54 聖女神メルティーナ・カエキリアの神話
「聖女神メルティーナ・カエキリア様は、9つの世界の誕生とともに世界樹の幹よりお生まれになった女神です。生まれながらに慈愛に満ち、知識欲や好奇心が強く、武勇に優れた女神であり、世界樹の実から生まれた他の神々を巧みにまとめ上げながら今だ不安定であった9つの世界を安定に導いていったとされます」
「ふむふむ、なるほど。まさに最高神に相応しい人格の持ち主だったということか」
「そして9つの世界が全て安定すると、今度は人間や亜人、動物や植物などの生き物をお造りになりました。そうして9つの世界が全て完成されると、聖女神様は今度はそれぞれの世界の複製を幾つもお造りになりました」
「ふむふむ、なるほど……ん? ちょっと待って」
「どうしましたか? 迷える猪武者よ」
ここまでのメルティーナ・カエキリアに関する神話を聞いた俺は、ふと疑問を1つ思い浮かべた。
「今俺たちがいるこの世界は『ミズガルズ』という名前なんだよな?」
「ええ、そうですが。ちなみに意味は『中つ国』です。もともとは人間族や魔力を持たない動植物の世界として聖女神様がお造りになった世界です」
「でも今の神話を聞く感じだと、ミズガルズやアールヴヘイム、アースガルズなどに相当する異世界が他にもたくさんあるということになるよな?」
俺たちの目標は『世界樹の異状によって融合した世界を全て征服すること』である。
もし俺の疑問のとおりミズガルズやアールヴヘイムのような異世界がたくさんあるとすれば、つまり征服するべき世界が幾つもあることになってしまう。そうなれば、もとから達成困難だった『9つの世界を征服する』という目標よりもさらに困難な『無数の異世界を征服する』という最終目標を掲げねばならなくなってしまう。
「そうなりますね。ただミズガルズの複製にあたる他の異世界は、この世界とは別の世界樹によって存在を維持しています。私めがかつて受けた神託によれば、融合したのは9つの世界のみとなっており、征服すべき対象もこの融合した9つの世界だけと伺っております」
「……俺にはそう思えないんだよな」
「余も武親に賛成だ。我が国日本とミュルクヴィズラントはもともと異世界の国。しかし日本もミュルクヴィズラントも人間界の国であることに変わりはない。これはつまり世界樹の異状によって2つの『ミズガルズ』が融合した……そういうことにはならないのか?」
「……確かにそうかもしれません。ですが、あなた方のいた世界が本当に『ミズガルズ』の複製なのかはまだ確証はありません。アールヴヘイムはともかく、他の7つの世界--アースガルズ、ヴァナヘイム、ニダヴェリール、スヴァルトアールヴヘイム、ヨトゥンヘイム、ニヴルヘイム、ヘルヘイム、ムスペルヘイム--についてはまだ実際に見たという人は現れておりません。つまり、あなた方のいる世界はこの7つの世界のいずれかに相当するという可能性も残っているのです」
日本が他の7つの世界のどれかにある国だって? 俺にはとてもそうは思えないんだよな。
確かに王国人と比べてこの時代の日本人は背が低いが、俺たちの世界がいくらなんでも北欧神話における小人の世界ニダヴェリールに相当するとは思えない。
しかしパトロヌス教の高位聖職者でも、この融合した世界の実態はまだ把握しているとは言い難いらしい。これはアストリッドに聞くよりも、ミネルヴァやフレイアに聞いたほうがよさそうだな。
「--ともかく、世界の複製が終わると、聖女神様は世界の管理を他の神々に任せ、世界樹の幹へと戻り、長い眠りにつきました」
「つまり、彼女に与えられた最初の役割は果たされたということなんだな」
「しかし時代が下り、それぞれの世界の住人が数を増やすようになると、世界は未曽有の混乱に包まれるようになりました。皆、聖女神様や神々の教えを忘れ、己の好き勝手に振る舞うようになったのです」
「ふむ。似たような話は余も聞いたことがあるな」
「最初は神々や精霊がそれぞれの世界の乱れを糾していたのですが、数千年も経つ頃になると神々の手すら余るほどに世界は戦火に晒されるようになりました。そんなとき、聖女神様は世界樹の幹の中で再び目を醒まされたのです」
メルティーナ・カエキリアの復活か。彼女の人格を考えると、旧約聖書の神のように洪水を引き起こして地上の物をすべて洗い流すとかいう展開にはならなさそうだな。
「聖女神様は、その豊富な知識と優れた武勇でたちまち各世界の戦乱を収め、平和をもたらしました。さらに人間や亜人たちの悩みに耳を傾け、彼らの悩みを沈めるべく彼らに知識と技術、そして道徳を授けました。聖女神様の御威光と御活躍に深く感銘を受けていた彼らは、聖女神様の教えを忠実に守り、世界は真の繁栄を見せたのです」
「人間を全て抹殺して作り直すとか、そういう話でなくて良かった。さすがは慈愛の女神だな」
「その後も聖女神様は人間や亜人たちのために戦い続け、ついには幾千もの世界を救うに至りました。そして聖女神様は『世界樹と繋がりのある全ての世界は我が子孫が皇帝となってこれらを治めるべし』との神勅をお出しになりました。民衆もその神勅に従って聖女神様の子孫――メルティーニ家当主を皇帝とすることで、末永く繁栄することになったのです……」
『自分の子孫を皇帝にせよ』か。まるで日本神話における天壌無窮の神勅だな。女神が最高神であるという点も親近感が湧く。
するとここで慶広が、ある質問をぶつけた。
「質問がある。メルティーニ家とは今でも存在する一族なのか? それとも伝説上の一族なのか?」
「……実は、メルティーニ家自体は20数年前までは存在が確認されていた一族です。しかし……現在は消息不明です」
メルティーニ家が消息不明? どういうことなんだ? 最高神の子孫なのだから、魔力も相当なものだろう。外敵に簡単に滅ぼされるとも思えないのだが……。
「メルティーニ家の国が滅びたのか?」
「どうでしょう……メルティーニ家自体、神々の世界アースガルズの皇帝一家ですから、詳しいことはわかりません。けれども聖女神様の神聖なる子孫。滅亡など、私めには到底考えられません」
「メルティーニ家の存在を確認する方法は、やはり神託か?」
「そうですね。私めどもにはそれしか手段はありません。しかし現在までそのような神託を受けとったことはありません」
「栄えあるもの、必ず滅びる」か。だけど、神代から続く帝国を滅ぼすとは、そいつはなかなかのやり手だな。おそらく皇帝のみならず、藩屏たる貴族たちも神の子孫なのだからな。
もっとも、滅ぼした当人の政権はあっさり崩壊しているだろう。幾千もの世界で崇拝されている一族だ。滅亡させた奴らが支持される理由が無い。
「だが、もしかしたら――アースガルズそのものが滅亡して居場所を失ったのかもしれないな」
「無礼者!」
「ぐえっ……!」
アストリッドは、再び俺の脳天に勢いよく杖を叩き込む。
「聖女神様一族の世界は永久に不滅です! 恥を知りなさい!」
「うっ……」
冗談のつもりで言ったつもりだったが、アストリッドには通用しなかったようだ。
それになんだ、その「巨○軍は永久に不滅です」的なノリは。
でも、冗談と言っても可能性として無くはない。だが真偽のほどはあの2人の女神に聞くしかない。本当、今日は疑問点が多すぎてまいるぜ……。
俺は脳に浮かび上がった疑問を、ラウラから渡された紙に一字一句書き記していった。




