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不破一族の多世界征服記  作者: 伊達胆振守(旧:呉王夫差)
第4章 異世界「ミズガルズ」への使節団
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65 政略結婚と各人の思惑

 武親たちがディンケラ山賊団と遭遇する数日前。

 蝦夷地の使節団が、クラフツマン工房を出発した数日後の夜のこと。


「お呼びでしょうか、父上」


「イングリッド……ゴホッゴホッ、よく来てくれた」


 ここはクヌーテボリ宮殿内にある、国王ヨアキム1世の私室。

 そこに、咳に苦しめられながら天蓋付きの大きなベッドに横たわるヨアキムと、そんな様子の父を心配そうに見つめるイングリッドの姿があった。


「……最近は病状の悪化が顕著のようですね。私とお話するよりも、ごゆっくり休まれてはいかがですか?」


 普段は一人称が「妾」で古めかしい口調のイングリッドも、父・ヨアキムの前では普通の敬語調となる。

 一方のヨアキムは、持病の悪化から言葉を口に出すのも辛い状態であった。そもそも蝦夷地の使節団との謁見や宴も、戦勝国の国王としての威信と威厳をかけて無理を押して臨んでいたものであり、宴の終了直後から日常の公務もままならない有様であった。


 ヨアキム1世に男子はいない。そのため、ここ数年は長女のイングリッドが王太女として国王代理という立場で公務に望んでいた。


「な……何、それほど時間は掛からん。話したいのはお前の結婚相手について、だ……」


「結婚相手、ですか」


 しかしヨアキムは自分の体よりも王国と娘の将来に関心を寄せていた。

 イングリッドは今年で19歳、立派な妙齢の女性であり、結婚の話がいつ出てもおかくない立場。そして王族の常識として、これは政略結婚の相手の話であることは想像に難くない。


「うむ。して、その相手なんだが……」


「一体、どちらの方を……」


 ヨアキムの口から伝えられる、その結婚相手とは……


「蝦夷地の領主、蠣崎季広の長男・舜広(としひろ)だ」


「……え、蝦夷地の方ですか?」


 ついこの間まで矛を交えたばかりの異世界の領主、蠣崎家の次期当主の名前があがり、普段は飄々としているイングリッドも目を丸くして驚いた。

 しかし舜広とは直接戦場で戦ったわけではなく、イングリッドは脳内で舜広についての記憶を辿っていくのに必死であった。その中で、和睦の場で季広の三男・慶広の前に彼が居たことをようやく思い出す。


「相手も数えで23と適齢。少なくとも年齢面での不釣合いは無い」


「年齢が問題ではありません。知りたいのはその理由です」


 国内の貴族やミズガルズの王侯貴族ではなく、なぜ遠くの異国の地の人間と結婚するのか。

 国内には王族に取り入って権力拡大を狙う貴族もいる中、反対に回る者が出てきそうなものである。ましてや相手は王国と比べて遥かに国力の低い一族の次期当主。だから、彼女としては父の意図について訊きたかったのだ。


「――かの宴において、世界が融合したという話が気になっての……ゴホッゴホッ。……あの後、大臣やアストリッドをはじめとするパトロヌス教の聖職者にも聞いてみた」


「ええ。確か世界樹(ユグドラシル)の異常が原因とのことでしたね。そして調査の結果、世界樹を“治す”ためにも世界樹(ユグドラシル)と繋がる全ての世界を征服し、世界の秩序を確立してそれを保つ必要があると」


「だ……だが、世界樹(ユグドラシル)の異常が治れば、本来異世界の土地である蝦夷地などはこの世界から消滅するやもしれぬ」


「……和睦の内容に併合のことを記さなかったのは、結果的に幸いなことだったかもしれませんね」


「そう……願いたい。せっかく征服した土地が我が国の最終目標である『世界征服』を達成することによって……ゴホッゴホッ……失われることがあれば、「領土は拡大するものだ」と信じて疑わぬ民の動揺は計り知れんからのう……ゴホッゴホッ……」


「……」 


 世界平和のための世界征服を掲げるミュルクヴィズラント王国。しかし一方で、軍人を中心に戦功を挙げて貴族に昇格し、自らの領地を得るという目的のもとに世界征服を支持している人も大勢いる。

 それに王国は以前から功労者に征服した土地を褒美として下賜することもしており、領土が四倍に拡張したヨアキムの代には大勢の貴族が誕生していた。蝦夷地の人間には伝えなかったが、蠣崎家との和睦内容を決める会議でも、船内でほかの軍人たちと何回も揉めたことは2人の記憶にも新しかった。


 そんな事情から、ヨアキムには世界征服達成後に領土を失うことがあれば、国内は大いに動揺し、王族への不信感から国家が転覆する恐れを抱いていた。

 もちろん、アストリッドが神託を下される以前の話であり、イングリッド自身は懸念など知る由もなかったが、敢えて蝦夷地異世界の地を要求しなかったイングリッドの選択は結果的に正しかったと言えた。


「だが、全く影響力を置かないのも考え物。よってお前の仕事は……ゴホッゴホッ……蠣崎家に協力しつつ、異界の地の者どもが……我が王国に反旗を翻さぬよう現地で監視することだ……ゴホッ、ゴホッゴホッ……!!」


「父上! お気を確かに!」


 気道を塞がんばかりの席に苦しむ父の背中を、イングリッドは優しくさする。


「ハ、ハハハハ……案ずることは無い。どの道、朕の命はもう長くはない。それよりもお前は、自分が為すべきことに注力してくれい。お、お前には優秀な補佐をつける予定だからな……ゴホッ、ゴホッ……」


「父上、そんな悲しい言葉をおっしゃらないでください……」


「お前こそそんな悲痛な顔をするな。お前はいずれ……世界を統べる女王となる女なのだから、な……。では、よろしく頼む」


「……承知しました」


「うむ、下がって良い」


 ヨアキムの言葉通り、イングリッドは彼の私室を後にした。父の体の具合を憂慮しながら……。



 ■■■■■



「手放しには喜べないお話でしたわね、お姉様」


 イングリッドが廊下に出ると、扉のすぐそばに妹・ヴィクトリアの姿があった。


「……相変わらず趣味が悪いのう、ヴィクトリア。人の会話を盗み聞きするとは、その癖なんとかならんものかのう」


「偶然、通り掛かっただけですわ」


「言い訳も相変わらずじゃ」


 ヴィクトリアの盗み聞きする癖は昔からのこと。幼少の頃から慣れているため、もはやイングリッドとしてはそれほど気にも掛けない。


「と、とにかく、お父様のお体が優れぬうちにお姉様が結婚なされても、お姉様としては十分な祝福を感じられないのではないかと、わたくしは……」


「ヴィクトリア、申したいことはそれでは無かろう。本当のことを話すのじゃ」


 イングリッドが真剣な表情になったのを見て、若干取り乱したヴィクトリアも彼女と真摯に向き合う。


「……率直なお話、お姉様はお父様がお決めになった結婚相手をいかが思っていらっしゃいますの?」


 単刀直入なヴィクトリアの質問にイングリッドは少し悩んでしまった。


「……どのようにと申されてものう……顔もよく覚えおらぬ男に感想など抱けぬ」


「同感ですわね」


 蝦夷地での戦の際、蠣崎一族は鷹姫を除く全員が徳山館に籠っており、まともに王国軍と戦った武将は魔法らしき術を使える慶広ただ一人であった。そのため、姉妹にとって舜広は非常に影の薄い存在であった。

 イングリッドの意見に同調するヴィクトリア。そして彼女は、蝦夷地に対するえげつない計画を自分の姉に提案する。


「わたくしがお父様でしたら、領主の三男・蠣崎慶広を何らかの方法ーーたとえばクーデターなどで領主に仕立て上げ、彼と婚約させたほうが王国にとっては有利だとは思いますわね」


「……我が妹ながら、恐ろしい事を考えるものよのう」


 ヴィクトリアが提案したのは、場合によっては蝦夷地全体を転覆させかねない計画。もちろん、彼女自身も本気で実行しようとはしていないが、イングリッドは妹の冷酷な目つきに戦慄した。


「しかしヴィクトリアよ。何故そちは舜広ではなく慶広を推薦する? 政略結婚であれば、次期当主同士が結婚するのは当然の理じゃろうて」


「それは、慶広には他の蠣崎家の人間にはない思慮深さと鋭い視野があるからですわ」


「ほう、やはりそちも気づいておったか」


「蠣崎慶広、不破武親、リシヌンテ……あの3人は、蝦夷地の住人の中では極めて特異な人物と見ていい方々ですわ。何せ、蝦夷地には魔法の存在自体を知らない者が大多数のはずなのに、あの方々は何故かご存知でいらっしゃいました」


「ああ、それにその3人はアストリッドの神託(オラクル)に対しても妙に冷静じゃったな。他の皆は度肝を抜かれておったのに。その上、リシヌンテ殿に至っては新たな神託までよこしおった」


「でしょう? つまりあの3人はこの世界に起こっている異変について、わたくしたちの知らない情報を既に掴んでいらっしゃる。あの3人を説得すれば、我が国の世界征服事業にも積極的に協力していただけるはず。そのような方々に蝦夷地を支配してもらったほうが王国側としても都合が良いとは思いますが」


「ヴィクトリア」


 王国優位の戦略を延々語るヴィクトリアを、イングリッドは右手をかざしながら一言で閉口させる。


「確かに我が国にとっては都合の良い戦略じゃ。じゃがクーデターを起こしては、たとえ慶広が当主の座に着いたとしても蝦夷地の民の犠牲は計り知れない。本来世界征服とは征服される者にとってはただの侵略行為でしかない。かの地の民も、此度の戦で相当傷ついておる。『世界平和のための世界征服』を標榜する妾達が必要以上の犠牲を相手に強いてはならんのじゃ」


「それは承知の上ですわ。あくまでこの計略はあくまで王国側の都合のみを考えたわたくしの妄想ですので、お気になさらず」


「それなら、良いのじゃが……」


 ホッと胸を撫で下ろすイングリッド。だが一方で、ヴィクトリアの戦略眼の高さと、場合によっては手段を選ばない思考が垣間見えることになった。


「それでは、失礼致しますわ」


 そう挨拶してすれ違う妹の背中は、どこか冷徹で狡猾だった。



 ーーそしてヴィクトリアの思惑は、彼女の意図しない形で現実のものとなる。

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