41 徳山館陥落
9月15日、徳山館。
王国軍第2師団と第4師団が勝山館を攻略した頃、王国軍第1師団は徳山館を包囲していた。
王国軍は17000。対する蠣崎軍はわずかに200。陥落は時間の問題であった。
それでも、守将の1人蠣崎慶広は、前世で得た陰陽道の技と自身の高い魔力を生かして善戦していた。
「臨兵闘者、皆陣列前行!」
土塁の後ろや上から守備兵が矢を放って王国軍を撃退しようとする中、慶広は護符を取り出し、指で宮中を四重五横に切って呪文を唱えた。そして目にも止まらぬ俊足で土塁の上から飛びだし、門に迫る王国軍兵士を次々と打ち破っていく。
「急急如律令!」
そして数百人を打ち破ると、再び土塁を超えて館の中に戻っていった。
「おお! さすが新三郎様!」
慶広の戦いぶりに、館内の蠣崎軍兵士や家臣は彼を褒めたたえた。とはいえ、慶広はこの戦いにおける自軍の敗戦を悟りつつあった。
(安東水軍は殲滅された。勝山館を除けば、他の館はもう敵の手の中。武親は勝山館方面に逃げ延びたと聞いているが、今のところ安否はわからない。物見によれば、敵兵の数は数万、こちらはわずか数百。今はなんとか持ちこたえているが、補給も援軍も断たれた以上、防戦する意味はあるのであろうか……?)
籠城戦は補給や援軍があって初めて成立する戦術。それらが全く期待できなくなった今、慶広はこれ以上の犠牲を強いる意味を見失っていた。
そして、彼の懸念はついに的中することになった。
「伝令! 勝山館、敵軍に降伏しました! これで我が方の拠点は徳山館のみとなりました!」
「な……!」
「それで、誰が討ち死し、誰が捕まったのだ?」
「討死した武将はおりません。ただ、城代の南条越中様、鷹姫様、長門藤六様、不破兵部様、下国孫八郎様、西夷尹、そして不破五郎様など館内にいた将は全員捕縛されました!」
「な……武親もか?」
「その通りにござりまする!」
慶広は伝令兵の報告に目を丸くした。
「なんと……」
「ついに勝山館まで陥落とは……」
そして館内の他の蠣崎軍の将兵もその知らせに動揺を隠せずにいた。
そんな中、総大将の蠣崎季広は目を閉じながら苦悶の表情を浮かべていた。そしてついに、彼は決断を下した。
「もはや、これまでじゃ。これ以上戦っても、犠牲が増えるばかりで渡島の民に申し訳がたたぬ。よってワシはこれより、異国の者に降伏を申し出ることにする」
季広の決断に館内の将兵は驚きを示した。だが、すでに厭戦ムードが高まりつつあったこともあり、次第に涙を流しながら自分たちの運命を受け入れる者が次々と現れていった。
「そうか、オラたち負けただか……」
「仕方がねえ……俺たちだって大軍相手に精一杯のことはやったんだ。お館様が降伏するってなら、仕方がねえ……」
「皆の者。ワシが全力で将兵の命が助かるよう相手の将に嘆願致す。ワシを信じて待ってくれ」
季広は髷を切り落とし、城下の王国軍本陣を目指して徳山館をあとにした。
こうして1561年(永禄4年)9月15日。フルホルメン大佐の要求文書から始まった第一次永禄の役は、季広の降伏によって蠣崎軍の敗北に終わった。蠣崎軍の死者はアイヌ兵も合わせて約1500名、一方の王国軍の死者は約10000名。
武親や慶広、さらにアイヌの援軍などの活躍もあり、寡兵の蠣崎軍は大軍の王国軍相手に善戦したが、王国軍の物量と一部の士官の強力な攻撃魔法を前に敗れ去ったのであった。
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一方その頃、王国軍総司令部では徳山館降伏の報告に胸を撫で下ろしていた。
「ふう、随分と抵抗が激しかったが、これでこの地域の制圧は完了じゃな」
「はい。おめでとうございます」
王国所有の大型軍艦『ステンキル号』の師団長室で、イングリッドとクラースは降伏の証として渡された季広の兜を前にしながら、優雅にくつろいでいた。
「しかし、フルホルメン大佐の進言には感謝せねばならんのう。必要戦力は見誤っておったが、その何倍もの戦力を投下するという提案のおかげで、我らはこの地を得ることができた。なにしろ、今回の犠牲者は全体で1万近くにも及んだのじゃからのう」
「そうですな。もし1万の兵で侵攻していたら殲滅されていたのは我らの方でしたからな。そうなれば、我が軍の権威は完全に失墜することになったことでしょう」
「うむ。フルホルメン大佐にはあとでうんと褒美をやらねばならぬのう」
2人の頭はすでに王国軍将兵の賞与査定と蠣崎家やアイヌとの講和会議に切り替わっていた。
その時、1人の使者が駆け足で師団長室に入ってきた。
「殿下! 大変です。本国より火急の知らせが!」
「どうしたのじゃ?」
「それが、第4師団のフルホルメン大佐に国家反逆罪の容疑がかかったとのことです!」
「なんじゃと!?」
突然の知らせに、イングリッドとクラースは思わず喫驚した。なにしろ、戦争の切っ掛けを作った人物が国を裏切ろうとしていたからである。
「フルホルメン大佐が反逆だと!? 何故そのような話になっているのだ!」
「それが、大佐の邸宅で不審な行動をしている人物を発見し、その者が持っていた密書の中に、『異界の地を征服したのち、王国に反乱を起こして独立国を作る』という旨の文章があったとのことです。さらに密書には反乱を起こす際の詳細な手順も書かれてあり……」
そして兵士は、フルホルメン大佐宛てに届いたという手紙をイングリッドに渡した。そこには報告通り、大佐の反乱計画を示す内容がビッシリと書かれていた。
「まさか、大佐が初めから反乱を起こすつもりでこの侵攻作戦に参加していたとはな……。5万の兵で征服するという進言も、すべてはこのためであったとは……」
「待つのじゃ。この手紙一通だけでは、本当に大佐が反乱を企てていたとは限らん。差出人が一方的に大佐を勧誘していただけかもしれんぞ」
「いえ。それが殿下、その差出人と思われる人物の家も捜索しましたところ、他にも明らかに王国への叛意を示す密書が複数発見されました。差出人はいずれもフルホルメン大佐であったということです」
使者は証拠となる他の手紙も全てイングリッドに提出した。
そしてそれらの手紙には直接差出人の名が記されているわけではなかったが、封筒にはフルホルメン大佐が普段使っている紋章が押された封蝋が残っていた。
「……これは、大佐の手紙と見て間違いなさそうじゃな」
「ええ。筆跡も大佐のものに酷似しています。本物と見て間違いないでしょう」
「陛下は、大佐の軍法会議に関してその一切をイングリッド殿下に委任すると仰せになりました」
「……殿下、いかが致しますか?」
「……やむを得まい。証拠もある以上、反逆者を本国に連れて帰る訳にもいくまい。クラース、皆をここに呼べ。至急、軍法会議の準備をせよ!」
「ははっ!」
こうして、イングリッドとクラースはただちに王国軍の上級士官全てに、フルホルメン大佐の軍法会議への参加を呼びかけたのであった。




