日向と揺らぎ
ギャルって奴が苦手である。
なんというか、派手に着飾ったり、無闇やたらと小物をデコったり。
別に女の子は古風で清楚な大和撫子でなきゃ!とまで狭量な意見を述べる気はないが、彼女らのどうにも即物的というか、刹那的で露骨なアピールを見ていると、うんざりしてしまう所がある。
そんな僕が騒がしい彼女に出会うなんて、皮肉なものだ。
彼女――陽上ひなたは、名は体を表す、と言った感じの明るくて元気な陽キャだった。
一見して、ああ、彼女みたいな人種には一生縁がないし、関わり合いにもなりたくないな、と思っていたのだが。
まことに人生というのはままならない。
◆◆◆
僕の名前は淀川ゆらぎ。高校2年生だ。
彼女、陽上ひなたは、クラスメイトに当たる。
「やっほー、ヨドっち」
「その呼び方やめてくれない?」
僕は彼女のいつもの挨拶に辟易する。
苗字の部分を取ってヨドっちと呼ばれているのだろうけれど、僕の兄が淀川よどみという名なので、微妙に区別がつかない。
「えー、別に良いじゃん。下の名前だと女の子みたいになるよ? ユラっち」
「まず普通に呼んで、と言ってるの。あだ名やめて」
僕が苦言を呈すると、彼女は意外な呼び方に切り替える。
「あだ名駄目~? じゃ、普通に呼ぶね。ゆらぎ」
「……」
呼び捨てか。
流石陽キャ。
踏み込んでくるなあ。
「あのね、陽上さん」
「ひなたって呼んでよ」
観念して、しかし、せめて最低限の距離感を持ちたいので素直には呼ばない。
「……ひなたさん、悪いけど僕、君みたいな明るすぎる子、苦手なんだ」
「なんで? 暗い子のほうが好きってこと?」
そうじゃないんだけど。
「いや……明るい子は別に嫌いじゃないんだけどさ、すぎる、って言うか」
彼女は不思議そうな顔をする。
理解できないんだろうなあ、陰キャの気持ちは。
「まぁ、ともかく、あんまりそういうハイテンションで話し掛けないで欲しいんだ……疲れるから」
「ふーん」
僕はそう言ってスタスタと彼女から離れていく。
因みに大学生の兄、よどみは僕と違ってこういうギャル系の子が好きらしい……そんな兄は最近、静原しずみさんという清楚美人と付き合い始めたらしく、ああ、羨ましいなあ、とか思っている。
たまに実家に帰ってくる兄は、彼女との話になると決まって疲れた顔をして、口を重くするが。
なんだよ、あんな美人と付き合っておいて、贅沢者め。
しずみさんの事が気に入らないなら、僕に譲ってほしいくらいだ。
僕がそんな事を考えていると、
「ねえねえ、じゃあアタシ、もうちょっと明るさ抑えめにするからさ、話そうよ。色々」
「……なんでそんな、僕に構うの? ひなたさん、彼氏とかいるでしょ」
勝手な決めつけだが、彼女は常時色んな男子・女子に囲まれていて、きっとそのうちの何人かとはヤることヤってるんだろうな、と彼女の派手そうな生活から彼女をビッチ認定している僕である。
「へ? いないよ?」
だから、彼女のその言葉には意外だな、という思いと共に、いや何を信じてるんだ、虚言だろ、という思いが去来した。
でも、わざわざそんな嘘を吐いて何になるのか、という気持ちもある。
「そうなんだ」
僕は特にその言葉に何の期待も込めずに返す。
彼女の『餌』になるのは僕は勘弁願いたいし、彼女みたいなタイプと付き合うのは、ごめんだからだ。
「ゆらぎに構うのは、ゆらぎの事が好きだからだよ」
サラリと彼女は言う。
「……僕とひなたさん、どっかで接点あったの? 悪いけど全然、記憶にない……」
僕は彼女の姿を見て、記憶を掘り起こす。
派手に染めた茶色の髪。
一時期流行ってた酷いガングロとかではなく、今時のギャル風にナチュラルメイク。
緩い曲線を描くタレ目には、よく見ると二重瞼を描いている。
眉毛も大分『嘘』をついているみたいだし、ああ、こういう所が苦手なんだよな、と彼女の顔を見て思う。
それから、彼女の身体を見つめる。
胸のサイズは普通くらい。多分、Bカップかそれ以下。
ファッションはきらびやかで、指先はデコデコで、あっちこっちに『付属物』がくっついてる感じ。
そして――気付く。
ん?
足。
彼女の艶めかしい生足、膝のすぐ下くらい。
今時ルーズソックスも流行らないのか、彼女はごく普通の紺色ハイソを履いているが、その少し上に、特徴的なホクロがあった。
2つ、並んでる……。
僕は、記憶を呼び起こす。
なんか、見た事ある。
これ。
なんだっけ。
「やぁだ、何ジロジロ脚見てんの? えっち」
彼女が恥ずかしそうに言うので、あぁ、ごめんね、と言って僕は顔を逸らす。
別にいやらしい気持ちで見てたわけじゃないから恥ずかしくはない。
「……ゆらぎ、やっぱ覚えてないんだ? アタシの事」
「えと……ごめん」
たった今、彼女の足のホクロに何か引っかかりを覚えつつも、ハッキリとは思い出せないでいる。
「そうなんだ。じゃあ、これ言ったら思い出す?」
彼女は、決め台詞を言うように、僕に指をビッと指して、言った。
「『僕は、頑張る事を無駄だとは思わないよ!』」
その言葉でハッと思い出す。
中学2年生の時の、陸上部。
ハードルを頑張っていた、陸上部女子。
名前も知らない彼女が、ハードルを全然飛べなくて、泣いていたのを僕は見ていた。
ショートカットで、黒髪で、頑張り屋さんの女の子。
そして、僕が――励ました女の子。
「え……あ、あの子が、ひなたさん?」
「そうだよー」
彼女は言った。
ぜ、全然気づかなかった。
彼女が放課後、一人っきりで練習して、倒れてて、派手にコケて膝を怪我してたのを見て、僕は介抱してあげたのを覚えてる。
でも、名前までは別に聞かなかったし、彼女との会話はほんの少しだけだ。
「言ったじゃない? アタシ、才能ないんじゃないかな、って」
「ああ、うん……言ってたね、あの子」
同一人物だと思えなくてそんな言い方をしてしまう。
僕はあの子の事を思い出していく。
『大丈夫? なんで一人でいつまでも残って練習してるの?』
『アタシ……あんな簡単なハードルも越えられなくて、全然ダメなんです……だから、ずうっと放課後も残って練習してるんですけど……才能ないんじゃないかな……練習しても、頑張っても、無駄なんじゃないかな……』
保健室で彼女が泣きそうになっているのを見ていられず、僕は言った。
『僕は、頑張る事を無駄だとは思わないよ!』
……思い出した。
「それ以来だよ。名前も知らなかったけど、特徴聞いて、名前とか行く高校調べて、同じ高校行こう、ってこっそり頑張って。んで、同じクラスになれた時は、絶対付き合いたい! って思って」
「……そうだったんだ」
それで、僕に会った時から、ずうっとこんな強引なアプローチを仕掛けてきていたのか。
「でも、ゆらぎアタシのこと全然気付いてくれないから、言い出すのもなんだかなー、って」
「ごめん……あの頃の君と全然違うから……名前も訊かなかったし」
僕は申し訳なくなりぺこりと頭を下げる。
「あ、ううん、良いの。自覚はあるの」
このファッションもね、ゆらぎにアピールしたくてやってるんだけど、嫌いだった?と彼女は恥ずかしそうに言う。
まぁ……身も蓋もない事を言ってしまえば、嫌いだった。
男に媚びるみたいに見えて。
でも流石にハッキリ言うのは憚られて、僕は何気なく言う。
「んと……僕は、中学生の時のひなたさんの、ひたむきな姿の方が……好き、かな」
それを聞いた途端、彼女は真っ赤になった。
「へっ、え、えっ……」
新鮮な反応だった。
「そ、そうなんだ……じゃあ、その……明日から、戻すね……」
驚きの発言だ。
今のギャルっぽいキャラも全部いきなり捨てる気なのか。
「あ、いやそんな、好きでやってるなら良いんだけど」
僕は慌てて言い募るが、彼女は聞かない。
「ううん、正直に言ってよ。だって、こんな格好あんまり好きじゃないんでしょ? だからアタシがいくら声かけても冷たかったんでしょ?」
僕はグッと言葉に詰まる。
「う、うん、まぁ……好みじゃ、ないかな……」
すると彼女は、うつむいて言う。
「……もっと、早く気付けばよかった」
シュンとした彼女は、思いのほか純情な反応で。
ああ、この子、本当にあの、頑張り屋さんの陸上部女子だったんだ、と思わせてくれた。
「ま、まぁ、いきなり髪の毛黒くして切ったりしてもアレだから、そこは徐々に、で良いと思うよ、イメチェンは」
「でもゆらぎが好きなスタイルにしたいの!」
僕が引くと、グイグイ来る。
こういう所は、彼女の天然の性格なのだろう。ギャルとかじゃなく、陽キャとしての天性の資質。
「う……そ、そっか」
そう来られると僕も何も言えない。
なので、
「じゃ、じゃあ、まあ……無理しない程度に、ね」
と弱々しく言う。
「大丈夫!」
彼女は力強く言った。
そして、付け加えるように。
「髪の毛切って、黒く染め直して、中学生の頃のアタシに戻る! そうしたら、付き合ってね!」
「え……ちょ、ちょっ」
僕が何か言う前に彼女はダッシュして帰ってしまった。
流石、元陸上部……。
僕はポカーンと、ひなたさんの背中を見送る事しかできなかった。
◆◆◆
翌日の事だった。
「やっほー、ゆらぎ」
「マジで黒髪ショートに戻ってる!?」
いや、ガチで行動力ありすぎでしょ!
服もスカートの短さはともかく、デコ類全部なくなって、地味系になってるし!
何だかんだ、そんな、今までのキャラをバッサリ捨てて、そんないかにも
『アタシ陸上部女子! ポカリとかの爽やか清涼飲料水のCMが似合う感じ!』
みたいなスタイルにクラスチェンジすると思わないじゃないか。
「ゆらぎがこのほうが好きだって言うから」
「言ったけど! クラスの皆の反応、どんなだったの!?」
僕は恐る恐る尋ねる。
「失恋でもしたのかって訊かれた」
「そりゃそうだろうねえ!」
すると彼女はあっけらかんと言う。
「失恋なんかしてないよ、むしろこれから始まるんだよ、って笑って返しといたけど。あはは」
「う……」
その対象は、僕だ。
「で、答えは? 付き合ってくれる?」
女の子にここまでのクラスチェンジをさせておいて、NOと言える男がいるだろうか。
「……はい。喜んで……」
「やったっ!」
彼女は弾むような笑顔を浮かべ、僕の手を握って言った。
「えへへ、じゃあこれからはゆらぎの事、ダーリンって呼んでいい?」
「流石に勘弁して!?」
距離感を縮めすぎだ。
こ、この後僕ら、クラスでどれだけ冷やかされるか……。
それを思うと暗澹たる気持ちになる。
「周りの事なんて気にしないでよ。アタシは、ありのままの姿でいたい」
僕にアピールするための仮の姿は、ただの暴走で。
本当は、ずっとこんな、衒いのない彼女自身で僕に向き合いたかった。
そういう、事らしい。
「……ひなたさんって、やっぱ、苦手だよ、そういうトコ」
僕は自分の弱さを隠したり、付け込まれないようにするため、ありのままの自分なんて見せられない。
暗くて、ネガティブで、誰が見ても分かる陰キャで。
兄さんは自分がそういう属性だって思ってるみたいだけど、全然そんな事ない。堂々と女の子と話せるし、出会い系サイトで女の子摑まえてしっぽり、なんて行動力がまず陰キャじゃないよ。
そして、ひなたさんも、同種の人間だと思ってた。
汚れているとか、いないとか、そういうのとは別次元で。
明るいんだ。根が。
「ひなたさんじゃなくって、もう、ひなた、って呼んでよ。ハニーって呼んでとまでは言わないから」
「……うん、分かったよ、ひなた」
そして、更に彼女は言う。
「ゆらぎはアタシの事、っていうか、アタシの根明なトコが苦手かも知んないけど、別に嫌いじゃないんでしょ?」
僕は不承不承、答える。
「……まぁ、そうだね」
すると、
「だったら、アタシはゆらぎが辛くないように、明るさ控えめの女の子として、ゆらぎを少しずつ照らしてあげる。そしたら、ゆらぎだって、根は暗くても少しずつアタシと一緒に、明るくなって行けるかも知れないし」
と言った。
「……それって、ありのままじゃないよね」
ひねくれた事を言ってしまう。
ああ、こういう所が陰キャなんだよなあ。
「そうだよ。でもね、ゆらぎのためなら、少しくらい曲げられるよ。ギャルになったのも、まあ、思い込みの暴走だけど、ゆらぎのためなんだからね」
「う……」
そんな健気な事言われたら、僕だって揺らいでしまう。名前の通り。
最後に止め、とばかりに彼女は言った。
「それに、ゆらぎが言ってくれたんじゃない。『僕は、頑張る事を無駄だとは思わないよ!』……ってね」
そう、それは僕が彼女に言った台詞だ。
……ははは、人の振り見て我が振り直せ、とはまさにこの事だな。
僕は、陰キャから脱する努力もせず、頑張る事を無駄だと思ってた。
その僕が彼女に無責任に放った言葉が、まさか自分に返ってくるなんて、ね。
「えへへ。だからさ、ゆらぎも頑張ろ? アタシと一緒に、無理せずゆっくり、少しずつ明るくなってこ。二人三脚みたいに」
「……そうだね」
陸上部女子らしい喩えで、彼女は言った。
僕は、彼女のその言葉に、何年ぶりかな、心の底から笑顔になった、そんな気がした。
(終わり)
ども0024っす。
またやっちまった、これノクタに投稿する予定のエロ小説だったんですけど。
ギャルの彼女が、純情乙女で、その彼女を汚したい、みたいな筋書きの、導入です。
前置きが長すぎて、これで完結しちゃいました。
せ、青春すぎる……。
こんな綺麗な話を前置きにしてエロ展開に進むのはあまりにもあまりに僕の良心が咎めたので、(とりあえずここまでは)こちらに通常のジュブナイルとして投稿します。
気が向いたら、彼女とのエッチの展開もノクタ側に投稿します。綺麗に終わりすぎてあんまり書く気が起きないけど。
あ、因みに兄である『淀川よどみ』と、その彼女『静原しずみ』の話は、ノクターン側でドスケベエロ小説として投稿してます。
↓18禁注意!
『出会い系で会った女の子が清楚系巨乳美人だったけどスケベ過ぎてヤバい』
https://novel18.syosetu.com/n3391gn/
こっちは童貞だけど陰キャって程でもない男と、露骨に陰キャで清楚美人がヤるだけの話っす。
ヒロインを陰キャと陽キャで対にして話を構成したかったので、主人公は兄弟関係になったという裏話があります。
……汚い大学生の兄に較べて、高校生の弟の青春、眩しすぎるな……。
ではでは。