4 武親の戦闘能力
稽古場所は茂別館の裏庭。そこで俺と広治兄上は木刀を持って互いに向かい合っていた。
「今日はこの俺が稽古をつける。丸、用意はいいな?」
「はい! 兄上!」
武士たるもの武芸の稽古は日課であり、俺も木の棒を人に見立てての剣術の稽古や弓矢の練習をしたことはある。だがこうして人対人で闘う形式の稽古は初めてであった。
さて稽古も始まることだし、ここで女神たちから与えられた能力の紹介を1つ行おう。
今回使うのは「自分や相手のステータスを数値化して表示できる」。
「いやいや、ゲームじゃないんだから」とか言っている、そこのアナタ! 論より証拠。まずは俺のステータスを表示させてみよう。
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名前 不破武親
HP 4860/4860
MP 685/685
攻撃 458
防御 490
魔攻 224
魔防 227
敏捷性 104
名声 254
状態異常 なし
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ご覧の通り、まさしくゲームみたいなステータス表示である。おかげで自分の強さや状態が手に取るようにわかるから大助かりだ。だがこの数値を見ただけでは、俺が他の人と比べてどのくらい強いかがわからないことだろう。
そこで、次に広治兄上のステータスを数値化させて見てみよう。
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名前 不破広治
HP 907/907
MP 61/61
攻撃 130
防御 115
魔攻 14
魔防 23
敏捷性 52
名声 1540
状態異常 なし
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名声以外は見事に俺のほうが数値が上だということがこれで証明された。
だが兄の名誉のために言っておくと、彼だけが突出して低いわけではない。この6年、気づかれないように領内の様々な人物のステータスを見てきたが、程度の差はあれ、大体は彼と同じくらいの能力値だった。むしろ兄の数値はやや高めといってもいい。
俺のこのやけに高い能力値も、ミネルヴァとフレイアが俺の世界征服を後押しするために授けたものの1つ。これを活用しない手はない。
それに戦いというものは、その8割から9割が情報戦を占めていると言われている。いくら相手が個の武勇で優れていたところで、情報さえ握っていれば弱点を上手く突けるという算段だ。つまり俺は、「戦闘能力」のみならず「情報」についても規格外な存在なのである。
ではこれを踏まえたうえで、稽古に臨むとしよう。
「丸! 手加減はいらぬぞ! いつでもかかってこい!」
「はい!」
いよいよ稽古本番。稽古とはいっても、兄の目は戦場の最前線で果敢に戦う男の目をしていた。いくら高い能力値を誇る俺とて、気を抜くとやられるかもしれないな。
勝負は一瞬。最初のこの瞬間が一番大事だ。
「うおりやああああああ!」
稽古開始直後、俺は防御体勢に入っている兄めがけて木刀を目一杯の力でたたき付けた。
「ぐっ……!」
俺の力で兄の木刀は真っ二つに折れ、兄はそのまましりもちをついて地面に倒れた。一方の俺の木刀も、力のあまり粉々に砕け散った。
「ありっ?」
確かに渾身の力を込めはした。だが、木刀がこうもあっさり砕けるなどとは全く思わなかった。
「ひ、ひぃ……!」
一方、俺にパワー負けして地面に仰向けに倒れたままの兄の目は、凄まじいほど強張っていた。
「こ、降参だ! 許してくれえ!」
そして兄は声を震えに震わせて負けを認めた。6歳の子どもに泣かされる20歳のサムライ、実にシュールな光景だが、これが俺のパワーの強さを物語っていた。
「だ、大丈夫ですか兄上?」
「ちょ、ちょっとその辺で休息をとってくる……」
そういって兄は稽古場から姿を消したきり、戻ってくることはなかった。
その後、俺は兄が戻ってくるのを待ちながら、木の棒を相手に1人で黙々と稽古を続けた。だが一刻(約2時間)が経つ頃には、稽古場にあった木の棒はすべて粉々に砕ききってしまった。
木の棒といっても、細くていかにも折れやすそうな枝などではなく、結構太くて硬いものである。実際、大人が木刀で叩いても滅多なことでヒビが入ったりはしない。だが俺はそんな木の棒を1本あたりわずか1~3回の攻撃で破壊していたのだ。
これ、あとで父や兄に怒られて山まで伐りに行かされるパターンだよな……。
「丸……ってなんですか!? この惨状は……!?」
そのとき、稽古場にいる俺にある女性が声をかけた。何を隠そうこの女性がこの世界における俺の母、お凛である。年齢は27歳。
実は父・武治は前の正妻であるたけとは死別していて、蝦夷地に来た頃にお凛と出会い継室にしたらしい。ちなみに彼女から生まれた子どもは俺1人で、他の兄弟は全員たけの子どもだという。
しかしながら武治54歳に対し、お凛は27歳。年の差婚ってのは、何時の時代もあるものだねぇ。
「あっ、母上……これは……」
「もう! こんなに散らかして! 今すぐ片付けなさい」
「は、はい!」
俺は慌てて木の棒だった破片の片付けに取り掛かった。
「それと片付けが終わったら、あとで父上のところにもいらしてくださいね。父上が丸をお呼びのようですから」
そう言い残して母は稽古場を去っていった。
父が俺を? 何の用なのだろうか? 俺は片付けが終わると、急ぎ父のもとへと向かったのであった。
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「珍妙丸、来たか」
父の部屋に入って早々、嫌な名前が耳に入る。色々と思うところはあるが、もうツッコミは入れないぞ。
「父上。ご用件は?」
「うむ。実はお館様の遣いの者が来てな、お館様がお前と直に会いたいと仰せになったそうだ」
「お館様が?」
お館様とは、もちろん俺達の主君蠣崎季広のことである。その季広が茂別館に遣いを送り、この俺に会いたいと伝言してきたそうだ。
しかし俺は不破家の五男坊。兄4人は全員健在で、不破家を将来継ぐ可能性が限りなく俺に会いたい理由とは何なのだろうか?
「お前とお館様の三男である天才丸様は同じ年に産まれた者同士。それにお館様は天才丸様をことさら深く寵愛しておられる。そこでかねてよりお前と天才丸を会わせたいとかねてより仰せになっておったのだ。どうじゃ? 徳山館に行かぬか?」
徳山館とは道南十二館のうち最も大きい館のことであり、蠣崎家の本拠地にあたる。茂別館からは徒歩で2日はかかる距離にある。
そして天才丸。史実では松前藩初代藩主の松前慶広となる人物である。天才丸の名前のとおり「天才」、とまではいかなかったが、その巧みな政治手腕から従属先であった安東家からの独立を果たし、江戸時代に入ると徳川家康から蝦夷地全域を領地として安堵されたという経歴を持つ。
言われてみれば、彼の生年は俺と同じ1548年(天文17年)だ。だがそれだけの理由で、季広が俺に会いたいと言うのだろうか?
「はっ、承知しました」
だがこれは、自分の主君にお目見えできる滅多にない機会。これを利用しない手はない。父の話が終わると、俺は早速出発の用意を始めたのであった。