53 クヌーテボリ大聖堂
「――ここがクヌーテボリ大聖堂ッス!」
30分後。ラグンヒルが戻ってきた後、俺達はラウラの案内でパトロヌス教の大聖堂を訪れた。
その内部は、前世の世界で言うところのキリスト教の大聖堂と、古代ギリシャの大神殿を組み合わせたようなところだった。
具体的には、手前側にパルテノン神殿のような白色の太い柱や天井があり、奥に進むとノートルダム大聖堂のようなゴシック建築の聖堂が待ち構えているという感じだ。
そのような建築様式のため、俺の目から見るとかなり独特の構造だった。
もっとも、比喩に使ったパルテノン神殿も6世紀にはキリスト教の教会に、15世紀にはイスラム教のモスクとして使われたらしいが。
「これが、異国の寺にござるか!」
「寺と言うか、神社に近い気もするでありますが」
「荘厳に候」
「カムイを祀るのにここまで豪華にする必要あるのかしらね?」
「イオマンテやるのって、基本お外の祭壇だからね~。でもこの建物も、ピリカ~!」
そうか。キリスト教伝来が起きなかった世界の日本人である季貞達には、“教会”とか“神殿”とかいう概念がそもそも無かったか。これは後で教えておかないとな。
「うう、緊張するッス……」
「確かにここに来ると、余も自然と背筋が伸びるな」
「そうじゃなくって……それもそうッスけど、自分が言いたいのは別のことッス」
「どういうことだ、ラウラちゃん?」
ラウラが緊張する理由。それは――
「このクヌーテボリ教区の司教、アストリッド・フォーゲルクロウ猊下。彼女は、昨今のパトロヌス教聖職者の中で最も優秀な人物と目されている方ッス。噂では、数年以内に枢機卿に任命されるとの噂も」
「……マジで?」
「マジッス。蝦夷地の戦争から遡ること数年前の南方平定戦で征服した土地の住民を何百万人もパトロヌス教に改宗させた功労者なんッスからね。彼女のもう一つの二つ名『宣教の戦乙女』も、その功績によるものッス」
あのアストリッドが、そんなに凄い人物だったとは……。
よくよく考えてみれば、一国の王女と普通に知り合いだもんな。有り得ない話ではないか。ちょっと見直したかも……。
ただ、彼女の傲慢な態度を思い出すと、どうも猊下という尊称が不似合いな気もするが。
「枢機卿がいるということは、教皇も存在するのか?」
「その通りッス。察しが良いッスね。ああ……王女殿下とお話しした時も心臓が思わず飛び出そうになったのに、これじゃ、心臓が幾らあっても足りないッス……」
「親衛隊の隊長なのにか?」
「隊長でも緊張するものは緊張するッス! そもそも自分は田舎育ちの平民で、つい去年までは王族や司教なんて遥か遠い存在だったッス。それがいきなり親衛隊の士官に抜擢され、使節団護衛という大役まで仰せつかるなんて思ってもみなかったんスからね」
ラウラは平民の出だったのか。ミュルクヴィズラント王国は貴族制が色濃く残っている国らしいが、結構平民でも出世できるチャンスは多い国のようだ。
そう礼拝堂の中で話し込んでいると、司教座にアストリッドの姿が見えた。
「――あらあら、私めから聖女神様の救いを乞いたい人がちらほらと……」
「救いが欲しいわけではないが、パトロヌス教について知りたいとは思っている」
「そうでしたか。それはそうと、私めのことは、敬愛なる乙女シスター・アストリッドと呼びなさい」
ゴメン、前言撤回。さっき見直したと思ったのはただの錯覚だった。やっぱりこの人、どこかイタい。
そもそも指導的な修道女は「マザー」と呼ばれるのが通例なのに、なんでアストリッドは「シスター」と呼ばせるんだ?
「ええ……それはちょっと……痛っ!」
俺が躊躇していると、アストリッドが杖で俺の頭をすかさず叩いた。
「呼びなさい」
「い、いえっさー……敬愛ナル乙女、しすたー・あすとりっど……」
「棒読みなのは気に食わないですが、聖女神様の教えに免じて許してあげましょう」
なんでこんな傲慢な奴が司教なんだ? 一体、パトロヌス教の教皇や枢機卿は何を考えて彼女を司教に任命したんだ? 俺は訝しげにそう思ってしまった。
「さて、迷える猪武者に薫陶を授けたところで、本題に移りましょう」
この日、クヌーテボリ大聖堂にはアストリッドと俺達、そして少数の修道女たち以外の姿は無かった。何でも、国賓たる俺達に静かな空間で説教を聞かせるための配慮だそうだ。
「畏れ多くも、聖女神様の清らかなる教えとパトロヌス教の悠久の歴史について、この私めがお教えします」
こうして、アストリッドの講義が始まった。
「パトロヌス教とは、最高神たる聖女神メルティーナ・カエキリア様をはじめ、世界中に祭られているありとあらゆる神々を信奉する世界宗教です。聖女神様は大変心の寛容なお方。基本、争い事や無益な殺生、破壊を好まない慈悲深い女神なのです」
「すると、俺たちの国、日本の神様も信仰の対象になるというのか? 日本には、俗に八百万の神と言われるほどいっぱいいるけど」
「当然、慈悲深き聖女神様は受け入れて下さるでしょう。私めどもが信仰するパトロヌス教は、それら土着の信仰だけでは足りない部分を補うことに尽きます」
「となると、その地域に元からある宗教施設の破壊などは行わないのか?」
「それは無益な破壊ですので、私めは決して行いません。建物を破壊することは、その地の文化や歴史を蔑ろにすること。聖女神様が許すはずもありません。ただし中には宗教施設の破壊を企む悪徳な聖職者もいますので、そんな人達にはお気を付けを」
俺を転生させたミネルヴァとフレイアは、メルティーナ・カエキリアという女神をどう思っているんだろうな?
アストリッドの話した定義からすれば、あの2人もパトロヌス教の神々に入る。だが、パトロヌス教の聖職者たちが言っていることが本当か、俺にはどうも判断に迷う所がある。
今度夢を見ることがあったら、訊いてみようか。
「ところで宗継くん」
「何でありましょうか?」
「あんたはさっき、この大聖堂を『寺』というよりは『神社』に近いと言っていたよな? もしかして先の戦で捕虜となった時に、直々にアストリッドに説教してもらったのか?」
俺はさっきの宗継の発言で、1つ気になることがあった。生まれて初めて見るはずの“聖堂”を前にして、宗継はこれを“神社”と表現した。
見た目ではわからないはずなのに、何故宗継はそう表現したのか少し疑問に思っていたんだ。
それに宗継は、王国との戦の時に脇本館で知内の首長・チコモタインともども捕虜になっている。いい機会だ、捕虜がどのように取り扱われていたのかもついでに教えてもらおう。
「戦場で対峙した相手と言うことを抜きにすれば、教えそのものは共感出来るところが多かったであります。もっともチコモタイン殿は頑固ゆえ、なかなか受け入れようとはしなかったでありますが」
「なるほど、納得だ。ちなみに、捕虜としての扱いはどうだった?」
「……お館様には申し訳ないでありますが、蝦夷地での日常よりも誠に幸せなものでありました。――ご飯も旨かったでありますし……」
「……」
生け捕りにしたのは、無駄な殺生をせず懐柔するためだったのか。そして恐らく、他の捕虜にした武将も同様に扱っているはずだ。俺としては王国の捕虜の扱い方は正しい気がする。
ただ、チコモタインが頑として受け入れなかった気持ちも分かるな。簡単に懐柔されては、長い間築いてきた自らの矜持が失われかねないと感じたんだろう。
だがこれからは俺達も王国と同じ立場だ。だからこそ、戦に勝っても敗軍の将を思いやれる心が大切だな。
「アストリッド猊下。ところでその聖女神メルティーナ・カエキリアの逸話を余は知りたいのだが」
「それは素晴らしいお心がけですね。よろしいでしょう、聖女神様に関するエピソードはあまりに多く紹介しきれないので、ここではその生涯をかいつまんでご説明いたしましょう」
そしてここから、メルティーナ・カエキリアとパトロヌス教の成立に関する講義が始まった。




