50 メイド兼護衛部隊
パーティー終了後、俺たちは男女別々に寝室に案内された。
まあ、夜の間に間違いが起こってしまいないようにとの配慮だろう。ともあれ、ようやくフカフカの布団――ヨーロッパ風の異世界だから布団じゃなくてベッドだが――にありつけるぜ。
「かように寝る位置の高い布団は初めて見たでござる」
「しかしながら、中々に寝心地の良さそうな布団でありますな」
「快眠必至に候」
ベッドも初体験の季貞、宗継、季遠の3人。しかもそのベッドは、豪勢なことに天蓋付だった。
さすが、伊達に巨大な宮殿を建てていない。俺、世界征服やめてクヌーテボリ宮殿に住み込もうかな……おおっと、冗談冗談。夢の中で、2人の女神に叱られちゃう。
そして各自がベッドのそばにあるテーブルの下やクローゼットに荷物を置いた後、俺と慶広はアストリッドとリシヌンテが神々から預かったとされる神託の内容について話していた。ちなみに季貞達3人は、掛け布団に入る間もなく夢の世界に突入した。
「しかし武親。この世界樹の異常によってできた世界が、滅亡の危機に晒されているとは恐れ入ったな」
「そうだな慶広。でもリシヌンテは具体的な時期を教えてもらったわけじゃない。ということは、本当に滅亡に至るまでには時間があるとも取れると思うけど」
この時俺は、普通なら逆境と捉える「滅亡」を、逆に好機と捉えていた。
「自分たちは世界を滅亡から救う勇敢な正義の味方」であると言う風に喧伝すれば、この先戦を仕掛けるときの大義名分を考える必要がなくなり、味方の鼓舞にも利用できる。俺はそう考えていた。
21世紀とは違って、この時代の日本人はまだまだ迷信深い人が大半。それは、未だにブレンダを「化け猫」呼ばわりしていることからもわかるだろう。従ってアストリッドとリシヌンテの神託は、宣伝に使えると思ったのだ。
上手くいけば、季貞達のみならず、蝦夷地にいる皆の気持ちを天下取りに向かせることが出来るかもしれない。
俺がこのように考えたのには、ある背景があった。
実は戦国時代の人間は、その大半が本気で天下を狙っていたわけではない。「あわよくば」と考える人は多かったのだろうが、実際は周辺の大名との領地争いや内部抗争に悩まされそれどころではない。
無論、俺と慶広以外の蝦夷地の人間も例外ではない。
ではなぜ、ゲームやドラマ等では「大名は挙って天下取りを本気で狙っていた」という設定にしているかと言えば、そっちのほうが盛り上がるからである。
確かに京周辺の大名であれば将軍を擁立して天下の実権を握るということを夢見ることもあるだろうが、京から最も遠くに離れたところに領地を持つ蠣崎家の人間を天下取りに駆り出すためには、相応の動機付けが必要になる。
ましてや史実と違い織田信長が死んだこの世界では、誰よりも事情を知っている俺たち蠣崎家の手で天下統一を成さねばならないのだから、この点について深く気をつける必要があるだろう。
俺は以上の考えを慶広に伝えた。
「さすが生粋の歴史オタクだな、武親。さすがの余もこの点だけは見落としていたぞ」
「歴史オタクだけじゃない。俺は二次元オタクでもあ……」
「それはさておき、余達が戦わなければならない理由がまた1つ増えたな」
俺の発言をさて置くなよ。でも自分の世界が滅亡しかねない以上、それを防ぐためにも、世界征服を絶対達成さなければならないのは同感だ。
その時、「トントン」と寝室のドアがノックされる音が聞こえた。
「む? 誰であるか?」
「俺が出よう」
ドアを開けると、そこにはメイド服に身を包んだ赤い髪のポニーテール少女が1人立っていた。
「君は?」
「自分は、蝦夷地の使者の世話と護衛、そして教育を任された王国親衛隊第1連隊所属のラウラ・ミュルダール少尉という者ッス! これからよろしくッス」
「あ、ああよろしく」
ラウラ・ミュルダールと名乗る元気なその少女は敬礼した後、運んできたお茶をテーブルの上に次々と手際よく置いた。
「おや? そこの3人は、もうお休みッスか?」
「余達は長い船旅と宴で疲れ切っている。今は静かに眠らせておくのが良いだろう」
「ところで君は親衛隊所属って言ってたけど、なんでメイド服姿なんだ?」
普通、親衛隊の人と言ったら軍服を着ていそうなイメージがある。だが今のラウラはそうではない。給仕姿なのは何故?
「自分は確かに親衛隊所属ッス。でも自分が指揮している小隊の仕事は、基本的に前線と後衛両方の親衛隊員のお世話をすることッス。だからメイドの仕事はお手の物ッス!」
「なるほど。とすると、護衛のほうは……」
「あと、自分の小隊は親衛隊の移動中に殿を任されることも多いッス。だから、戦いのほうも大丈夫ッス!」
「ところで余が気になるのは、“教育”という部分なのだが」
教育と言うことは、今日紹介しきれなかったミュルクヴィズラント王国の案内を、明日からはラウラが担当するということか?
まあ、彼女も仮にも士官なんだ。知識のほうに問題は無いのだろう。
しかしラウラの言う教育は、もう一つの意味があった。
「国内の名所や歴史、技術の教育のほかに、自分が7人に“魔法”を教えることになったッス。だから自分のことは“教官”と呼んでほしいッス!」
なるほど。確かにヴィクトリアやイングリッドは王族としての公務があって忙しいのだろう。ブレンダも軍の任務で、アストリッドも聖職者と軍の両方の仕事で多忙なのは想像できる。
だからこそ、俺たち専用の教導官としてラウラが抜擢されたわけなんだな。
しかし、俺たちと同じぐらいの年齢の、それも俺より危なっかしそうな女の子を教官と呼ぶには抵抗があるな。
ここは1つ、彼女をイジってみるとするか。
「わかった。じゃ、これからよろしくラウラちゃん」
「ああ! “教官”と呼んでほしいと言ったばっかりなのに!」
「まあまあ、そう怒ることは無いだろう、ラウラちゃん」
「うう……。じゃあ、ラウラちゃんでいいッス……」
あ、結構あっさりと折れた。勢い任せの発言だったのかな?
すると、ドアの前で応対する俺たちの元に、これまたメイド服姿の犬耳美少女が現れた。
「……すみません使節の皆さん。ウチの小隊長の見栄に付き合わせてしまって」
「いやいや、気にしなくていいよ。ところであんたは?」
「私は王国親衛隊所属のラグンヒル・ガルバレク曹長です。ミュルダール少尉の補佐をしています」
「ラウラの副官か」
「はい。今年隊長が士官学校を卒業して我が隊に就任して以来、私が補佐を務めています。少尉は今年14歳になったばかりで、色々と見栄を張りたいお年頃でして……」
「が、ガルバレク曹長! 余計なことは言わないで欲しいッス!」
スラッとした可愛い系犬耳美少女のラグンヒルと、副官の彼女に翻弄されるラウラ。階級こそラウラのほうが上だが、ラグンヒルのほうが隊のメンバーのことをよくわかっていそうだな。
「……ぬ、声が五月蠅いでござる……」
「これでは、安眠できないであります……」
「却って、目が冴えてきたで候……」
ラウラが暴走したおかげで、眠りについていた季貞達が起きてしまった。もちろん、3人とも全員寝起きの顔である。
「丁度良い。武親、季貞、宗継、季遠。疲れを取るために一度風呂にでも入ろうではないか」
「おお! そういえば、この地に着いてからまだ一度も入っていないでござるな」
お風呂か。そういえば蝦夷地を出発してからまだ一回も入っていなかったな。また、湯ノ岱温泉の時みたいにならなければ良いんだけどな……。
するとラグンヒルが、あからさまに俺たちの体に鼻を擦り付けて、ニオイを嗅ぎはじめた。
「くんくんっ。うーん、やっぱり男の子ですね。結構きついニオイがします」
「ら、ラグンヒルさん?」
「こっちの人も……やっぱり臭いますねえ」
「な、なんでありますか? この化け犬は?」
「でも、なんか嗅いでるうちにクセになりそうなニオイ……」
ラグンヒルさん、もしかしてニオイフェチなのか? しかし犬耳美少女に顔をスリスリしながらニオイを嗅がれると変な気分になってしまうな……。
「ガルバレク曹長! い、いつまでニオイを嗅いでるつもりッスか!」
「はっ! す、すみません! 犬人族の習性でつい夢中になって皆さんにニオイを……」
「と、ともかく宮殿には大浴場が幾つかあるッス! 準備が出来次第、自分が案内するッス!」
「う、うむ。承知した」
「さ、ガルバレク曹長。入浴の準備ッスよ」
「は、はい!」
ラウラはラグンヒルを強引に俺たちから引きはがすと、俺たちの前から姿を消した。




