5 蠣崎天才丸との出会い
3日後、俺と父は徳山館(現・北海道松前郡松前町)に来ていた。
そして俺達は、普通の城でいう本丸にあたる大館で、主君・季広と彼の嫡男・舜広、そして三男の天才丸と対面した。
「殿のご尊顔を拝謁でき、誠に恐悦至極に存じまする……」
父は深々と礼をしながらも、錆びたロボットのようにぎこちない動きをしており、しないはずの変な機械音も聞こえてきそうな有様であった。
「おお、よくぞ参った。お主の横におるのが例の珍妙丸か?」
「左様にござりまする」
「そうじゃったか。珍妙丸よ、これが儂の息子、天才丸じゃ」
季広はそういってまだ幼い天才丸を、俺達親子の前に差し出した。
「うわさには聞いているぞ、珍妙丸」
「はっ、天才丸さま」
改めて間近で見ると、幼いながらもなかなか凛々しい顔だちで、将来の後継者って感じがする。
しゃべり方からしても違う。同い年で互いにDQNネーム持ちなのに、放っているオーラが別格だ。所作もお手本通り。まさしく主君のご子息に相応しい振る舞い方をしている。
「知っておるとは思うが、天才丸と珍妙丸は同い年どうし。これから親交を深めるためにも、仲良く遊ぶのがよかろう」
お館様の指示で、俺と天才丸は彼の自室へと移されたのであった。
そしてこの後、誰も予測できない意外な展開が俺を待ち受けていたのだった――
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「さて2人となったし、将棋でもしながら話しをしよう」
部屋に入って早速、俺達は天才丸の家来が用意した将棋盤と駒を使って将棋を始めた。
先手は天才丸。対局中、駒を置く音が小気味よく部屋じゅうに鳴り響く。
将棋か、久しぶりだな。よく戦略本とか読んで研究してたっけな。もっともあの頃は学校で対戦してくれるヤツなんていなくて、前世の父親とばっかり指していたけど。
「ところで珍妙丸よ。余とお前、共通して不憫だと思うところはないか?」
おいおい、6歳児が「不憫」って、よくそんな難しい単語を知ってるな? さすがお館様の息子、教育環境もさぞバッチリなんだろうな。
「もしかして……名前……とか?」
俺が恐る恐る言った答えに、天才丸は「ぷっ」と押さえ気味に笑いをこらえて吹いた
「まったく、その通り」
全く子どもらしくない笑い方だな。もうこんなにマセちゃって……ん? マセてる?
やはり様子がおかしい。仕草もあまりに大人で、とても6歳児には見えない。もはや天才どころの騒ぎじゃないぞ、これは。
「お前の負けだ」
「――へっ?」
そうして俺が別の方面で熟考している間に、将棋のほうは79手で終了。俺の美濃囲いが見事に突破されて詰んでいた。
「……投了します」
「しかしこれだけでは物足りぬ。もう一局、指そうではないか」
「……はい」
ううん、随分早く終わってしまったな、今の勝負。6歳児にコテンパンにされるとは、あまりにも情けない。情けなさ過ぎる。
だが盤上の駒を睨みつけても、結果が変わるわけではない。こうして一局目はベテランであるはずの俺の敗北に終わった。
このままではいられない。次こそ俺が勝ってやる! 再び気合いを入れ直す俺。だが天才丸の戦術は確かなものだった。
その後、俺と天才丸は休憩を挟みつつも対局を繰り返した。だが俺の意地と根性が実ることはなく、結果は12戦12敗。俺の完敗だった。
「ふう、良い勝負の後の茶は格別であるな」
天才丸は家来が淹れてきた湯呑みの緑茶を、対局に敗れた俺の横で特に気を使う風もなく静かにすする。
「ほれ、お前も一杯飲まぬのか?」
さすがに悔しくてすする気になんかならない。ミネルヴァとフレイアから貰った特殊能力、なんでこういう場面で活かせないスキルなんだ?
しかし、将棋の強さといい対局中の姿勢といい、コイツは6歳児というにはかなり異常だ。
さっきから子どもらしくない言葉遣い、振る舞い、そして将棋歴10年の俺に80手足らずで完封勝ちするほどの将棋の上手さ。俺の得意な四間飛車と美濃囲いも天才丸には全く通用しなかった。
しかし美濃囲いの崩し方を知っていたとは驚きだな。美濃囲いは安土桃山時代以前はほとんど指されなかった戦法で、もちろんほとんどの人間は対策法も知らなかったはず。なのに、天才丸はそれを難なく突破していた。
それに、彼は平成年間に開発された四間飛車の戦法である藤井システムをはじめ、戦後に開発された振り飛車戦法の対策をすべて熟知していたかのように、俺の振り飛車をことごとく退けていた。
しかし、史実の松前慶広が将棋の名人だったなんて話は聞いたことがない。天才丸の名の通り天才だったにしてもあまりにも出来すぎている。まさか、彼はーー
「あの、つかぬことを申し上げますが、もしかして天才丸様も“転生者”……ですか?」
「!?」
わずかな情報からたどり着いた憶測。しかし根拠は薄く、俺は恐る恐る天才丸に尋ねた。
しかし、天才丸はそんな俺の憶測に驚愕の表情を浮かべた。静まり返る部屋の中。聞こえるのは小鳥の鳴き声のみ。
けれどしばらくして平静を取り戻したのか、彼はニヤリと笑った。
「なるほど……やはりお前も転生者であったか」
「お前も」? まさか天才丸は最初から俺が転生者だと感づいてて、俺を徳山館に呼び出したのか?
そして彼は秘密のベールを脱ぎ、自らの正体を明かした。
「その通りだ。余――オレは“転生者”、蠣崎天才丸。前世では21世紀の日本に暮らす知恩院海翔という名前の男であった者だ」