52 異世界でのお買い物
翌日、1561年(永禄4年)10月17日。俺達は宮殿前の広場に集まっていた。
「それでは皆さん、出発ッスよー!」
「はいっ!!」
「うぃ~っす……」
しかし、元気なラウラや彼女率いる護衛小隊(魅力的なことに全員女性)とは裏腹に、俺達7人は昨日の疲れがあまり取れていなかった。どうも、霊泉でのぼせた影響が尾を引いているらしい。
「本当に大丈夫ッスか……?」
「正直、キツイ……」
「某も、先日は少々飲み過ぎたでござる……」
俺達の様子はさながらゾンビそのもの。顔はやつれ、意思も無く不気味にラウラたちの後をふらふらとつけていく。そんな俺たちに、護衛小隊の隊員も引き気味であった。
「隊長。蝦夷地の使者が“死者”にしか見えず怖いのですが」
「変なダジャレはやめるッス! 気にしちゃダメッス!」
「はあ……」
異世界2日目、実に締まりのない一日のスタートであった。
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しばらくして、俺達は昨日宮殿に向かう途中で一度通った商店街に立ち寄った。
「ここはセントルム商店街ッス。殿下のお話では、一度立ち寄られたらしいッスね」
「ああ。ただ昨日は宮殿での行事が最優先だった故に、殆ど店の中まで入ることは出来なかったが」
「蝦夷地に持って帰りたいものいっぱいあるしね」
「では、今日はお店一軒一軒を詳しく見ていくッス!」
最初に案内された店は、かなり大規模な百貨店であった。中には生活雑貨や野菜、果物、さらに書物に衣服など商品ごとに店が分かれており、市の中に市がある光景に季貞たちは目を奪われていた。
「かように大なる商い処は初めてにござる!」
「松前では、到底考えられぬ規模でありますな」
「壮観に候」
店内の様子は、まさに現代日本で言うデパート。地上5階建てで、内部には大小さまざまな店舗が参入している。
この状況に、さっきまで倦怠感満載だった俺達も途端に目をキラキラと輝かせ始めた。
「ね~レスノテク、こっちに面白いものがあるよ~!」
「ちょっと待ちなさいリシヌンテ。……もう、本当に子どもなんだから」
他の皆が異世界での未知の文物を前にして、まるで子供のようにはしゃぎ回る中、俺と慶広はデパート内のある書店に立ち寄っていた。
俺達の付き添いは、当然隊長のラウラであった。
「物に関しては季貞らに任せるとして、余達は技術や思想について学ぶとしよう」
「そうだな……」
その書店は売り場面積こそ小さかったが、棚には天井までびっしりと本が並んでいた。店内には、立ち読みをしている人も大勢見受けられた。
「ねえラウラちゃん。王国の人の識字率って、結構高いのかな?
「そうッスね……都市部に関しては9割近いと思うッス。でも田舎に行けばいくほど、当然ながら識字率下がっていくッス。酷いところでは1割もいない地域も」
「随分と極端だな」
クヌーテボリの街を歩く限りでは、ミュルクヴィズラント王国はかなり繁栄している国だと感じていた。だが、相当地域間での格差が広がっているみたいだ。
「知っているかもしれないッスけど、この国は拡張政策によって国土を広げているところッス。だから地域によって教育に関する考え方が違っているのは珍しくッス。特に征服前は学校の『が』の字もなかった地域もあるほどッス」
「なるほど。貴族並の生活水準を持つ人間しか、学が無い地方もあるというわけか」
「それだけではないッスけど、それも正解ッス」
史実では江戸時代の日本の識字率が世界一だったらしいが、同時代のヨーロッパなどでは識字率が10%台の地域もあったという。近世の日本では庶民でも手習いをしない子供はあまりいなかったらしいが、王国の事情を聞くとそのような環境はどうも特殊らしい。
もっとも戦国時代に関しては、日本も識字率はそこまで高かったわけでは無かったのかもしれない。寺子屋が整備されたのは江戸時代からであり、武士も下野国の足利学校に行けない人間は学問は全て独学だったといって良いだろう。
寺院での説法などで培われた論理的な思考法は、史実においても西洋の宣教師を唸らせたものらしい。
中には、日本人の話を聞いてキリスト教がだんだん信じられなくなって、棄教した神父すら存在したというエピソードもあるくらいだ。
「王国自体は、教育大国をスローガンに掲げているッスけどね」
「ともかく、世界的な太平の世を築くうえでは、教育が欠かせないのだけは判明している。教養があるからこそ、人々は冷静に物事を判断できるようになるわけだからな」
「とにかく、これから魔法も並行して勉強する以上、俺達もこちらの世界の文字を原文でも読めるようにしておかないとな」
先の戦が始まる直前の最後通牒で『ミズガルズ』の文字が読めたのは、単に女神からのチート能力によるおかげだ。確かに意味を解するのが目的であればそれで十分だが、これからは原典を原文で読む必要も出てくるかもしれない。
そうだ、もう1つここで聞きたいことがあったな。
「ラウラちゃん。魔法って、意味さえ合ってれば言葉が違っても同じ魔法を発動できるのか?」
「出来るかと言えば出来るッスね。ただ意味と効果が同じでも、公式には非常によく似た別の魔法という扱いにはなるッスが」
取り扱われ方が、微妙なところで複雑なんだな。
だがこれで、蝦夷地に帰ってから地元の住民たちに、純粋に日本語やアイヌ語で魔法を教えることも出来るということが分かった。それに、慶広やリシヌンテが『ミズガルズ』に来る以前から魔法を利用できた理由も。
取り敢えず、魔法に関するノウハウを習得出来れば良い。別に俺達にとっては、公式の扱いなんぞ知った話ではないからな。問題はその実用性だ。
「ひとまず、俺達の学習のためにも訳本でも書いてみようかね」
「だが、季貞らをはじめ純粋な戦国の日本人にも教えるとなると、余達が書かなければならぬ写本の量が馬鹿にならない。こちらの言葉を瞬時に解読できるのは、今の所、余達しか居ないのだから」
「最初はそうだろうな。けど、ある程度の冊数が書き上げられれば、後の部分は市井の人間にでも任せればなんとかなるべ」
現代日本みたいにコピー機でもあれば楽なんだけどな。
一応、この時代にも活版印刷はあるらしいが、漢字文化圏の日本語や中国語にとっては使い勝手が悪い。手書きによる写本が最も現実的だろう。
こうしてみると、現代日本で自殺したことがつくづく悔やまれる。
その後俺達は、魔法や宗教、歴史学、生物学など実に200冊以上の本を購入した。
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一通りの買い物が終わると、俺達はセントルム商店街の中央にある広場に集合した。
商店街でショッピングを楽しんだ俺達。
その内訳は、俺と慶広が書物、季貞が予想通り大量の酒、宗継が王国独自の工具や騎士道関連の書物、季遠が武器屋で購入したという刀剣や弓矢、レスノテクが食器などの日用雑貨、そしてリシヌンテがお菓子。
今日一日で、蝦夷地からの持参金がほぼ全て無くなるという量だった。
「滅茶苦茶買ったッスね……」
「お買い物最高!」
「見てたら、お腹空いちゃったよ~」
「これで、松前に帰ってからの愉しみが増えたでござる……」
「領内の発展には欠かせぬものでありますゆえ」
「剛毅に候」
異世界の文物を愉しんでいるようでなによりだ。でも今回の使節団は首都クヌーテボリだけを視察するわけじゃないんだぜ? 他の街とか村とかも見て回らなくちゃいけないのに、ここで銭を切らしてどうするんだ?
「それで皆さん、今後のお金は大丈夫ッスか?」
「「あ」」
おい、「あ」じゃねえよ。何も考えてなかったんかい!
確かに俺も人のことを言えたタチじゃないが、もっと計画的に使えよ。これから他の地方を訪れたとしても、特産品とか全く買えなくなるんだぞ? どうするんだ?
「致し方ない。かくなる上は勉学も兼ねて、アルバイトにでも興じる他ないか」
「ある……ばいと? 新三郎様、其れは如何なるものに……」
「そんな野暮な事、国賓の方々に王国側がさせるわけないッス! 慶広さん、変なこと言わないで欲しいッス!」
「されど金が無い以上、拙者らは何も出来ないでありますが」
「7人分の小遣いぐらい、国費で賄えば何とでもなるッス。ガルバレク曹長、すぐに宮殿に戻って手配するッス!」
「了解!」
ラウラは俺たちが無駄遣いした分のお金を補充するべく、ラグンヒルを宮殿に派遣させた。
しかし改めて見てみると、ラウラ率いる護衛小隊は、ラグンヒルのような犬の獣人の他にも兎や狐、狸などの獣人もいる上に髪の色も様々なため、俺としては結構目の保養にはなる。
季貞達も、ブレンダと初めて出会った時よりかは、少しばかり異種族の存在に慣れてきてはいるようだ。
「そして自分たちは、曹長が戻ってきたら次の目的地に向かうッス。それまで待機ッス」
「うっす」
ラグンヒルが帰ってくるまでの間、俺達は広場でひたすら待ち続けた。




