48 ミュルクヴィズラント王国到着
10月16日。俺たちの乗っている戦艦『フリングホルニ号』が大海原を海を突き進むこと約2週間、水平線の彼方に久方振りの陸地がようやく顔を出した。
そこは異世界『ミズガルズ』。ミュルクヴィズラント王国の地であった。
「武親、ようやく目的地が見えてきたぞ」
「おお……」
目の前にあるのは、湾の奥にあって非常に発展した西洋風の港町。
港自体も、松前のような木製の桟橋は無く、まるで真新しいコンクリートで造成されたような白い石造りであった。それらをよく見てみると、大理石で出来ているようだ。漁船や交易船の数も松前の比ではなかった。
戦国の日本に生まれてもう13年。美しき日本の原風景にどっぷり浸かっていた俺だったが、そろそろ異国情緒溢れる風景にも巡り合いたいと思っていたところ。そしてついに、そのささやかな願いがようやく達成されたというわけだ。
とここで甲板にブレンダが登場した。
「2人とも、埠頭に着いたら私の後に続いて船から降りて。私が案内する」
「ブレンダが?」
「何か不満か?」
「いや、別に……」
なんだ? 挨拶代りの意味のない俺の問いかけにムキになるなんて。何かあったのか?
「……さっき、お前の仲間が私に向かって失礼なことを言った」
「失礼なこと?」
「『化け猫が先導するとは、黄泉の国にでも引き連れるに違いない。くわばらくわばら』と。だから私は化け猫ではないと、あれほど言ってるだろうに」
そう思い出しながら語っているブレンダの眉間には大きな皺が寄っていた。
もはや定着したって感じだな、ブレンダ=化け猫ってキャラが。前世で腐るほど異世界ファンタジー作品を鑑賞してきた俺と違い、戦国時代の日本人にとって彼女はまさに化け猫。この先、他の獣人を見かけることがあれば、彼らは「化け○○」と呼ぶことになるだろう。
この使節派遣から帰ってきたら、他の蠣崎家臣にも『ミズガルズ』を含むファンタジーな異世界について教えていく必要があるな。勿論、海の向こうで教えてもらったという名目でね。
「あと30分弱で到着だから準備をお願いする。私はこれで」
そう伝えて、ブレンダは甲板を後にした。
「では、余たちも寝室に戻ろうか」
「ああ」
そして彼女の後を追うように、俺達も船の中に入っていった。
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港に到着したフリングホルニ号を降りると、俺と慶広以外の渡航者は初めて体験する未知の世界に興味津々の様子だった。
「斯様な街並み、目にしたこともござらん!」
「これは如何なる材にて造られた家でありましょうか?」
「世界は誠に広きものにて候」
「本当、美しい街ね……」
「ピリカ~!」
それもそのはず、鉄砲伝来が無くなったこの世界で、西洋風の文化に触れる機会は王国との戦争前まで皆無だったからだ。
そんな俺達を先導するのは、ブレンダとアストリッド、そしてヴィクトリア。港で待ち受けていたのは、無数の王国民と、異世界の文字で書かれた「ようこそ! ミュルクヴィズラント王国へ!」の横断幕であった。
さらに奥には幅100mの大通りがあり、大通り横には街路樹と高い建物が整然と並んでおり、一番向こう側には宮殿らしき建物も見える。
もちろん、大通りは中央部を除いて俺たちを出迎える観衆で埋め尽くされており、通り沿いの建物の窓からは王国の国旗らしき旗が掲げられていた。
「ここはミュルクヴィズラント王国の首都、クヌーテボリ。街自体は800年近い歴史がある」
「人口はおよそ50万人、商業と信仰の中心です。私めが司教を務める大聖堂はあちらに」
「いかがでして? このように栄えている街はご覧になったことがないでしょう?」
「これが異国の都でありますか……」
「恐れ入り候」
今回の渡航で初顔合わせの南条宗継と小平季遠は、羽目を外したいと考えつつも、武士としての誇りからなんとか表面上は取り繕っていた。もっとも、ソワソワしている素振りは隠せておらず、護衛の王国軍兵士は彼らの様子を微笑みながら見守っていた。
だが一方、季貞とリシヌンテは自制心も何のその、自らの知識欲の向くまま彼方此方に好奇心を振りまいていた。
「わあ~! すっご~い!」
「さて、異国の酒が置いてある店は何処ぞ?」
俺やレスノテクは、そんな2人の様子を冷ややかな眼差しで眺めていた。
「まったく、子どもじゃないんだから。少しは将来上に立つ者としての自覚を持って欲しいものよね」
「あはは……」
そう批判するレスノテクも、内心はうずうずしているのが体の震えからもわかる。
無理もない。俺だって異世界に来て心がどうしようもなく踊っている所なんだから。
それはさておき、この10日間、俺達は渡航者や王国関係者の双方と交流を深め合って過ごしていた。仲良くやるのは当然なのだが、理由はそれだけじゃない。
人脈を作ることで、将来政治的な取引をする際に交渉しやすい下地を作るという企みを俺は持っていた。更には、未だ見聞きしたことのない日本や異世界の現状に関する情報を引き出しやすくするためでもある。
異世界はともかく、なぜ日本までって? それは本来起こるはずのなかった2度の戦や信長の死によって、単純に俺の知っている戦国時代の日本から大いに離れてしまったから。つまりは未来予測が難しくなったからである。
自分の歩むべき道を進むためにも、何としても正確な情報を得る必要がある。
「――さて、こちらが我がミュルクヴィズラント王国が誇る宮殿、クヌーテボリ宮殿ですわ」
歩くこと1時間。やっと姿を現したのは、フランスのヴェルサイユ宮殿を想起させるような、超がつくほど巨大な王宮。
建物もさることながら、入口となる門やその奥にある庭や噴水の大きさからも、ミュルクヴィズラント王国の国力が窺える。
「武親。松前の徳山館など、この王宮に比べればあばら小屋同然だな」
「慶広、それはさすがに……言い過ぎとも言えないね」
徳山館が江戸城とか姫路城とか、はたまた大阪城並に大きければ踏ん反り返ることも出来ただろう。
しかし、元来防御性重視の山城の徳山館にそのような規模を求めているほうが間違っている。ましてや、このクヌーテボリ宮殿と比較すべき対象じゃない。
俺と慶広含め、蝦夷地からの渡航者は全員、宮殿の規模に完全に圧倒されていた。
「わたくしのお父様とお母様が謁見の間にてお待ちになっていらっしゃいますわ。では、こちらに」
現実に引き戻された俺達は、ヴィクトリアたちに案内されるまま中に入っていった。
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「お父様、お母様。蝦夷地からの使者をお連れして参りました」
「御苦労」
俺達は、クヌーテボリ宮殿の謁見の間に通された。謁見の間には、近衛兵らしき人物が何人も中を見張っていた。
そして一番奥の2つの玉座に座る人物こそ、ミュルクヴィズラント王国の国王とその王妃なのだろう。
……ああ、緊張してきた。蝦夷地にいた時には、たとえ季広さんに初めて挨拶に行ったときでも、ここまで張り詰めたことは無かったのに。やはり一地方の大名――領主と、大国を統べる者とでは風格が違うんだろうな……。
「よくお越しになった。朕はミュルクヴィズラント王国第2代国王のヨアキム・エイナル・ミュルクヴィズラント。世間では“ヨアキム1世”の名で通っておる」
「私は王妃のマルティナ・リスベツ・オクセンシェルナですわ」
国王と王妃の姓が違う。と言うことは、王国の少なくとも中心的な地方は夫婦別姓と言うわけか。
対して戦国の日本は……実はよくわからない。何故なら、明治が始まるまで女性は自分の苗字を公にはしなかったからだ。確かに実家の苗字で知られている女性もいるが、それらはあくまで通称。
本当のところは、現代日本でも説が分かれていたし、当事者となってからの俺自身もあまり気にして過ごしていなかった。帰ったら確かめてみるか。
それに国王も王妃も、俺達の誰よりも背が高いと見えた。玉座の前の段差なんて無くても、きっと俺達は見下ろされることになるだろうな……。思い返せば、イングリッドもヴィクトリアも俺より一回り以上背が高かったような。
いやいや、俺達は蠣崎家の使者なんだ。ビシッとしないと。
松前からの贈呈の品を献上したところで、俺たちは自ら名乗り上げた。
「余が正使である蠣崎若狭守季広が三男、蠣崎新三郎慶広だ」
「俺は副使の不破五郎武親です」
「某は厚谷備中守季貞と申す者にござる」
「拙者は南条宗継であります」
「小平季遠にて候」
「リコナイの首長、レスノテクよ」
「チリオチの首長チコモタインの娘の、リシヌンテで~す!」
パリッと決めた感のある和人側に対し、アイヌ側はわりと普段と変わらない態度であった。さて、俺達のこと、国王陛下と王妃殿下の目にはどう映ったんだろうか?
「ほう……なかなか興味深い者どもだな。贈呈の品も然り。のう、マルティナ」
「ええ。大陸のいずれの国とも異質な文化をお持ちのようで。特にこの器……珍しい物が塗られているようですわね」
宮殿の召使いらしき男性から贈呈の品を手渡された国王と王妃は、それを興味深そうにジロジロと見つめていた。
大陸のいずれの国とも、ねえ。つまり異世界『ミズガルズ』においては、日本に相当する文化圏の場所は無いってことか。松前から持参してきた漆器に夢中なところを見ると、漆は王国周辺には生息していないらしい。
恐らくあの2人の俺達を見つめる目は、前世の世界で言うところのオリエンタリズムに近いものだろう。
「それはともかく、此度は遠路はるばるお越しになった客人をもてなすべく、朕から盛大なパーティーを用意しておいた。後で宴の間に来るとよかろう……ゴホッ、ゴホッ……」
「陛下!?」
「す、すまぬ……異国の客人に会うため、今日は無理を押して謁見の間に臨んだのだ……ゴホッゴホッ……」
随分、体調悪そうだなヨアキム国王は。何の病気なんだ?
するとそこに、ヴィクトリアがそっと耳打ちをしてくれた。
「――お父様は、ここ数か月病床に伏せておりましたわ。それも、正体不明の病に冒されて」
「正体不明の病?」
「ええ。国中の医者に診せてもらいましたが、結局不明のまま。治療も施せず、わたくしたちも困惑しておりますの……」
うーむ、ミュルクヴィズラント王国の医療技術のレベルがまだわからないからな。果たしてヨアキム国王の病気が、現代日本では完治できるものなのか、それとも最先端の医術ですら手の打ちようがないものなのか。
俺の医療関係の知識は、市販の刊行物をかじっただけのもの。そんな俺にまともな診察や治療は出来ない。
「なんで、そんな無理してまで……」
疑問に思い訊こうとしたが、ヨアキム国王がそれを遮った。
「ゴホッ……客人どもよ、心配召されるな。それよりも、宴の席でお前たちの国についてゆっくりお聞かせ願いたいのだが」
「……わかりました」
その後謁見の間での儀式が終わり、俺達は宴の間へと案内された。




