51 霊泉
俺達はラウラに連れられるまま、宮殿の大浴場に向かっていた。
「ここが、男子用の脱衣所ッス」
「ほう、これは広い!」
ここの男子用の脱衣所は主に宮殿内にいる親衛隊所属の人々が大勢利用するとのことで、かなり広大だ。衣服を入れる籠の数も多いし、壁や床もピカピカに磨かれてある。もっとも俺達5人が使う分には、広すぎて落ち着かないが。
「そして奥の大浴場には、大量の魔力が含まれている霊泉が引き込まれているッス。だからリラクゼーションには最適ッス!」
「りらくぜーしょんとやらはよくわかりませぬが、効能は高そうでありますな」
「自分たち親衛隊や王国軍の皆さんは、日頃の訓練で大量に魔力を消費するッス。ここは主にそういう人たちの回復のために浸かる大浴場ッス!」
そして二次元の世界的には、霊泉で魔力を摂取することによって体の成長が相当早まるなんて展開もあったりするものだがな。つまり壁の向こう側の女湯にいる女子たちの発育も……ゲフンゲフン、想像するのはやめにしよう。
とりあえず、ラウラの話を聞く限り1日の魔力の回復量には限界があるらしく、寝て起きれば必ず満タンになっていると言うわけでもなさそうだ。
「……ところでラウラちゃん。いつまでここにいるんだ?」
「へ?」
「いや、だから……このままここにいると色々と問題が……」
「……あ、ああ! 失礼したッス!」
俺の指摘に、ラウラは急に赤面して脱衣所から逃げるように退出した。
男子用の脱衣所に女の子1人。それは、肉食獣の群れの中に小鹿が1匹いるようなもの。別の意味で、ラウラを食べるヤツ男がいるかもしれないしな。
「余は軽々しく女子を食らうほど軽率ではないぞ」
「あれ? 聞こえてた?」
「だだ漏れに候」
「まあ、冗談だって冗談。俺も本気でそう思っていたわけじゃ……」
いや、1人危なっかしい奴がいたな。
「うぃ~っ、温泉と言えばやはり酒は付き物にごじゃる~」
そう、季貞。さっきのパーティーでウイスキーを1人で10瓶も平らげた酔いどれ侍。素面の時ですら性に関する話題に割りと食いついてくる彼のことだ、酒の勢いで女湯にダイビングしていかないとも限らない。警戒しておかないと。
「備中守殿。それ以上の酒は控えた方が宜しいであります」
「何を申しゅでごじゃるか~。南条越中守の嫡男ともあろ~男が、甲斐性が無いでごじゃる~……ひっく」
ついにしゃっくりまで出てきたよ、この武士。しかも絡み酒とか……宗継、哀れ。
どうやら父親の守継に似て苦労人のようだ。守継も鷹姫には散々手を焼いているからな。
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「……な!?」
いよいよ王国の霊泉に浸かろうと脱衣所を抜けると、大浴槽に予想していなかった先客が複数名入浴していた。
「あら、奇遇ですのね」
「え……ええ!? なんで!?」
「堂々と入ってくるとは、死ぬ覚悟は出来ているようだ」
「いやいやいやいや、ちょっと待て!」
ヴィクトリアとイングリッド、ブレンダ、レスノテク、リシヌンテの女子5名が何故か男湯の中にいたのだ。
「うぃ~っ、これじょまさしく桃源郷にごじゃる~……」
「な、何を呑気な事を言うでありますか、備中守殿!」
「何故、男湯に……」
「お、男湯っ!? あんたたちこそ変なこと言わないでよ! ここは女湯よ!」
「それ以上白々しい嘘を吐けば、私の灼熱嵐が黙っていない」
まさか、湯ノ岱温泉の時以上に美味し……けしからんイベントになろうとは。
それにしても、話がどうも噛み合わないな。俺たちが男湯として案内されたと主張する一方で、レスノテクやブレンダは女湯と言い張る。
もしかしてここは、アニメとかでよくある時間ごとに男湯と女湯が入れ替わる大浴場で、たまたまその入れ替わりの時間にぶつかったとか……。
「待つのじゃ、皆の者」
ここで、イングリッドが止めに入った。
「これは妾の計らいじゃ。こうして男女別に滞在させている以上、妾のような女子は男子と話す機会が減るからのう。どうせなら、湯浴みで裸の付き合いに興じるも悪くはのう思うて」
「だからといって、間違いが起こる心配はありませんわ。そこの貴方、少しこちらにおいでなさいな」
「承知にて候」
ヴィクトリアに誘われるままに、季遠が羨ましくも女子のほうへと歩いていく。
「ぬ……? 何事にて候」
すると、浴場のちょうど中心線付近にて季遠が全く前に進めなくなってしまったのだ。
「この通り、仕切りの代わりに魔法で結界を張っておきましたの。これで殿方はわたくたちに指一本触れることは出来ませんわ」
やっぱ簡単には触らしてくれないか。しかし、目の保養は許されているみたいだな。これを堪能しない手は無い。
据え膳食わぬは男の恥! 楽しませてもらうぜ……へへへ。
「ふう……しかし、異世界『ミズガルズ』にもこのような温泉があったとは驚きだ。それも、霊泉とは恐れ入る」
「霊泉は王国各地から湧き出ておるのじゃ。このお湯もクヌーテボリ近郊の温泉地から引っ張ってきておる。されど、なぜ魔力が湯の中に含まれるか詳しい理由については解明されておらぬ」
「伝承では、神々の世界『アースガルズ』とこちらの世界『ミズガルズ』の間にある“ウルズの泉”の魔力が、地中に滲み出して霊泉となって湧き出るようになった、とされておりますわ」
「妾はこの伝承を真実と思うておる。実はこの20年で霊泉の魔力量が相当増えてのう。先の宴の話ではないが、『数多くの世界が融合した』ことが真であれば、近年霊泉の魔力量が加速度的に増大しているという事実に説明がつく」
本来の北欧神話通りだったら、ウルズの泉は世界樹ユグドラシルの根の直下にあるとされる。何でも、北欧神話における運命の女神、ノルンたちが世界樹が枯れないように管理しているとかって話だったな。
もっとも、この融合した世界には北欧神話にとどまらずローマ神話やギリシャ神話、日本神話に中国神話の神々もいるから、本当の所はわからないんだけど。
そして霊泉の魔力が増大しているのは、きっと数々の世界が融合したことで『ミズガルズ』と『アースガルズ』の距離が縮まり、直にウルズの泉の魔力を授受することが出来るようになったからだ。
俺はそう思う、ただの推測だけど。解説は以上。
「ご、ごめん……ちょっと早いけど上がらせてもらうわね」
すると、レスノテクが少し具合が悪そうな仕草で大浴場から出ようとしていた。
「レスノテク殿、どうされたのじゃ?」
「なんか、ちょっとのぼせちゃったみたいで……」
確かに、彼女の足取りも少しおぼつかない状態だ。結局彼女は、イングリッドが呼んだお手伝いさんによって女子用の脱衣所へと運ばれていった。
「少々、温度が高かったのかしら」
「どうだろうな? さっき大声を発しまくっていたから、血が余計に頭に流れていったんだろ」
「もしくは、あの少女の容量を遥かに超えた魔力が彼女の体に蓄積された。私にはそう思われます」
ようやく怒りが静まったブレンダの冷静な推測には目を見張るものがあった。。
容量――俺と慶広的にはMPのことか。ということは、元のMP値の高い俺と慶広、リシヌンテはともかく、レスノテクや季貞達3人はそう長くは浸かっていられないらしい。
特に季貞はいつものことながら泥酔状態だ。せっかくの温泉なのに、この場で吐いてもらっては困る。どこかで、宗継と季遠の手で強制的にでも季貞を引きずり出させる他ない。
「も、唐土の故事にもごじゃった酒池肉林が……今、某の前に……!」
そんな俺の心配をよそに季貞の暴走は止まらない。脳天気すぎる彼の様子に、俺を含め他の8人は呆れるばかりであった。
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季貞がようやく落ち着きを取り戻したところで、俺達は大浴場にて諸々の話をしていた。
「ところで、お前たちに教育係がついたとのことだが」
「ああ。ラウラ・ミュルダールという親衛隊所属の少尉のことか」
「ラウラ・ミュルダール……聞いたことが無い」
ようやく混浴という非日常体験に慣れてきたブレンダも、ラウラのことは全く知らない様子。そりゃあ、同じ王国軍でも所属している部隊が違うんじゃ面識はないよな。
そもそもラグンヒルいわくラウラは士官学校を卒業したばかりで、知名度もほとんどないに等しいはず。
「わたくしも存じ上げない方ですわね」
「それでも父と母が選定した人物じゃ。信頼のおける者に違いはなかろう」
「……そうなのかな」
うーん、寝室の件と言い脱衣所の件と言い、ラウラは真面目でいてどこか抜けているイメージがあるんだよな。
本当にあの子、頼りになるのか? さっきは士官学校卒だから安心だろうと思ってたけど、やっぱり心配になってきた。もしかしてヨアキム国王も、蝦夷地の人間の教育係はあの程度で十分とでも思っているのか。
「失礼なことを言うでない、武親殿」
「あれ? 聞こえてた?」
「ええ。それはもうばっちりですわ」
「ボクの耳にも聞こえたよ~」
「戦場に立つ者として、無様なまでに不用心」
やばいやばい、脱衣所と言い大浴場と言い、今日の俺は思ったことがそのまま口に出てしまうみたいだ。気をつけないとな。
「王国軍の士官になるためには、クヌーテボリから南に50㎞進んだところにあるセーデル王立士官学校を卒業せねばならぬ」
「わたくしたちも全員王立士官学校の出身でしてよ。そして王立士官学校の勉強と訓練の厳しさは王国一とのこと」
「だから、いくら無名の士官だからって甘く見ない方がいい」
「う、ごめん……」
つい圧倒されて、謝罪してしまった。別にこちらが悪かったわけじゃ……いや、悪口だったか。俺はばつが悪くなって、一瞬お湯の中に顔を沈めた。
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それからしばらくして、ほとぼりがさめたと判断した俺はヴィクトリアに1つ質問した。
「なあ、1つ訊いて良いか?」
「誇り高きセーデル王立士官学校を傷つけた人の話なんて、聞くに値しませんわ」
「わーってるって! だから謝ってるだろ!」
「それに混浴とは言え、胸をジロジロ見つめる殿方とは」
「そ、そそそ、それは関係ない!」
「ふふふ、冗談ですわよ。ごめんあそばせ」
ヴィクトリアさん。王女だからって、人の心を弄ぶなよ全く。
「それで少年。訊きたいこととは」
「あ、ああ。あのさ……魔法って、使う人によって発動特性とかあるのか? それとも発動条件さえ整えば、誰でも同じ魔法を行使できるのか?」
俺はふと、勝山館での戦いのことを思い出した。
王国軍から矢を集めるために作った藁人形に向かって、鷹姫が俺を殺すために釘を打ったあの一件。結局、俺の体はあれからずっと無事のままだ。
ただ昔から日本では伝統的な呪術だけに、魔法が存在する世界と融合した今なら何かしらの効果があっても良さそうな気もする。
この質問にはヴィクトリアが答えた。
「発動特性はあることにはありますわね。例えばわたくしなどは、雷属性や光属性、闇属性を得意としておりますわ。またブレンダは風属性や炎属性魔法の優秀な使い手でしてよ」
「種族ごとに得意な魔法とか変わるのか?」
「種族によって多少の得手不得手はありますわ。けれども今日、他種族との交流が進み、種族特有傾向は消えつつありますの。先ほど申し上げた発動特性も、努力次第で克服できるものが大半です」
「ただ、同種族でも個人によって魔力の限界容量にはかなりの差がある。どこまで克服できるかはその人次第だ」
努力次第では発動特性を克服できるのか。素質さえあれば、あらゆる属性の魔法を使用出来るようになるというわけか。
ただ、鷹姫は典型的な日本人だ。俺の経験上、日本列島の住人の大半が魔法の素質のない人間ばかり。結局、彼女が呪術を発動できなかったのは、単純に素質が無かったからかもしれない。
「それは良いことを聞いた。余もそろそろ、陰陽の術の他にも『ミズガルズ』の魔法を習得したいと思っていたところだ」
「オンミョウの術とな? それは何じゃ?」
「興味をそそられる内容ですこと」
「私にも是非教えてほしい」
「基礎を語るだけでも相当に時間がかかるのだが……」
「新三郎様! 拙者も教えを乞いたいであります」
「右に同じく候」
「某を置いていくな~……うえっぷ」
「ボクも知りた~い!」
「そうだな。では今日の所は、さわりの部分だけでも教えておくか」
そう言えば、慶広も魔法……というか陰陽の術を習得していたな。今思えば、元服の時までに慶広から教えてもらえればともっと有利に戦を運べたかもしれないが、そんなことを考えても始まらない。
イングリッドや宗継たちに混ざって、俺も教えてもらおうっと。
それから、慶広による陰陽道についての講義が始まった。が、陰陽道とは何か、陰陽道の大まかな歴史など基礎の基礎だけで時間を大幅に費やしてしまい、気づいた時には全員霊泉の中でのぼせてしまっていた。
俺にとっては知っていることばかりで、途中からブレンダや王女様たちの美しい素肌に見とれていた。あのもっちりスベ肌とか、見事なプロポーションとか。
……あ、これはこれで結構俺得だったね。
「ああもう! 扇ぐこっちの身にもなってほしいッス!」
「まさか2時間近くも浴槽に入りつづけていたなんて……。魔力過剰でよく意識不明になりませんでしたね」
「王女殿下にも困ったものッス! まさか宮殿内で混浴しようなんて……」
やっとの思いで大浴場から脱出した俺は、脱衣所の床に寝そべってラウラたち護衛部隊の人に扇いでもらいながら、そんなことも考えてみたりした。




