59 セーデル王立士官学校
クラフツマン工房の訪問から4日後。俺達はクヌーテボリの街を出て、ヴィクトリアやラウラ達が卒業したセーデル王立士官学校を訪れた。
士官学校までは50㎞あったため、昨夜、士官学校近くの宿で一泊してからの訪問となった。
士官学校の建物は赤レンガ造りで、多くの校舎や訓練施設等を有し、敷地の真ん中には塔もそびえ立つ。
「ここに来ると、帰ってきたなーって感じがするッス」
ラウラは懐かしそうに校舎の中を歩く。ちなみにラウラ率いる護衛小隊の中で士官学校出身は、唯一の士官である彼女だけだそうだ。
戦国時代の日本でたとえるならば、下野(現・栃木県)の足利学校と言ったところか。もっとも足利学校では兵法や医学も教えてはいたが、中心学問はあくまで儒学だという話を聞いたことがある。
それに足利学校から遠い地に暮らす戦国武将は、出身者を雇って個人的に師事してもらうこともあったそうだ。とはいえ、俺の一族は父も含めて全員独学だったわけだけど。
しかし士官学校に到着するまでは考えもしなかったが、いざ校舎の中に入ると前世の学生生活の悲惨さを思いだしてしまう。……イカン、別のことを考えないと。
「皆ー! おはようッス!」
校舎に入ると、先導していたラウラが開口一番に生徒に向かって大声で挨拶した。
「お、おい……あの制服って……」
「まさか、親衛隊の方かしら……?」
「し、親衛隊って言ったら、王国軍の中で最も名誉ある部隊じゃないか……!」
「そうね……。それにその後ろの人達、見慣れない格好をしているからきっと噂の蝦夷地からの使節団よね……」
すると生徒たちは俺たちのほうを一斉に振り向き、ラウラのことを噂し始めた。
それに彼らの発言を聞くに、親衛隊はエリート部隊のようで、彼らにとっては近寄りがたい印象がある様子。
「お、おはようございます……」
「べ、別に緊張しなくていいッスよ。自分はまだ、戦場を経験したことが無いヒヨッ子士官ッスから」
軍隊では階級がものを言う。年上であっても階級が上のラウラに敬語を使うのを忘れない。皆、一様に敬礼を以て挨拶を返す。
だが、俺の言えたことではないが本当の意味での礼儀を弁えない者もいる。
校舎を校長室の方角に進んでいくと、ある1人の男性士官候補生が俺達の前に現れた。
「これはこれは……誰かと思えば、ラウラさんではないですか。――いや、今は親衛隊所属のラウラ・ミュルダール少尉と呼ぶべきでしょうか」
「む、この声は……」
年齢はラウラより5歳くらい年上と思われるメガネを掛けたその青年は、廊下の柱に軽く腰掛けながら俺たちを見下すように接してきた。
「お久しぶりですミュルダール少尉。お元気そうで何より」
「……はぁ、面倒臭い男に当たったッスね」
その出で立ちはエリート然としていて、どこか鼻にかけたような態度だ。
「ラウラちゃん、こいつ誰?」
「自分より1年後輩のエイヴィン・ウルリヒ。見ての通り、敬語を常用しているくせに誰に対しても尊敬の心が無い、困った男ッス」
なるほど、つまりアストリッドの男版ということだな。ラウラの評価通り、面倒臭くて困った男というニオイがプンプンしてくる人物だ。
「おやおや、相変わらずつれないですねミュルダール少尉。しかしそのような態度を見せては、後ろの蝦夷地からの使節団に迷惑がかかるのでは?」
「それはこっちの台詞ッス! とにかく、自分たちはこれから校長室に向かうッスから、邪魔立てしないで欲しいッス」
「そういうわけにはいきませんね。何せ僕は、そこの男性に用事があるのですから」
そう言ってエイヴィンが指したのは俺……ではなく、隣にいた季遠。
「拙者にて候か」
「ええ、そうです」
「如何様に候か」
「領主の子息たる蠣崎慶広さんや、ヴィクトリア王女殿下と決闘を申し込んだ不破武親さんの名は小耳にはさんでいます。
しかし、それ以外の人物の名は聞こえてこない。ですので、僕としてはあなたの実力を試したい。どうでしょうか?」
コイツ……上手い事言って、実は結構小物じゃないか? あからさまに俺や慶広と闘うことから避けているようにも見える。
ともあれ、そんな彼からの急な果たし状に対し、季遠の答えは――
「武士たる者、戦場より逃げたるは恥。……承知にて候」
「有難い。では場所は……」
「ちょっと待つッス! 訓練と実戦以外で武器を扱うのは私闘になるッス! 発覚したら即、退学ッス! エイヴィン、何考えているッスか!?」
すでにこの場で決闘する気満々の季遠とエイヴィンの間に、ラウラが割って止めに入る。はっきりいって、この場で決闘するメリットは俺たちにはない。季遠もこいつの挑発に乗せられるなんて、実にらしくないじゃないか。
「そうでしたな。――でしたらミュルダール少尉、あなたはこれから校長室に向かうのでしょう? そこで決闘の許可状を出して貰いたい」
しかしエイヴィンも屈せず、ラウラと取引に出る。
「ぐっ……確かに校則では、校長の監視の元での決闘は認められているッスが……。でも許可が出た事例は百年以上に及ぶ士官学校の長い歴史においても、ほんの数回だけッスよ? それに……」
「ふふふ、別に相手を殺すための決闘ではありませんよ。あくまで『実力を試したい』だけですから」
「……分かったッス。でも、許可は下りないと思うッスよ」
結局ラウラのほうが折れて、彼女は校長に決闘の許可申請をしに校長室へ向かった。
まさか、季遠がいきなり士官候補生に決闘を申し込まれるとは。だが闘う以上、季遠にはこんな小物に負けてほしくはない。
俺達は、ただ季遠とエイヴィンの2人を見つめるのみだった。
■ ■ ■ ■ ■
小平季遠。史実では次のような人物だ。
通称藤兵衛尉。小平季久の嫡男で、蠣崎季広を軍事面から支えた人物だが、蠣崎家が安東家から独立して間もなく、安東家に内応したと疑われて謀殺された男である。しかし一説では内応に関しては無実だったとも言われている。
ちなみに長男・季長は江戸時代に入り金山奉行を務め、財政面で松前藩を支え、次男・季時は同じく蠣崎家家臣の三関広久の養子となった。
■ ■ ■ ■ ■
「はぁ……これは予想外の展開ッス……」
ラウラ曰く、セーデル王立士官学校創設以来、数回しか許可されなかった決闘。しかし俺達のいる中庭では、既に決闘の準備が完了している。
中央には審判とスタッフらしき先生が数名待機しており、俺達から見て左側には季遠、右側にはエイヴィンがスタンバイしている状態だ。
「校長、なんで許可したッスか……? 自分にはわからないッス……」
「それにしても野次馬多過ぎない? 彼方此方から注目を浴びてるんだけど」
「う~んっ、暑苦しいよ~……」
季節は秋に入っているが、現場に大勢押し寄せた生徒の熱気が中庭の気温を押し上げている。さながらサウナ状態。
近くの校舎の窓を見ても、数えきれない士官候補生が中庭に釘づけの状態だった。
「決闘だってよ! しかも外国の使節とだってよ!」
「申し込んだのはエイヴィン・ウルリヒのようね。あの実力に乏しくただ尊大なだけの男が、ついに出過ぎた行動を……」
「気に入らないけど、将来の王国軍士官なんだから負けるなよー!」
悪評と皮肉が混じりつつも、会場はその殆どがエイヴィンの応援に回っている。
つまり季遠とっては完全にアウェー。もっとも、彼がこの状況に動揺するとは思えないが。
「武親、どちらが勝つと思うか?」
「そうだな……。ここは『ステータス確認』を使って判断するか」
俺はチート能力『ステータス確認』を2人に向けて発動させた。
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名前 小平季遠
HP 1830/1830
MP 90/90
攻撃 224
防御 218
魔攻 39
魔防 35
敏捷性 111
名声 452
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名前 エイヴィン・ウルリヒ
HP 2975/2975
MP 763/763
攻撃 246
防御 233
魔攻 312
魔防 300
敏捷性 123
名声 915
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まいったな……。エイヴィンは人物としては小物だが、能力はいずれも季遠より高い。つまり季遠の立場からすれば、今回はアドバンテージが全く存在しない。
今回の決闘では、条件をフェアにするため魔法を使わないルールとなっているが、それでもこれで勝ったら相当なものだ。
「小平藤兵衛尉! 日ノ本の魂を見せつけるでござる!」
「承知」
「一方の体に傷がついた時点で勝敗を決する。それでは、決闘開始!!」
壇上に立つ校長の合図でついに決闘が始まった。
ちなみに校長は女性のようだ。40は超えているだろうが、けばけばしさは感じられない。サバサバとはしていそうだが。そして心なしか、そのキリッとした顔立ちがエイヴィンと瓜二つのような気が……。
一方会場に目を移すと、しっかり日本刀を構える季遠とは裏腹に、エイヴィンは余裕をかまして挑発する。
「誇り高き王国軍士官候補生たるもの、アウェーの敵にはハンデをあげましょう。貴公のほうから僕にかかってきなさい」
「その言、後悔すべからず。覚悟!」
季遠は早速、刀を振るって一直線にエイヴィンに斬りかかる。
「せいあっ!」
だがエイヴィンは、横一線にレイピア一本で季遠の刀を受け止める。それも涼しげな表情で。「実力に乏しい」という前評判がちらっと聞こえたが、それでもその実力は並の戦国武将にも匹敵するものらしい。
「ほう……なかなか重い一撃ですな。だが、甘い!」
次にエイヴィンは、レイピアで季遠を素早く擦り斬ろうとする。しかし、今度は季遠が日本刀で受け止める。
「何っ?」
「軽率にて候」
やり返したで候、と言わんばかりに季遠もエイヴィンにしたり顔。
季遠も負けてはいない。どうやらこの決闘、すぐには終わらなそうだ。
両者、一旦間を取って次に攻撃の手を加えるタイミングを図り、一合、また一合と打ち合う。その後も季遠とエイヴィンは、ひたすら会場の上で日本刀とレイピアを打ち合い続けた――
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それからしばらく時間が経過した。
会場では、いっこうに決着のつく気配のないまま、かれこれ既に数十合打ち合っている。
形勢はと言うと、元の能力が高いエイヴィンに対し、日本刀の高い性能を駆使した季遠が辛うじて互角に持ち込んでいる具合だ。
「しぶといですね……」
「貴公こそ、忍耐強いで候……」
とは言え、長時間命の削り合いを行っているため、双方とも消耗が激しい。
苛烈な打ち合いが続き、互いの得物の損傷も相当なもの。恐らく、次の一撃が決着となるだろう。
「ですが、これで終わりです。はっ……!」
フィニッシュを決めるため、エイヴィンは季遠に向かって突撃する。
「愚かにて候。同じ手は通ぜ……」
しかしながら季遠が刀で防御しようとした直後、エイヴィンは隙を突いて彼の懐に見事入り込んだ。
「むっ……!」
不意を突かれ、目をカッと見ひらく季遠。
「今度こそ本当の終わりです。はっ!!」
エイヴィンは即座に季遠の腹部に斬りかかる。
これで季遠の負けが確定したか……。会場の皆がそう思った。
――が、次の瞬間。
「ぐあっ……!?」
響いてきたのは、エイヴィンの唸り声。
その原因を探ろうと彼の腹部に注目すると、左腕側の脇腹から血が出ていた。
「な……なぜっ、僕が……? ま、まさか……」
エイヴィンは季遠のほうに顔を向ける。すると季遠もまた、右腕側の脇腹から出血していた。そう相討ちだった。
「……相星にて候」
「……」
両者一歩も動かず。そして会場の観衆もまた静まり返っていた。
「――そこまで!! 両者、引き分け!!」
校長の審判で、2人の決闘は正式に終了した。
そして遅れること数秒、観衆から轟く歓声が敷地中に広がった。
「引き分け、引き分けだああ!」
「士官候補生とは言え、相討ちまで持ち込める奴ってなかなかいねえぜ!」
「あの人たちの国、ちょっと興味があるかも……」
彼らからすれば、士官候補生と互角の戦いをする外部の人は珍しいそうで、それがまた波紋を呼んだ。そしてそれは、俺や季遠の生まれた国・日本への興味にも繋がっていく。
「…………」
その一方で、ラウラと蝦夷地の使節団はただ黙ってその様子を見つめるのみだった――




