63 ディンケラ山賊団との邂逅
新技『斬葬』を開発してから数日後、俺達はセーデル王立士官学校から100kmほど離れたとある農村を訪れた。
傷がだいぶ治った季遠もこの農村訪問から俺たちと合流している。
「季遠、大事ないか」
「心配には及ばず」
エイヴィンとの決闘直後はどうなるんだろうかと冷や冷やしたものだが、季遠の顔つきと足取りを見る限りしっかりしているし、大丈夫そうな感じだ。
「ここがヴェーテ村ッス」
目的の農村、ヴェーテ村に到着すると、俺たちの前に川沿いの平野から山の中腹の斜面に至るまで一面の小麦畑で覆い尽くされた村の光景が広がった。
斜面を活用して栽培している様子は、さながら棚田ならぬ棚畑と表現していいだろう。
「素朴ながら壮麗にござるな」
「もともとこのヴェーテ村のあるカル地方は寒冷で、昔は土地も痩せていて作物の育たない地方として知られていたッス。けど50年ぐらい前にある魔導師たちの手によって寒冷地でも農作物が育つ魔法が広まり、見違えるように肥沃な土地に生まれ変わったッス。もっとも、最近までその魔法は門外不出だったッスけどね」
「門外不出?」
「自分も詳しいことは知らないッスけど、他の地域に易々と伝えたくなかったのではないッスかね。ほら、農耕地が広がるとその分自然環境も破壊されるッスから」
「ああ、なるほど……」
「さらにいうとその魔導師さんたちは噂ではかなりの戦争嫌いで、豊かになりすぎて土地を巡って外国と争いになるのを避けたかったなんて話もあるようです」
平和主義者の魔導師か。新しい農法を開発し普及に勤めるあたり、世のため人のために働こうと奮闘しているのがよくわかる。
「日ノ本でも、外浜(津軽半島東部)から向こうの土地には水田が広がっていると聞いていますが、そこも同じく壮麗でありましょうな」
そうだ、蝦夷地には農村が殆ど無かったな。
史実での話のこと、蝦夷地の統治を任されていた松前藩は無高、つまり米のとれる田んぼを持っていなかった。
ただでさえ寒冷な蝦夷地、その中でも小氷期とされている14世紀から19世紀においては、到底家臣に禄高を支給できるだけの量の稲を育てることはできない。
そこで年貢の代わりに、商場知行制や場所請負制といった仕組みで家臣たちに交易拠点を領地として与え、交易で得た銭などを税として徴収していた。
ただ鎌倉時代までは、蝦夷地でもアイヌ民族の手で農耕が行われていたそうで、近代に入るまで蝦夷地で全く農業が出来なかったわけではない。
ではなぜアイヌが戦国時代から江戸時代にかけて農耕を辞めたかと言えば、和人と交易したほうが多くの利益をもたらすからである。そんな事情もあり、彼らは鮭や動物の皮、猛禽類の羽根の入手に専念するようになり、アイヌは狩猟民族としての性格を強めていくことになるのだ。
「ならば、造ろうではないか」
「造る? 新三郎様、何でござりましょうか?」
「勿論、蝦夷地にもこのように立派な田畑をな」
「何と!」
慶広も気づいたか。魔法で寒冷地でも作物が育つなら、それを使って大幅な生産も見込める。
現状、蝦夷地の住民が食べるコメは当然ながら全て本州産。だがこれから天下統一に向けて進む以上、敵対する大名や国衆によって海上封鎖や輸出停止が実施され、その交易ルートを絶たれてしまうことも考えられる。
そこで蝦夷地でもコメを造れるようにする必要が出てくる。前世における21世紀の北海道は一大食糧生産基地であり、コメの生産量も新潟県と1位争いをしていたぐらいだったからな。
もっとも、その裏では明治から昭和にかけての開拓者の苦労を忘れてはならない。
しかしながら、いたずらに農耕地を増やすと色々問題も発生する。
ラウラ言う通り自然環境の問題もあるし、何より蝦夷地の場合は和人とアイヌの交易に影響が出かねない。開発するなら、当面は和人が多く暮らしている渡島半島南部に限定されるべきだろう。
「アタシ、農業のやり方なんて知らないわよ。ほら、アタシそもそも首長だし、リコナイのアイヌで農耕をやったことがある人なんて、ねえ……」
「でも、やってみたら結構面白そうだね~」
「ま、コメに関しては交易商人から情報を得ていけばいいべさ」
「あれ? この村の農家の人達から直接聞かなくていいッスか? 農業のプロが沢山いるのに」
「この村にコメ農家はいないだろう?」
慶広の問いにラウラは一瞬首をひねる。
「コメ……? ああ、あのやたら細長くて小さい粒が特徴の……」
ラウラが言っているのはおそらくインディカ米に相当する品種のコメのことだろう。日本では「タイ米」の名で知られている種類で、パエリアやピラフの調理に向いているコメである。
どうやら、日本で栽培されている所謂ジャポニカ種(に相当する品種)はアイオニオン大陸では一般的じゃないみたいだ。もっとも、ミズガルズのコメが俺たちの世界のコメと全く同じ保証もないのだが。
というか、ミズガルズにも「コメ」の概念はあったんだな。
「だから野菜と小麦の栽培に関して、このヴェーテ村の住人から教授してもらうことにする」
「野菜作っている農家もこの辺じゃ少ないッスね……。今のカル地方の農作物は小麦が主体ッスから。探せば見つかると思うッスが」
「いわゆる穀倉地帯ということか」
「では、向かおうか」
俺達はその後ヴェーテ村の農家を訪問し、小麦や野菜の作り方について教えてもらった。
だが、魔法を行使するのが前提の説明が多かったため、残念ながら蝦夷地ですぐに使える技術等は少なかった。
その代り、士官学校の戦闘用の魔法とは違う、農業や家事など実生活に役立ちそうな魔法の情報を手に入れることができたのであった。
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日中の農村視察は数日間に及び、さらに夜は翻訳作業や魔法、武芸の練習に勤しむ俺達。
勿論のことながら体力的に限界であった。そして視察を終えた俺たちは、ようやくヴェーテ村の自分たちの宿に戻ることになったのだ。
「某も好い加減、疲労困憊にござる……」
「ああ……心身が辛いであります……」
「意識混濁に候……」
しかし宿に向かう道中の足取りは覚束ない。全員、王国視察2日目の出発時の様にフラフラしながらなんとか前進している状態だ。
「あ、あの……大丈夫ッスか?」
「は、はははは……。大丈夫だってラウラちゃ~ん、俺達は大丈夫だよ~……」
「明らかに大丈夫ではありませんね。肩をお貸ししましょうか」
「う、うむ……かたじけない」
「そ、そうするか~……って、おおっ!?」
やべ、道端の石に躓いちまった。くそ、顔面から地面に激突してすげえ痛い……。
「間抜け面を晒すな、武親」
「待て慶広、誰が間抜け面だって?」
「そんなに鼻血を流しながらボロボロの顔を見せられたら、誰だって間抜け面だと思うだろう」
渋々、慶広に指摘されて自分の顔面に手を当てる。すると、確かに鼻のあたりから大量の血液が流れ出ていた。足元にも結構な量の血が垂れ落ちている。
「ねえラウラちゃん、紙とかない? このままじゃ、道路が血まみれになりそうな気が……」
「仕方ないッスね……。誰か、紙を携帯している隊員はいないッスか?」
ラウラが呼びかけると、小隊の中の1人が手を挙げた。
「あ、はい。私持ってます」
「ありがとうッス。武親さん、これで止血するッス」
「おお、どうも。これで服も血だらけになくて済む……」
そうして、応急処置用の紙を手渡された時のことだった。
「――おい、そこの珍妙使節団」
「!?」
突如、背後から野太い男の声が。
ふと後ろを振り返ってみると、そこには三国志の関羽のような立派な髭を生やした、見た目もふてぶてしい山賊の頭目が堂々と道の真ん中に立っていた。しかもその頭目の後ろには、奴の部下と思われるゴロツキが何百人もいた。
って、珍妙使節団って羽織袴姿の俺たちのことを指しているつもりなのか。
それに珍妙って言うな。俺が「珍妙丸」と呼ばれていた頃の恥ずかしい記憶が甦ってしまうじゃないか。……あ、顔が火照って余計鼻血が止まらん。
「どうせ血まみれなら、オレ様の手でさらに血飛沫をまき散らせてやるぜ。おう?」
「あ、あの人たちは……」
「曲者にござるか!?」
「あ、あの人たちは……!」
疲労困憊の体に鞭打って戦闘態勢に入る中、ラウラはどうも山賊の頭目に見覚えがあるらしく、カッと目を見開いていた。
「賊ごとき、拙者らの手で討ち果たすであります!」
「ボクも戦うよ~!」
「アタシだって!」
「助太刀致し候」
「へっへっへっへ……随分とやる気じゃねえか。オレ様に逆らうたあ、良い度胸じゃねえか」
ちっ、それにしても条件が悪いな……。
俺達は全員あわせて50人もいない。しかも蝦夷地からの使節団は疲労で動きが鈍っている人間ばかりだ。
対する向こうは『瞬間兵力検索』の結果、300人程。屈強な男で構成されている。
「ところでラウラちゃん、あの山賊に見覚えあるのか?」
「……先頭にいる髭ヅラの男は、山賊団の頭目であるゴッドフリード・ディンケラと言う男ッス。奴はアイオニオン大陸でも有名な山賊で、略奪、殺人何でもござれの悪名高い男ッス」
「おいおい、それはちょっと紹介が乱雑すぎやしねえか? オレ様は別に無差別に追剥や人殺しをしているわけじゃねえ。襲う価値のある奴だけに狙いをつけているんだぜ」
襲う価値か。察するところ、俺達が使節団であることをいいことに、珍しい物品を持っていると睨んで襲撃に踏み切ったんだろう。
「それにオレ様達は、首都クヌーテボリに集まる特産品に目が無くてなあ。だが首都は常にテメェら親衛隊や衛兵が大勢常駐しているもんだからなかなか手が出なくてよお」
「それで、首都で国王と謁見を果たした余達の姿をこの村で見つけ、追剥に来たのか」
「ああ。だが思った以上に宝物の宝庫じゃねえか。なにせ護衛の任に当たる親衛隊が、全員女なんだからよ!」
「!」
まさしく即物的な性格と言える。俺も確かに言えたタチじゃないが、欲望に対しあまりにストレートすぎる。
しかも、あいつらはラウラたちを捕まえるや否や強姦しかねない危険性がある。彼女たちをそんな目に遭わせるわけにはいかない。
まあいい、適当に山賊に関する情報を獲得したところで、今度はゴットフリートとか言う山賊の頭目の能力値でも測定してみるか。
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名前 ゴッドフリード・ディンケラ
HP 9800/9800
MP 811/842
攻撃 977
防御 951
魔攻 523
魔防 506
敏捷性 125
名声 38874
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ゴッドフリードはパワータイプか。物理的な攻撃力や防御力に長けているようだ。
だが、敏捷性はそこまででもない。少なくとも、俺や慶広、レスノテクのほうが素早さに優位性がある。
魔力量もそれほど多くないし、小回りの利く俺達としては、相手の統率を掻き乱す戦術をとるべきだろう。
そう考え、俺が山賊に近づこうとすると、ラウラが左腕で俺の動きを制止した。
「ラウラちゃん?」
「……自分たち護衛部隊は、陛下から皆さんのお護衛の任を賜っている身ッス。なのにその任を果たさず、逆に皆さんに守られてしまっているようでは、王国軍人として罪に値するッス」
「だから皆さんは、私たちの戦いを見守ってさえくれればいいのです」
「ラグンヒルさんまで……」
「されど……」
そうだ、ラウラたちは俺達に魔法や王国の常識、風習を教えるためだけに来ているわけじゃない。あくまで彼女たちの本来の仕事は護衛なのだ。
「――わかった、任せるよ。頑張って」
だから俺は、ただ彼女たちの背中を押す言葉をかけることにした。
「武親さん……。了解ッス! じゃあ小隊の皆! これから賊を追い払うッスよ!」
「おお!!」
「とはいえ、危なくなったら余達も参戦する。危機を前に敵前逃亡するのは、日ノ本の武士として大いなる恥だからな」
さて、ラウラたちが山賊と戦っている間に、俺達も英気を養っておかないとな。
短時間で完全に元気ハツラツ、となるまではさすがに回復しないだろうが、少しでも有利に戦いを進めるのに休憩は悪くない。
それに彼女たちの戦振りにも注目したかったからな。じっくり拝ませてもらうぜ。
俺は護衛小隊が抑えきれなかった分の山賊に何時でも対処できるように、刀の柄に手をかけておくことにした。




