57 魔法石と日本刀
工房の外に出てしばらくすると、工房勤めの職人見習いと思われる若い男たちが木の棒と、そして数本の金属の棒を持って現れた。そして彼らはそれらの棒を等間隔で順々に地面に突き刺していった。
「お前たち。何故、金属の棒まで用意したのじゃ?」
職人見習いたちが指示と違う物まで持ってきたことをテオドルは咎めた。すると彼らは「アガーテ技師長の指示です」と答えた。
そしてテオドルは見習いたちに向けていた睨むような顔つきを、そのまま彼のすぐ横にいたアガーテに向けた。
「アガーテよ。私は『木の棒を用意せよ』と指示したはずじゃが?」
するとアガーテは、テオドルの威圧的な質問に平然とした顔で返した。
「だって、木の棒なんてよく鍛錬した刀剣だったら斬るのは割と簡単じゃないですか。しかも私が今回錬成した刀の持ち主は、屈強な王国軍兵士をたった一人で何千人も討ち取った化け物のような少年。だったら金属の棒でも使わないとテストにならないと思いますけど」
「お前の理屈はよくわかった。だがそうだとしても、ミスリルやオリハルコン、アダマンタイトの棒を用意させるのは違うと思うが?」
え? ミスリルやオリハルコン……それってファンタジー世界にしかない架空のレアメタルじゃないか。そんな貴重な金属の棒があるとは、さすがファンタジー世界の王国の工房と言ったところか。
俺には正直どれがミスリルでどれがオリハルコンなのかはよくわからないが、そんなレアメタルを刀の切れ味を確かめるためだけに斬るのは少々気が引ける。
そもそも強度的に、斬った瞬間に刀のほうが先に折れてしまわないか? まあ、この刀自体は国宝級の刀とかそういうものではないから、折れてしまっても特段問題はないのだが……。
「というわけで、武親さん。切れ味確認テストのほうをよろしくですっ!」
テオドルの質問と説教を強制的に打ち切って、アガーテが性能テストの号令を下す。
棒は右側の数本が木の棒、左側の数本が金属の棒。配置的に左に行けば行くほど棒の硬さが上がっているようだ。ミスリルやオリハルコン、アダマンタイトは間違いなく一番左側の3本のうちどれかだろう。さて、俺の刀はどの硬さまで持ちこたえられるだろうか?
「アガーテさん! 魔力を込めるときはどうすればいいんだ?」
「とりあえず、いつもより柄の部分を気持ちを込めて強く握ってください! そうすれば魔力が刃に負荷されるはずです!」
なるほど、特段呪文の詠唱とかは必要なさそうだな。それなら話が早い。
俺は早速刀を抜いて、切れ味のテストを始めた。
「せいやあああああ!」
まず最初に、右側に用意された木の棒数本を難なく真っ二つに斬り落とす。そして間髪入れず、金属の棒を右から順にスパスパと斬っていった。
「おお! さすがは五郎! 鉄の塊もものともせんな!」
季貞が歓声を挙げる。が、鉄を斬ることは従来の日本刀でも可能なお話。むしろここからがこのテストの本番と言えよう。
とここで、俺は青白い光が刀から発せられていることに気がついた。
「……な、なんだこの光は?」
「さすが、私の思ったとおりです!」
「どういうことなんだ? アガーテさん!」
「その光こそ、魔法石の粉末から発せられている魔力の光です! つまり今その刀は魔力で大幅に強化されているということです!」
なるほど、これが魔法石の魔力か。確かにいつもより刀が軽い感じがして振りやすい。今ならどんな物体でも斬れそうだ。
俺は歓声を浴びつつ、さらに金属の棒を切り続けた。そしてとうとう、残り3本のところまで達した。
「すごい……鉄の何十倍も硬い金属も斬り落としてしまうなんて……」
「あとはミスリルやオリハルコン、アダマンタイトを斬れるかどうかッスね……」
ここまでくれば、全部の金属を斬って気持ちよく終わりたいところ。だが、アガーテが錬成してくれた刀をよく見ると、若干の刃こぼれが生じていた。
正直、これまでの金属の棒は腕力をフルに使えば簡単に斬れるものが続いてた。しかし次の金属を確実に斬る自信はない。
腕力はなんとかなっても、刀の強度が金属の棒の硬さに耐えられないかもしれないからだ。
「よし行くぜ……!」
だが迷いはない。このテストで王国の技術力と俺の実力を量ることができるなら、刀の一、二本失ったって構わない。
俺は込められるだけの力を身体中に込め、刀を横一文字に一気に振るった。
「うおおおおおお……!」
そして刀は右の棒をなんとか真っ二つに斬ると、その勢いのまま、中央の棒を相当な手応えを俺の両手に与えながら辛くも横一文字に斬り、そして一番左の棒に刃を当てる形となった。
「な、なんと……。信じられん!」
「まさか、ミスリルとオリハルコンの棒をいっぺんに斬り落とすなんて……こんなの見たことないですっ!」
なるほど、今斬った2本がミスリルとオリハルコンの棒だったか。実際斬ってみると、レア中のレアな金属だけあって硬度は相当なものというのがよくわかった。
だがその2種類の金属も、俺の錬成された刀の切れ味には勝てなかったようだ。
「いっけえ! 武親さあああああん!」
過去これまでになく大きな歓声が沸き上がる。その声は使節団や護衛部隊だけでなく、木の棒や金属の棒を用意した工房の職人たちからも上がっていた。
これはもしかして……イケるか? 俺自身もそう思った瞬間……
ガッキィィィンッ……!
一番左のアダマンタイトの棒をわずかに斬った瞬間、凄まじい金属音とともに刀は折れ、青白い光は一瞬に消え失せ、刃の半分が地面に落ちていった。
そして俺の体は、刀を思い切り振った勢いのまま反時計回りに一回転し、そのままよろめいて地面に尻もちをついてしまった。
「……」
工房前の広場に転がり落ちる無数の棒の残骸と折れた刀、そしてそれらをあざ笑うかのようにそびえ立つアダマンタイトの棒。
その光景を前に、その場に居合わせた一同はしばらく口を閉ざしたまま微動だにしない状態が続いた。
■ ■ ■ ■ ■
「いやあ、惜しかったでありますな。まさか、あと1本を残して刀が折れてしまうとは」
「それな。悔しい、本当に悔しい。あの棒さえ斬れれば、完璧だったのにな」
性能テストが終わり、俺たちは応接室で紅茶を飲みながら刀の切れ味と強度について振り返っていた。
「……アガーテよ。確かに今回、あの刀に魔法石を混ぜて錬成したとはいえ、ミスリルとオリハルコンの棒を2本一気に叩き斬る展開は想像できたのか?」
「……さすがにそこまでは予想できませんでしたね。というか、ミスリルの棒を斬るところまで到達するとも正直思いませんでした。刀の強度もさることながら、武親さんの腕力には驚きしかないです……」
「……であろうな。そもそもミスリルもオリハルコンもアダマンタイトも、太古の昔は世界を救う勇者のみが武器として使うことを許された伝説の金属。つまり、それら全てに刃を通したあの少年は勇者にも匹敵する武勇を持つ御仁ということか」
そして俺のいないところで、必要以上に俺の株を上げるアガーテとテオドル。確かにゲームの世界でも、その3種類の金属は伝説の金属としてよく出てくるから彼らがそう評したくなるのもわからなくはないが……。というか、「世界を救う勇者」のお話ってこの世界にもあったんだな。
まあ、俺がもっと気になるのは、そんな貴重な金属がなぜこの工房に3種類ともあったのかということなんだが……。
「……あの、レスノテクさんと季遠さんでしたっけ? ニホンという国の刀は、皆あのように鋭い威力を持っているものなんですか?」
「……記憶に無いわね。比較対象になるとしたら、神授の刀ぐらいかしらね」
「帝の神器の一つ、草薙剣にも劣らず候」
いやいや、ちょっと待て2人とも。どちらも神話レベルの伝説の刀じゃないか。いくらなんでも比較対象がおかしすぎる。
もしあの刀にそれほどの威力があったとするなら、この先の一騎打ちはすべて出来レース、消化試合と呼べるほど楽でつまらないものになりそうな気がするが……。
するとここで、アガーテが気になる言葉を口にした。
「でもおかげで、魔法石の効果は証明されました。これで私の夢にも一歩近づきそうです」
「アガーテさんの……夢?」
彼女が魔法石にかけた夢。果たしてそれはどのようなものなのだろうか――




