6 もう一人の転生者、蠣崎天才丸
「余――オレは“転生者 蠣崎天才丸、前世では21世紀の日本に暮らす知恩院海翔という名前の男であった者だ」
まさかの正解。天才丸も俺と同じ転生者であることが判明した。
でも同じ世界、同じ時代、同じ地域に“転生者が2人”ってどうなんだ?
そして天才丸――いや、知恩院海翔はどういう経緯で転生に至ったのか。
「あの……ちょっとお伺いしてもよいですか……?」
「敬語はいい。おそらくお前とは精神的にはほぼ同年齢だ。あとオレのことは呼び捨てで構わない」
「そ、そうか。じゃあ単刀直入に訊くけど、あんたはいつ転生の事実に気がついたんだ?」
「生まれてすぐ、だ」
奇遇だな、俺と同じか。だとすれば同様に考えて次の質問が容易に思いつく。
「じゃあ、もう1つ訊くけど、もしかしてあんたも“誰かによって”転生させられたのか?」
「……まあ、そんなところだ」
つまるところ、天才丸も転生後にあの2人の女神による説明と能力伝授を受けたということか。
いやはや、まさかこんな所で現代から生まれ変わった同志に会うとは全く予想もしていなかった。おかげで、同じ目線で語り合える相手が現れてくれて助かった。何せ戦国の世において、孤独を覚えずに済むからな。
そう言えば、天才丸って前世はどんな人間だったんだ?
そもそも彼の前世の苗字である「知恩院」はかなり珍しいのではないだろうか? そのへんの由来なども含めて、彼のことを知っておいたほうが良いだろう。
「あのさ、あんたって前世はどういう暮らしを送っていたんだ?」
すると、天才丸の体がピクッと動いた――ように見えた。まるで、この何気ない質問に何らかの因縁でもあるかのようだった。
「――知りたいか?」
「まあね。同じ21世紀人でも、立場や境遇が全く違うってこともあるだろうしさ」
天才丸は、少し喋るのをためらう風にため息をつく。
が、下手に隠し立てすることも無いだろうと思ったのか、少しずつではあるが重い口を開き始める。そしてその口から、想定外の単語ワードが飛び出したのだ。
「……オレは、“退魔師”の家の出身だった」
“退魔師”? いやいや、この世界がファンタジー世界と融合したのは知っていたけど、まさか天才丸――知恩院海翔という人間は前世でもファンタジーの人間だったのか?
いや、21世紀の日本が退魔師が活躍するようなファンタジーな世界でないことは俺が一番よく知っている。
「オレは、将来を有望視される“退魔師”として、家族や親戚一同から大いに期待されていた」
冗談はよせ、最初に浮かんだ感想だ。
俺は家族はともかく、親戚には存在すら認めて貰えない悲しい人間だったのに。社会では暴行を加えられるだけのサンドバッグにされ、辛酸を散々舐めさせられる人生。
魔法は無いし、奇跡も無い。良いことなんか1つもなかった。だから、俺より恵まれている海翔に俺の気持ちはわからない。
「だがオレはある時、退魔師の仕事で致命的なミスを犯してしまった。目が覚めるとオレはこの世界に蠣崎季広の三男として転生していた。最初はなぜ自分が赤ん坊なのかわけがわからなかったが、女神たちと出会い話をすることで、オレは初めて自分が死んだという事実を知った」
ところが、天才丸の表情は至って真剣。まっすぐ俺の顔を見つめ、決して視線を逸らさない。だから、とても嘘偽りの類を語っているようには見えない。ましてや俺を見下している素振りも何一つ見せない。
しかし、どうしても退魔師の存在は信じがたい。本当に退魔師がいるのなら、前世で俺が知らないのはおかしい話だからだ。
もしかしたら、21世紀の日本といいながら、魔法の類が存在する並行世界の日本なのかもしれない。俺はあらゆる可能性を考え、天才丸に質問をぶつけた。
「海翔。前世では、退魔師ってどのような存在だったんだ?」
「……なぜそれを聞く?」
「いや……俺は残念ながら退魔師という存在が日本にあったことを今ここで初めて知ったんだ。だから、どういう仕事をしているのか気になってな」
「なるほど。お前は妖怪や幽霊の類とは無縁の人間だったのだな。ならば知らなくても仕方がない。もともと退魔師はごく限られた人間にしか存在を知られていない人々なのだからな」
「ごく限られた人間?」
「そうだ。例を挙げれば、閣僚、高級官僚、公安警察、自衛隊、各国の特殊部隊に諜報機関……オレの仕事相手はそんな連中ばかりであった。おかげで家はかなり裕福であった。もちろん、公式には妖怪や魔法など実在しないことになっていたから、一般人にはオレたちは都市伝説として語られるだけの怪しい存在でしかなかった」
天才丸の話を聞くかぎり、彼がパラレルワールドの人間かどうかは判断できなかった。俺の知らない世界というのは確かに存在する。俺の周りに魔法を使える人間がいなかったからといって、安易に判断するのは危険だ。
それに、もし仮に本当に“退魔師”なる超能力者の家系出身ならば、天才丸は魔力に関する能力が高いのではないかと俺は予想した。
「……なあ天才丸、一旦、そこを動かないでくれるか?」
「構わないが」
「ありがとう」
周りに人がいないことを確認し、俺は天才丸のステータスを表示させた。
この世界の海翔はあくまで主君の子息・“天才丸”。フランクに会話している場面を他の家臣に見つかれば、「身分を弁えろ」と大目玉を食らいかねない。それにステータス表示なる能力を使えば、余計に不審がられるかもしれないからだ。
よし、廊下にも隣の部屋にも人はいないな。やろう。
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名前 蠣崎天才丸
HP 3660/3660
MP 1852/1852
攻撃 241
防御 198
魔攻 590
魔防 513
敏捷性 147
名声 7184
状態異常 なし
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仮説通りだ。この人は魔法に秀でている。天才丸の話は嘘八百ではなかったようだ。しかも俺より能力が高いと言うことは、早い段階から相当キツい鍛錬を積んできたのだろう。
ただ防御の値が低く打たれ弱い面もあるから、そこは俺が前衛となってフォローしとかないとな。
俺が天才丸のステータスに目を凝らしていると、向こうも俺と同じく俺の能力値を開示していた。
「ステータス表示か。お前も同じものを授けられたみたいだな」
「同じものを与えられたってことは、あんたもミネルヴァやフレイアに会ったってことか?」
俺はふと深い考え無しに尋ねてみた。与えられた武器が一緒ならば、夢の中で出会った人物も同一なのだろう。俺はそう軽く考えていた。
だが実際には、より多くの神がこの世界融合という異変解消に動いていたことを俺は知ることになる。
「いや、オレが出会ったのは“アフロディーテ”と“九天玄女”であったな」
「!?」
耳を疑った。ミネルヴァやフレイアの他に、転生者を送り込んだ神がいたことに。
しかも天才丸を異世界に転生させた神、両方ともミネルヴァやフレイアとは別の神話に登場する人物だ。
まず“アフロディーテ”。ギリシャ神話における愛と美の女神だ。
そして“九天玄女”。日本では如何せんマイナーな方だが、中国神話における軍神で女仙だ。
「それマジの話か?」
「ああ、本当だ」
どうやら“世界樹”の異常は、俺の予想より深刻なようだ。何せ、他の神々がもう1人転生者を用意するくらいなのだから。これは早いところ、世界征服を達成する必要がありそうだな。
問題は、天才丸に俺と同じ意志があるかどうかだ。
「なあ、あんたも女神たちのいう世界征服に賛同しているのか?」
俺が尋ねると、天才丸は志のこもった声ではっきりと答えた。
「無論だ。前世のオレは本懐を成し遂げられぬまま命を落とした。ならばこの世界では、誰も成し遂げられないような『偉業』を成し遂げたいと思う」
どうやら考えていることは一緒のようだ。「誰も成し遂げられない『偉業』」、俺の秘かな目標でもある。
そして天才丸は俺の将来の主君になるかもしれない人物。転生者として世界の危機を知り、特殊な能力を持つ俺と彼が手を組めば、世界征服だって成し遂げられるかもしれない。
「じゃ、始めようか。俺たちの“世界征服”を」
「ああ。果てしない道のりが待っているけどな」
「大丈夫さ。俺たちには“未来の知識”がある。そして女神たちから授かった能力がある。これで十分だろ」
俺たちは互いに向かい合い、小さな、そしてどこか誇らしげな笑みを浮かべる。共通の目的地があるというのは、なんとも気持ちいいものだ。
「珍妙丸。この世界では、オレとお前はあくまで『主従関係』だ。だがオレはお前とそれ以上に親しい関係を築こうと思っている。何かそれに相応しい儀式はないものだろうか?」
「んじゃ、三国志演義の劉備、関羽、張飛のように桃園の誓いでもやるか?」
「フッ、義兄弟の誓いか。それも良かろう」
俺が桃園の誓いを選んだのは、カッコいいと思ったからというのもあるが、義兄弟となることで、子孫の代でもより強く連携できるようにしたかったからだ。それに、義兄弟の誓いを結べば前世では叶わなかった「武親」の「親」、“親睦を結ぶ”ことを達成することにも繋がるからだ。
俺たちは、お互い腰に差している刀を抜き、上に高く掲げてクロスさせた。
「我ら、生まれた日、時は違えども!」
「同年、同月、同日に死せんことを誓わん!」
太陽が刃を交わす俺たちを煌々と照らしたこの瞬間、俺と天才丸との間に本当の兄弟以上の密接な関係が結ばれた。
「では行こうか珍妙丸。オレ――余たちの『覇道』を!」
「御意!」
かくして、転生者どうしの主従による「世界征服」への道が切り開かれたのであった。