47 フリングホルニ号の船旅
しかしながら、王国の技術力の高さには驚かされる。
俺の前世において、世界の数ある海の中でも「流れが速くて過酷」と評されていた津軽海峡。それを殆ど揺れを感じさせず、悠然と横断出来る巨大な船を製造してたとは、驚きとしか言いようがない。
そして多分、この船の後ろで護衛している軍艦も同じなのだろう。おかげで、甲板で感じる潮風が心地よい。
「快適快適」
もっとも、日本も船大工の能力面では王国人に負けているとは思わないが、何せ今は戦国時代。能力はあっても技術そのものが無いのが現実。
だが技術さえ導入すれば、あっという間に世界トップレベルの物を創り上げちゃうのも、日本の凄いところであると言えよう。
将来的には今乗っているような船を、日本独自で量産できるようになれば理想的だ。そうすれば日本の水軍力や工業力は一気に上がるに違いない。とはいえ、その道は決して平坦ではないだろうが。
「おぼろろげぇぇ……」
そして俺の背後では、船には酔っていないが酒に酔って吐いている者が1人。
「だ、大丈夫か? 季貞」
「し、新三郎様……。誠に申し訳のしようもござりませぬ……ゲロッ」
「謝るぐらいなら、早く床に就け季貞」
出航前から酒に溺れていていた季貞は、今度は自分の吐瀉物に溺れる羽目となっている。そのうえ自分の上司である慶広に心配されるとは、全く世話の無い男である。折角の美しい船が、汚くなるじゃないか。
「情けない……」
「ん?」
すると後ろから俺に話しかけてきたのは、茂別館で俺と激戦を繰り広げた猫の獣人の前線指揮官ブレンダ・ラーゲルクヴィストであった。
「あの島の男は、こんなにも情けないものなのか。揺れのない船でこれほどまでに酔っていては先が思いやられる」
季貞を見てるとそう評価したくなるのは分からなくもないが、あの人は例外だ。
1人だけを以て、日本人に変な烙印を押されてはたまったものじゃない。それにしても、相変わらず目つきが怖い少女だ。クールを通り越して刺すようなその目付きには、恐怖的な意味でいつもドキッとさせられる。
「この私を化け猫と決めつけた割りに、あまりに脆弱なものだ、あの島の住人は」
ブレンダ、それまだ引きずってたのか。そもそも日本には、ファンタジー世界の亜人に相当する種族なんて存在しないんだから仕方ないじゃないか……って反論しても無駄か。
「ただ……」
「?」
「お前と、あの酔っ払いを介抱している少年には少し期待している。では」
「え? ちょっ、ブレンダ。今のはどういう……」
意味深長な言葉を残し、ブレンダはその場からあっさりと去っていった。
彼女、戦場では散々俺のことを「猪武者」とかいって酷評していたんじゃないのか?
でも彼女との戦いを切っ掛けに俺の名が王国軍にも伝わっていたからな。もしかしたら、内心はさっきのように認めていたのかもしれない。
「節度を知らないから、聖女神様もお怒りになったようで」
「次はあんたか……」
ブレンダに続いて現れたのは、聖職者部隊長のアストリッド・フォーゲルクロウだった。
「聖女神様の教えを守れば、快適な船旅になったのでしょうに」
どうやら彼女も彼女なりに、季貞の有様には呆れている様子。
「相変わらずだなアストリッド。聖女神、聖女神、そればっか……」
「無礼者!」
「なっ……!?」
俺が「聖女神、聖女神」と言いつづけるのアストリッドに愚痴を言った瞬間、突然、彼女は大きな杖で俺の頭を叩いた。
「聖女神様を愚弄するとは、なんたる不届き者! あなたには私め直々の説教が必要なようですね」
「いやいや、それはちょっと待てよ」
聞くところによると、アストリッドはパトロヌス教においては高位の聖職者らしい。しかも戦争で獲得した土地で積極的に布教活動を進めた功績から、『宣教の戦乙女』という二つ名を持っているらしい。だから先の戦で俺たちに改宗を迫ったのも、『宣教の戦乙女』としての性なのだろう。
とはいえ、宗教に対し懐疑的な見方が増えていた21世紀育ちの俺にとっては、彼女の態度はあまり歓迎できたものではないのだが。
「それに、私めのことは敬愛なる乙女・シスターアストリッドとお呼びなさい」
「断る!」
何だよ、その中二病全開の渾名は! 絶対、自分からは口に出したくない二つ名だ。しかもこの女に対しては。
『宣教の戦乙女』といい、『敬愛なる乙女』といい、彼女の精神年齢は14歳で止まっているとでもいうのか?
「私めが神々に代わって神聖なる教えを与えんとしているのに、それを断るとは何事ですか」
「わかったから、それはまた今度! ね?」
鷹姫がいなくなったと思ったら、今度はアストリッド対策に頭を悩ましそうだ。
なんでこう、俺に対しては異常にしつこい奴が近寄ってくるんだろうな? 精神が必要以上に磨り減る。少しほっといてくれ。
「アストリッド。これからわたくしがこの少年と話をしますので、後ろに下がっていただけませんの?」
「で、殿下!? い、何時の間に私めの背後に!?」
そして3人目に出現したのは、ヴィクトリア王女。
やはり一国の姫たる彼女の存在感は相当なもので、あのアストリッドが瞬時に緊張しだして、どぎまぎしているのが確認できる。
「先程、貴女が少年にお得意の説教攻撃を始めた時からですわ」
「説教攻撃……」
「そんなことより、下がりなさいと言ったら下がりなさい。これは命令ですわ」
「……はい。畏まりました」
おお、あのアストリッドの暴走をあそこまで完全に封じ込めるとは……。さすが王女殿下、恐るべし。
だがその光景もいつものことなのだろう。ヴィクトリアはアストリッドに構わず俺の隣に立って、一緒に離れ行く蝦夷地を漫然と眺める。
「少々お時間いいかしら? 貴方とは色々話したいことがありますの」
「ま、まあ……別にいいけど」
勝山館の戦いでは実際に矛を交えた間柄。それから、あまり日にちも経過していない。
一方で彼女は一騎打ちに負けた俺を優しく介抱したと言う話もある。戦場で彼女が発した言葉からも、俺のことを完全に敵対視しているようには思えない。
だから俺としては、正直どう接したらわからない部分がある。実際、若干の気まずさも感じている。ただヴィクトリア自身はあまりそういうことは気にしていない様子で、彼女の瞳は一途に将来の展望を見据えているようだった。
「お聞きしましたわよ。貴方と貴方の主、世界を征服するおつもりのようで」
ヴィクトリアが開口一番発した言葉に、俺は思わず驚いてしまった。
え? なんでヴィクトリアがそんなこと知っているんだ? 確かに慶広や一族の人、広益のオッサンにレスノテク達には話していたが、一体どこで漏れたんだ?
「それ……どこで聞いた?」
「貴方がたの居城、徳山館ですわ」
「まさか、盗み聞きしていたのか」
「盗み聞きとは、なんとはっきりしていらして。近くを通り掛かった際、偶然お耳に入ったまででしてよ」
でもそこから聴き入っていたら、立派な盗聴だと思うんだけど。
しかしまだ表明するべき段階ではないこの時に、俺達の目標が筒抜けだったとは。これで今後、『世界征服』達成が非常に困難になるぞ。
いや、俺自身の立場も危うくなるかもしれない。なにせ、これで俺は“危険な野心家”のイメージを持たれてしまうことになるからな。
しかしヴィクトリアの返答は、意外なものだった。
「――わたくしたち、ミュルクヴィズラント王国とあなた方と同じです。わたくしたちも『世界征服』を目指して各地で戦っておりますの」
「……へ?」
本日2度目の吃驚。まさか彼女たちも同じ目標を持っていたなんてな。ミュルクヴィズラント王国は『ミズガルズ』で一番領土拡大に意欲的だと聞いてはいたが、まさか『世界征服』のためだったとはな。
いや、まだ同じと決まったわけじゃない。問題は、“何のために世界征服するのか”と言う点だ。
「どうしてなんだ?」
「そんなの決まっておりましてよ。この世界から争いを無くすためですわ」
彼女の答えを聞いて安心した。もし私利私欲のために戦っているんだったら、どこかで袂を分かつことになっただろう。そうではない以上、少なくともヴィクトリアはファンタジーものによく出てくる魔王ポジションの人ではないようだ。
「もし志を同じくされるのでしたら、貴方がたの野望、このヴィクトリア・カルロッテ・ミュルクヴィズラントが直々に応援してもよろしくてよ?」
「え……?」
これは願ってもみないチャンスだ。危険人物認定される可能性さえあったのに、少々上手く行きすぎなような気もするが、この好意を無駄にする手は無い。現状、このままでは世界征服どころか天下統一すら達成できそうにないからな。
「是非喜んで」
「賢明な判断、感謝いたしますわ」
洋上で交わした俺達だけの密約。こうして蠣崎家は、公的、私的両面でミュルクヴィズラント王国の支援を受けることになったのであった。
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次に彼女は、自分の王国について語り始めた。
「――ミュルクヴィズラント王国は『世界征服』を国是として掲げております。その目的を達成するためには、戦争で勝つより他ありません。先の戦争で大軍を派遣したのも、蝦夷地を足掛かりに未知の異世界を征服するためでしたわ」
「未知の異世界……?」
「詳しいお話は後日アストリッドから聞いていただくことになりますが、わたくしたちは彼女の預言とこの地の文化を照らし合わせた結果、フルホルメン大佐の発見した島が異世界であると断定しましたわ」
「い、異世界?」
「そう。信じがたいことでしょうが、あなた方から見てわたくしたちは異世界人。そういうことですわ」
どうやら、彼女たちは蝦夷地を「異世界の地」であることを認識していたようだった。
しかし『預言』か。あの傲慢さが目立つシスターが、そんな大層なものを受け取っていたとはな。……まあ、俺の身分で言えた義理じゃないが。
「でもわたくしには、この戦争の裏に何かがあるような気がしましたの」
「裏……フルホルメン大佐の謀反か?」
「ええ。ですが大佐を捕縛し処刑したことで、彼の企みを無事阻止することができました。これで安泰ですわ」
「……1ついいか? なぜ大佐が怪しいと思ったんだ?」
するとここで、貴重な情報が。
「エルフの大佐――モルテン・フルホルメンの祖国は百年以上昔に、我が王国が併合しましたわ。しかしその領内には、併合に反発する一派が昔から存在しておりまして。あの大佐はかつてその一派の一員でしたのよ」
確かに、ヴィクトリアたちは世界平和に対する信念を以て世界征服を目指している。
だけど、その一派の言い分も分かる気がする。何せ自分たちの祖国が奪われたのだからな。王国のルールの全てが彼らの生活に適合しているとも限らないし、独立を求める声が出てくるのも当然だ。
「そして併合に際しその一派を説得したのも、他ならないフルホルメンでしたわ。内外からは、『味方を裏切った売国奴』などという声も」
どうやら特に忠誠心の面において、結構問題のある人物だったというわけか。そして王国に媚を売る形で、王国軍の侵略を許して自分の株を上げようと図ったわけだな。
だが野心家として振る舞ったツケも先日の軍法会議でついに回ってきたようだ。
「さて、我らが王国まであと10日余り。それまでこの戦艦『フリングホルニ号』での船旅をお楽しみなさいな」
「あ、ああ……」
色々聞きたいことはまだまだあるが、ここは1つ、同じ渡航者との交流でも深めておくとするか。王国の詳しい話は現地に着いたら好きなだけ話せるだろうし。
ヴィクトリアと話終わった俺は、寝室のほうへ戻っていった。




