43 軍法会議、そして処刑
9月21日、徳山館近くに停泊する軍艦『ステンキル号』において、フルホルメン大佐の軍法会議が開かれた。軍法会議の最高判事は、進攻軍の総司令官であるイングリッドが務めることとなった。
「これより、モルテン・フルホルメン大佐の軍法会議を始める」
被告人席には、告発された張本人であるフルホルメン大佐が座っていた。
「実は先日、本国よりフルホルメン大佐が反逆を企てているという情報が、証拠ととも我が軍に提出された。よって、この軍法会議では大佐の国家反逆罪に関する審理を行うものとする。では証人、前へ」
「はい」
証人席に、証拠となる複数の手紙を持ってきた本国からの使者、ハンス・タリアンが座り、証言を始める。
「被告人モルテン・フルホルメンの邸宅で、先日不審な行動をしている人物が発見されました。その者を捕らえ、隠し持っていた密書を調べたところ、王国南部のホーホエーベネ地方に領地を持つダークエルフの貴族、ゲルハルト・フォン・シュヴァルツェンベルク伯爵と共謀して王国に反乱を仕掛けようとしていたことがわかりました」
大佐の罪状が述べられると、外部に共謀者がいたという事実もあいまって、軍法会議の場は騒然となった。
「静粛に! 証人、続けよ」
「はっ。被告人は今回の軍事作戦によって得た領土の一部を褒美として得た後、その地を足掛かりに王国に謀反し、独立国を建てんと画策していました。それと同時に、タイミングを見計らってシュヴァルツェンベルク伯爵が王国南部で分離独立運動を展開。王国軍に二方面作戦を強いることで、独立を強化しようとしていたと思われます」
「そのシュヴァルツェンベルク伯爵は、その後どうなったのじゃ?」
「伯爵は先月下旬に逮捕され、裁判の結果死刑が確定。翌日、伯爵の領地に程近いニーダーエーベネ地方のブラウシュタットにて公開処刑が執行されました」
「シュヴァルツェンベルクは罪を認めていたのか?」
「はい。差出人は伯爵本人であるとすぐにお認めになりました」
そういうと、ハンスはイングリッドにシュヴァルツェンベルク伯爵の裁判に関する記録を提出した。
「では、何故大佐と伯爵は反乱を企てたのだ?」
「元来、エルフやダークエルフはその歴史的経緯から他の種族に比べて孤立主義者が多いのは殿下も皆さんもご存知でしょう。我が国では両種族に配慮した法の制定や、エルフの特別自治区の設置などを積極的に進めているおかげで、エルフ孤立主義を唱える者の数は他の国に比べて少なくなっています」
「うむ。我が国の目標は『世界征服』。征服する以上、国内にいる全ての種族や民族の権利は守らなければならぬからな。当然の政策じゃ」
「しかし、エルフやダークエルフの中には、自分たちの種族だけの国を持ちたがる者も多いと聞きます。誰にも、どこの国にも干渉されないエルフとダークエルフだけの国を。両人はそれを実現せんと画策していた、伯爵はそう証言しております」
エルフ孤立主義とは、エルフおよびダークエルフだけの国や自治区を設立せんとする主張のことである。同様の主張は人間や獣人などの間でも見られるが、エルフやダークエルフのそれはかなり根強いものであった。
ミズガルズでは国によっては彼らの分離独立運動を警戒して、彼らに激しい弾圧を加えるところもあるほどである。
多くの種族が暮らしているミュルクヴィズラント王国では、エルフの人口が多い王国東部を中心にエルフに爵位を与え、自治区を領地として授けることでエルフの自治を認める政策が採られていた。なお、他の種族に関しても同様の施策を行っている。
「フルホルメン大佐、これまでの審議を聞いてたと思うが、何か異議があれば遠慮なく申し立てよ」
ここまで審理の進行を司っていたイングリッドであったが、大佐の反逆に関しては未だに半信半疑であった。
証拠は大量にある。だが、唐突に大佐が反乱を企図していたと言われても信じきれない気持ちが彼女の心にはあった。
「異議は……ございません」
しかし大佐は、自身にかけられた反逆罪の容疑に関して一切の弁解をしなかった。
「今提出された証拠品の密書の差出人は、すべてこの私モルテン・フルホルメンである。反逆を思い立った理由も証人の仰る通り。そうお認めしましょう」
あまりにもあっさりと容疑を認めたフルホルメン大佐。彼の潔いその姿勢に、軍法会議に参加していた他の士官たちはかえって騒然となった。
「スヴェンセン少将、大佐の直接の上官はお前だ。将軍は大佐のこの企てを知っておったのか?」
しかし、軍事国家として軍の増強に力を入れているミュルクヴィズラント王国に独立戦争を仕掛けて勝つには、大佐が管轄する3000の兵だけでは到底心許ない。もしかすると、シュヴァルツェンベルク伯爵の他に協力者がいるのではないか?
そう考えたイングリッドは、スヴェンセン少将にも疑いの眼差しを向けていた。
「……私は、私は……」
スヴェンセン少将は言葉に詰まった。
軍法では、国家反逆罪は例外なく死刑と定められている。
もちろん、例の反乱計画には自分も深く関わっている。だがもしここで「知っていた」と答えれば、自分にも反逆の容疑がかかってしまい、自分たちの目的を果たすことは出来なくなる。だが「知らなかった」と答えれば、恋人である大佐のことを見殺しにしてしまう。
スヴェンセン少将は大いに苦悩した。
しかし、大佐とはかつて「自分だけが反逆罪で捕まることがあれば、黙秘を通してください」という約束を交わしていた。そしてその約束を思い出したスヴェンセン少将は、感情を必死に押し殺して証言した。
「私は……何も存じておりませんでした。まさか大佐が王国に背こうとしていたなどとは……」
「そうか……」
少将のやや演技がかった態度に若干の疑問を抱いたイングリッドであったが、現状では彼が反乱に加わろうとした証拠はなく、これ以上の追及は不可能と考えていた。
証拠の密書にも、少将をはじめ他の第4師団所属の士官の名前はどこにも見当たらなかった。
「他に証拠はないのですか?」
「本国から送られた証拠は以上です。証拠品もある、被告人自身も犯行を認めている。疑う余地はどこにもありません。殿下、ただちに判決を」
軍法会議の場から大佐を弁護しようとする声は一切挙がらなかった。
第4師団の士官たちも本音では大佐を庇いたかったが、エルフの楽園を築くという目的のため、全員がスヴェンセン少将と同じく悲しみを堪えて大佐を見殺しにするほかなかった。
「では被告人モルテン・フルホルメンに判決を下す。被告人を国家反逆罪で死刑とする」
判決は、もちろん死刑であった。判決を聞いたフルホルメン大佐は、被告人席でただ静かに頷くばかりであった。
そして、イングリッドの手で木槌が振り下ろされ、軍法会議は幕を閉じた。
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9月22日、松前。
戦争集結から2日が経った頃、この町の中心を流れる大松前川の河原には大勢の人だかりが出来ていた。人だかりの中には、和人だけでなくアイヌや王国軍関係者も多数含まれていた。
そして、彼らの視線の先にあるのは、河原の石の上に設置された1つの断頭台であった。
前日、軍法会議の結果死刑が確定したフルホルメン大佐。そして判決が出た翌日のこの日、彼の死刑が執行されることになったのである。
そのため、蝦夷地が荒らされる切っ掛けを作った男の公開処刑を聞き付けた民衆は、こぞって執行場所の大松前川の河原に集結した。
「--まさか、例の妖魔の男が異国の者の手で斬首されることになるとはのう」
「まこと、世の中とはわからぬものでござるな」
周囲の野次馬と同じく、死刑執行の瞬間を見物しに来た不破武治と南条守継。そして彼らの近くにはお凛や武親を除く武治の息子4人、そして鷹姫の姿もあった。
「ふん! あたしの蝦夷地を荒らし回った罰が当たったのです。ざまぁみやがれ、としか言えませんね」
「それを言うなら、あたしたちの蝦夷地、でしょう? 鷹姫様」
「む……揚げ足取らないでくださる? 凛」
「揚げ足ではありません。訂正です」
「止めぬか2人とも」
鷹姫とお凛の口喧嘩を仲裁する武治。一方で、武親と慶広は河原に姿を見せていなかった。
「ところで、新三郎様や五郎の姿が見えないが」
「ああ……五郎は『公開処刑なんて見たくない』といって、館に篭ってしまったのじゃ。新三郎様も同じようなことを仰せになっておったそうじゃ」
「そうでござったか……」
「しかし……何故、異国の裁きを受けた異国の者をこの松前で処刑するのじゃ?」
「どうも、あの男は王国に謀反を起こして、この蝦夷地で独立するつもりだったらしい。それが露見して死罪を命じられたそうだ。つまり王国としては、ここで奴の首を刎ねることで、奴に無念の思いをより一層抱かせてから冥府に送るつもりなのだろう。そのほうが、戦の犠牲になったこの地の民の悲しみを和らげることにもなる」
「そうじゃったか……」
武治は河原の断頭台をジッと見つめていた。
今から遡ること15年前、越前の朝倉氏にいた頃、一族全員の首が刎ねられそうになった出来事があった。その時は、朝倉宗滴の機転で命を落とさずに済んだものの、もし彼がいなければ一族もろとも刑場の露と消えたことに相違ない。
もし妖魔の男との間に違いがあるとすれば、妖魔の男は主君に自ら背こうとして死罪となり、武治は主君に最後まで忠義を尽くそうとして斬首されそうになったという点である。
武治は刑場を眺めながら、昔の出来事を思い返していた。
「兵部少輔殿、始まるぞ」
そして刑場に、ついにフルホルメン大佐が死刑執行人2人に腕を捕まれながら姿を現した。完全に罪人となった彼の登場に、観衆は狂喜に湧いた。
そんな彼らとは対照的に、観衆の遥か後方からスヴェンセン少将は絶望と悲しみの眼差しで、断頭台に連れていかれる恋人の姿を見ていた。
「モルテン……モルテン……」
しきりに大佐の名前を弱々しい声で呟くスヴェンセン少将。
一方でフルホルメン大佐は、遠くにスヴェンセン少将の姿を見つけると、執行人に首を断頭台に押し付けられた状態で、少将を優しい微笑みで見つめていた。
『少将、私が死んでもエルフとダークエルフの希望は死んでいません。我らの本懐、どうか閣下の手で遂げてください』。それがフルホルメン大佐最期の願いであった。
「モルテン……何故、そのように優しい目で我を見つめることができる……? お前は志半ばで、ヘルヘイムの住人となってしまうのだぞ……」
そして断頭台のひもが引っ張られ、台の真上から刃が降ろされると、スヴェンセン少将はすぐさま刑場とは反対の方向を向き、自分の恋人が落命する瞬間から目を反らした。
バサッと首が斬り落とされる音が聞こえると、スヴェンセン少将は涙を堪えながら無言で河原を後にした。
こうしてモルテン・フルホルメン大佐は反乱の首謀者として、その生涯を閉じることとなったのであった。享年228。
――――そしてこの一件は、スヴェンセン少将にある恐怖の決意を下させることになる。
第3章、終。




