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"記録"の無い少女

 夢を見ていた。

 それは遠い過去の"記録(メモリア)"。

 それは思い出そうとしても思い出すことのできない"記録"の欠片。

 力を熾す。

 自分の"記録"を糧にして。

 今までの自分の"記録"を糧にして。

 自分の"最強"と呼ばれる力の糧として。

 この世界で"最強"とも言われる力を振るっていた。

 身体中のありとあらゆる器官を使って、力を振るう。

 その度に体の中からは"記録"がこぼれ落ちていく。

 今まで積み重ねてきた"記録"が。

 今まで積み重ねてきた"思い出"が。

 ゆっくりと……。

 ゆっくりと、こぼれ落ちていく。

 そして、世界の全ての悪を打ち滅ぼした。

 その代償とばかりに、これまでのほぼ全ての"記録"を失っていた。

 ゼロに近い僅かな"記録"だけを残して。

 目を覚ましたのはカターニャという街の女主人の経営する何でも屋のベッドの上で。

 目を覚ました時には何もかも失っていて。

 自分の本当の名前すらも……忘れ去っていた……。



「ご主人、ご主人。朝っすよーー!」



 耳元からクソやかましい金切り声が聞こえてくる。正直うざったい。



「ご主人ーーーーーーっ!!」


「やかましいわっ!!」



 レスは手元にあった目覚まし時計を声の主に投げつける。と、ともに目覚まし時計は堰を切ったように部屋中に鳴り響く。



「ご主人……痛いっす……」



 手のひら大の羽を生やした少女は顔をさすりながら涙目で抗議する。彼女の名前はシルフィー。風の妖精にしてレスの使い魔だ。

 レスが記憶を失って倒れていた時に助けを呼んできてくれたのはこのシルフィーなんだとか。

 レスには当たり前の話だが、全く記憶になかったが。



「もう朝ご飯の時間っすよ!ご主人!!」


「んあ……なんだ……もうそんな時間か……」


「朝起きるたびに目覚まし時計投げつけられる身にもなって欲しいっすよ……」



 部屋の中にジリジリと鳴り響く目覚まし時計のスイッチを切りながら、シルフィーはぼやく。

 途端に部屋には静寂が訪れる。



「それじゃ、今日もリタさんの美味しい美味しい朝食を食べに行きますか……」



 レスはボサボサの黒い髪をそのままに着ていた服を外出用のそれに着替えて部屋を出て一階のリビングへ。

 するとそこには年の頃はまだ20代前半の茶髪の長い髪をしたかわいらいしい女性が絶やさぬ笑顔でレスを見つめていた。



「相変わらずお寝坊さんね、レス君は」


「寝起き悪いんすよ……自分」


「ご主人の寝起きの悪さは筋金入りっすからねー……」



 頭を掻きながら応えるレスにシルフィーはちゃちゃを入れてくる。

 本当に生意気だなこの精霊は……。

 一度地獄の業火で燃やし尽くしてやろうか、比喩抜きで。

 レスはそう思いながら、シルフィーの口を横に引っ張って無理やり黙らせる。



「いひゃい、いひゃいっすよ、ごひゅじんーーーっ!」


「可哀そうだから、止めてあげれば?」



 テーブルの向かいの席に先に座っている全身黒ずくめの少女、(より)が半目でレスにそう告げる。

 一週間前にレスと同様にこの家の主人、リタに拾われた少女。

 自分と同じ境遇の少女。

 唯一レスと違うのは、依の"記録"がゼロなこと。


 この世界の生物には"記録"というパラメータが設定されている。

 "記録"がゼロになった者は人々から"存在"を忘れ去られ、死に至るとされている。

 なぜ『されている』というのかといえば、"記録"がゼロになった瞬間にその観測対象の記憶が全て失われてしまうからだ。

 レスは依のステータスをまじまじと観測する。

 依のステータスウィンドゥにはしっかりとこう表示されていた。


 ―――――――――――――――――――

 如月(きさらぎ) (より)

 退魔師 Lv72

 "記録" 0

 ―――――――――――――――――――


 と。


 "記録"は健康な普通の人間ならば、減ることも無いし逆に増えていくはずだ。

 しかしこの少女と暮らし始めて一週間、毎朝の様に彼女のステータスを観測するが、依の"記録"はゼロのまま。

 依の話によると彼女はこの世界とは違う世界からやって来たからなんじゃないのと言う。

 確かにこの世界の(ことわり)に縛られない異世界の生まれならば、そう言うことも有るのかもしれない。

 そもそも、コイツのステータスに存在している『退魔師』なんていうジョブもこの世界には存在しないのだから。


 レスはふうと一息ため息をつくと両手で引っ張っていたシルフィーを解放する。

 するとシルフィーは涙目でこともあろうか主人ではなく依の背後に飛んでいった。

 その光景を見つめながらレスは依の前の席にゆっくりと腰を下ろす。



「おまえはもうこの世界になれたのか?」


「まぁ、だいたい慣れたかな。リタさんの食事、美味しいし」



 そういう意味で聞いたわけではないんだけどな、と思いながら自分の席の皿に手を伸ばす。

 そして目玉焼きのサンドウィッチを口にする。

 うん。今日のリタさんの朝食は美味しい。

 このパンと共に挟んであるチーズと特製ソースが絶品だ。



「あなたは今日も、"記録"を稼ぎに行くの?」



 リタさんの食事に舌鼓を打っているとそんな事を問い返された。

 "記録"を稼ぐ。

 普通に生きていれば。健康な体ならば、"記録"は自然と上昇する。

 しかし、レスにはそれでは足りなかった。

 レスは自分のステータスウィンドゥを観測する。

 

 ―――――――――――――――――――

 レス

 勇者  Lv765

 "記録" 100

 ―――――――――――――――――――



「"記録"が100しかねーからな……」



 "記録"の数値が100。

 それはつまりちょっとした怪我や病気をすれば簡単にゼロまで吹っ飛ぶ数値を意味している。

 なぜそこまで"記録"を消耗しているのか。

 その理由はシルフィーの話によると、なんでもこの小さな街の近くにいた魔王とやらと戦った結果らしい。

 らしいというのは、レス自身にはもうその記憶を呼び起こせる"記録"が存在しないからだ。

 自分が何故、その魔王と戦ったのか、その理由すらも思い出せない。

 しかし勇者というジョブなのだから、魔王と戦ったのだろう。

 そう思う事にしておくことにした。



「まぁいいけど。私も手伝おうか?」


「……好きにすれば良いさ」



 レスは自分の食事をあっという間にたいらげると出かける準備を始める。



「ちょっと待ってよ、レス。今日の依頼書、リタさんから貰わないと」



 依は慌てて食べていたサンドウィッチを飲み込み自分も出掛ける準備を始める。



「はいはい。それじゃ、今日の依頼は……リーシャちゃんの家からの依頼ね」


「わかりました。それじゃ行ってきます」



 レスはリタから依頼書を受け取り一通り目を通すと、シルフィーを肩に乗せ日の昇りきった街へと出かけて行った。

 その後を追うように依も真っ赤なスカーフを結びレスの後を追いかけて家を飛び出した。

気軽にご感想評価を頂けると嬉しいです。

評価は★1でも構いませんっ。

よろしくお願い致しますm(__)m

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