『わたし』を思い出してしまった。三十年間、異性に敬遠され、その先にも異性と触れ合う可能性など見えない生粋の喪女の卑屈な思いが宿ったクラウディア()には、全員どころか一人でさえ男を誘惑するなどできはしない。


 今日、カインという敵を作った。

 今日、攻略対象者たちの不評を買った。

 今日、王子と婚約した。


 つまり……つまり……今日、詰んだ!


「お母様、私、修道院へ行きます。今すぐ」

「クラウディアーーーーーーー!!!」


 ああ、こうなってはもう、先んじて修道院に入り恋愛の舞台(ゲーム)を降りるしかないと考えていると、またドッと頭の中に『わたし』の記憶がなだれ込んできた。情報量の多さに瞬間的に頭がショートした私が意識を手放す直前に見た光景は、涙ぐむお母様の顔と、その後ろで鱈のムニエルに舌鼓を打つお兄様の姿であった。因みにこの、私に無関心な兄もまた、ヒロインの攻略対象者であり、終いには断頭台に上がる妹を冷淡な目で見送るのである。


 やっぱり詰んでる。





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