42 講和
「久しぶりだな――武親」
「慶……広?」
目が覚めると、そこは蠣崎氏の本拠地・徳山館の中であった。
そして懐かしい顔も目に映る。それは俺と同い年の転生者、蠣崎慶広であった。
「かれこれ5日も目覚めなかったから、どうしたものかと心配していたぞ」
「い……5日も?」
いや、懐かしいと表現するのは本来おかしい。茂別館と徳山館、普段のお互いの仕事場は別の場所だ。仕事と立場の関係上、何か月も会わないことなど珍しいことではない。
それに比べて、今回の戦で顔を合わせられなかったのはたかだか数日。だが体感の時間は、数日どころか数年と言ってよろしい。まるで、故郷に残してきた旧友と数年ぶりに再会したかのような感覚である。
「なんで俺、こんなところに?」
俺の記憶は、ヴィクトリア王女との一騎打ちに敗れたところで途切れている。
あの後一体どうなったんだ? どういう経緯で降伏に至ったんだ?
「うむ。実はだが、お前が一騎打ちに敗れた後、勝山館の将兵はあっさりと降伏したそうだ。そして余達が守備についていたこの徳山館も、ほどなくして膝を屈することになった」
「そうだったのか……。ところで、徳山館は結構もったのか?」
「いや、2日ほどで父は王国軍に降伏を申し入れた。徳山館で戦いが始まった頃には、補給も援軍も全く期待できなかったからな」
さすがのお館様も、圧倒的兵力を前にこれ以上防戦するのは無意味だと判断したようだな。
「そして意識を失ったお前が、徳山館に運ばれてきた。しかも運んできたのは、相手の国の王女だったそうだな」
「お、王女?」
「ああ」
王女って……まさかヴィクトリアが? 互いに矛まで交えた相手が、いやまさか……。
しかし俺の脳裏に、彼女のあの言葉がふと甦る。
――「貴方はこんな所で、命を散らすべき人間ではありませんわ」
彼女の言葉を再び考え直す俺。一方、慶広は説明を続けた。
「今回降伏するにあたって、蠣崎方の全武将が出席することになった。だが、お前がなかなか目覚めないものでな。余も含め皆が心配していたぞ」
「それは……すまなかったな」
「体の具合は大丈夫か?」
「多分、平気」
俺は包帯のような白い布で巻かれた自分の体に手を当てた。さすがに一騎打ちの傷跡は残っているが、立って歩けないほどでもない。こういうところはチートボディーのおかげと言って良い。
「眠気が取れたらすぐ皆のもとに向かえ。いいな?」
「お、おう……」
布団の上で上半身を起こしている俺をあとに、慶広は退室した。
■■■■■
しばらく眠っていたため、足取りがおぼつかない俺であったが、徐に皆のもとへと歩を進める。そして大館に到着すると、そこには既に蠣崎氏傘下の武将が全員集まっていた。
「五郎! ようやく回復したか」
「父上」
「良かった……。もし目覚めなかったら、私、私……」
「母上。大丈夫です。もう心配はありません」
父・武治は俺の回復を素直に喜び、母・お凛は涙を流して俺に抱きつく。
「うむ。誠に頑強なる武士にござるな。あれほどの大きな怪我を負いながら、もう立ち上がるとは」
「何を申すか、越中守殿! 頑強なるはこの某じゃあ! あの小童に非ず!」
「ふん! まだくたばってなかったのですね、豆坊主」
「おーい五郎。一緒に酒を飲もうではないかー……」
「戦に負けたからと言って、自棄酒はほどほどにしろ、備中守」
他の武将も、いつもとさほど変わりない様子であった。戦に敗れ髷を解いているにも拘わらず。降伏から5日が経ち、敗北という現実を皆受け入れたように見えた。
「そろそろ時間よ。早く座れば?」
「む~。勝てなかったな~」
和睦の場には、和人の武将のみならず、レスノテクやリシヌンテをはじめアイヌの人たちも大勢出席していた。
「私の友、チコモタインとの再会があるのでな。出席するしかあるまい」
「でもこれで、お父さんと会えるんだね~。よかった、よかった~……」
リシヌンテの父にして、知内チリオチの首長・チコモタイン。ハシタインとリシヌンテの言動から察するに、この場にはまだ来てないようだった。
それに、蠣崎方の武将も各館主を中心に何人か見当たらない。もしかしてこの場で捕虜の返還でもあるのか?
「武親、お前の席はここだぞ」
「あ、慶広。悪い」
近くにいた慶広に指定されたのは、四番目の兄である家政兄上の横。まあ、順当な席の配置だな。
次に俺は、ほかの武将の配置に一度注目する。
お館様は俺たちの代表だからやはり先頭。そしてその横に長男の舜広、三男の慶広の順に着席。
次男の元広は配下の明石家に養子に出ているため、そちらのグループにいる。
そして後ろには、守継や広益のオッサンをはじめ家臣が座している。そんな中で俺たち不破一族は、家臣の中では結構前のほうに位置取っていた。
「――待たせたな、皆の者」
そうして数十分経った頃、ついにミュルクヴィズラント王国側の司令官が徳山館に到着した。
今回の戦勝国は王国。当然、上座には王国側の司令官が、下座には俺たち蠣崎方の武将が座ることになる。
上座には、俺と先日まで戦っていたヴィクトリア王女をはじめ、獣人部隊のブレンダや、聖職者部隊のアストリッドの姿も見られる。
「……?」
だが、総司令官というべき人物が座るところにいたのは、見たことのない1人の銀髪翠眼の美しい女性。徳山館に入ってきたときも、先頭を歩いていたのは彼女であった。それに、どこかヴィクトリアと顔つきがやや似ているようにも見える。
気になった俺は、声を小さくして秘かに慶広に質問する。
「……なあ慶広。あの総司令官っぽい女性、誰なんだ?」
すると慶広は、想定外な回答を返した。
「ああ。彼女はこの徳山館の攻略にあたっていた指揮官だそうだ。第1師団の師団長にして第1王女の方らしい」
「……なんですと!?」
慶広、俺が第2王女であるヴィクトリアと戦闘しているときに、あんたも第1王女と戦っていたとでも言うのか?
蠣崎家は決して領地が大きいわけではない。なのにそんな俺たちの攻略に王女2人を派遣とか、もう訳わからん。
そしてもう1つ、王国軍の席次に関して俺には気になることがあった。
「慶広、俺たちに戦をけしかけたあの大佐、姿が見当たらないんだが?」
そう、あの喧嘩を売りに来たとしか思えない要求を叩きつけたあのフルホルメン大佐が、何故か徳山館の中にいなかったのだ。
「さあな、そこまでは余も知らん」
「……そうか」
だが理由は慶広に訊いてもわからなかった。
すると俺は、ふと勝山館でのヴィクトリア王女の発言を再び思い返す。
――「わたくしはあのエルフの大佐を、“監視”しております」
まさか今回の欠席は、あの発言と何か関係が……? けどこの場じゃ聞けないしな。今は黙って、和睦の内容を聞き入れるしかない。
和睦を結ぶにあたって静まり返る徳山館。そしてようやく、その式が始まることになる。
「これから調印式を執り行う。わらわはミュルクヴィズラント王国側の代表、王国軍第1師団長のイングリッド・ティルダ・ミュルクヴィズラントじゃ」
「ワシが蠣崎家の当主、蠣崎若狭守季広にござる」
それまでの騒がしい雰囲気から一転、厳かな雰囲気に包まれる徳山館。王国側の人物に向けて、敗者である俺たちは一斉に頭を下げて土下座する。
戦に負けてしまったのだから、屈辱的な姿勢はやむを得ない。しかしこの時、王国側の司令官は思いもよらない言動をこの場で行った。
「――すまなかった」
「……え?」
なんと、勝者であるはずの王国側が、何故か俺達に謝罪の言葉を述べたのである。
「今、何と申した?」
「――すまなかった、と言っておる」
これこそ予想外中の予想外。
「侵略することは罪である」などという近代的発想のない時代。互いの国が、戦争を仕掛けたり仕掛けられたりが当たり前なこの時代にあって、彼女たちの発言は異例なものであった。
「本来、わらわたちはこの地に兵を率いるつもりはなかった。じゃがしかし、あのエルフの男・フルホルメンが強く侵略することを主張しておってな」
「何……!?」
「我が国の国王・ヨアキム1世も周囲の反対を押し切って、かような大軍を遣わしたのじゃ」
フルホルメン大佐の主導で、今回の戦は決まったってわけか。それも国王からの信任もあって。まあ、あそこまで大見得切ってあんな要求叩きつけたんだから、止めようもなかったんだろうが。
しかしそれだったらなぜ、総司令官の席に大佐はいないんだ?
「じゃが先日、フルホルメン大佐はさる重大な罪で訴えられた。明日から奴の軍法会議が始まる。よって奴はここには来ておらん」
「重大な罪……?」
静まり返った空気からさらに一転、再びざわめきだす徳山館。
当然だろう、和睦を前にして勝者が自分たちの汚点をわざわざ敗者にさらけ出しているのだから。
しかし、フルホルメン大佐が軍法会議にかけられるとはな。何の罪を犯したかは知らないが、普段の傲慢な態度に自ら足を掬われたのだろう。
「しかし此度の戦はわらわたちの全面的な勝利。そこは違いあるまい」
「う、うむ。そうじゃな……」
でも、勝利者としての権利はきちんと主張する。まあ、相手も命懸けで戦っていたわけだから仕方ないといえば仕方ない。
ということで、今回は和睦内容は以下の通りとなった。
・蠣崎家およびアイヌはミュルクヴィズラント王国の宗主権を認める
・蠣崎家およびアイヌはミュルクヴィズラント王国に対する貢納を行わなくてよい
・和睦成立以後、蠣崎家、アイヌ、ミュルクヴィズラント王国のいずれかが軍事行動を起こした際には、要請に応じて援軍を派遣する
・安東家の蠣崎家に対する宗主権は従前通りとする
・ミュルクヴィズラント王国と蝦夷地間の自由な通商を認める
・蠣崎家は王国に6億クローナ、およそ12万貫相当の賠償金を支払う
・アイヌは王国に3億クローナ、およそ6万貫相当の賠償金を支払う
・今回の戦で獲得した捕虜は、講和成立後速やかに返還する
・蠣崎家とアイヌから20歳以下の子女をそれぞれ数名、王国に使節として派遣する
・蠣崎領内での王国軍師団の駐屯を認める
・蠣崎領内の王国軍師団への物資補給は基本的に王国が行う。不足分に関しては、要請に応じて蠣崎家またはアイヌがその都度補給することとする。
賠償金の支払いは痛いが、貢納は行わなくてもよくなったことから、最初のフルホルメン大佐の要求に比べれば内容は幾分軽くなったと言えよう。
特に、服属の代わりとして提示された王国軍の駐屯と通商に関しては、むしろこちらに利があるといって良い。なにせこちらはもともとの軍事力も低く、収入源は交易に依存しているからである。
捕虜は全員返還か。そういえば、王国軍は今回蠣崎方の武将を生け捕りにするよう命じてたらしいからな。
例えそうであっても、武将のみとはいえ1人たりとも討ち取ることなく全員を生け捕りにできたのはすごいことだ。あれだけ圧倒的な兵力差のある戦いにおいて、奇跡に近い現象と言ってよい。
そして賠償金は、蠣崎家が12万貫、アイヌが6万貫か。いくら交易で栄えているとはいえ、支払い完了までに最低10~20年はかかりそうだな。
そして使節の派遣は、事実上は人質といったところだろう。自分たちの非を公式に認めている分、表だって人質を取るとは書けないからだ。
「――以上であるが、異論のある者はおるか?」
「……異論はござらん」
結局、季広が王国側の条件をすべて飲む形で和睦は成立。
かくして、蠣崎家とミュルクヴィズラント王国の戦争は終焉を迎えたのであった。
そしてこの和睦をきっかけに、俺たちは新たなるステージへ進出することとなる――




