40 勝山館の戦い その4 決着
「わたくしは王国軍第2師団長、ヴィクトリア・カルロッテ・ミュルクヴィズラント、ですわ」
名前を告げられた瞬間、俺は相手に悟られぬよう静かに驚嘆した。
王国軍第“2”師団長……? いやまさか、だってさっきの兵士たちを率いていたのは、第「4」師団連隊長のフルホルメン大佐のはず。普通に考えるならば、ここで登場すべきは同じ第4師団の師団長だろう。
だがこの高貴で誇り高い人物が、この場面でそんなつまらない嘘をつくとも思えない。
この戦い、まさか師団が2つも参加しているのか?
俺は瞬間兵力検索を使って勝山館周辺の兵力を確認する。
「な……ウソだろ?」
勝山館に籠城中の蠣崎軍は、アイヌの増援もあり600人ほど。そしてミュルクヴィズラント王国軍は……33000!?
待て待て。昨日偵察してきたとき、上ノ国の港にそれだけの兵士を移動させられるほどの軍艦は停泊していなかったはずだ。
だから敵兵の数もせいぜい、10000前後が限界だろうと見積もっていた。
じゃあ、彼女たちはいつの間に……? この未明のうちに到着したということか?
だが、王国から松前は船で2週間かかる。戦争中に援軍を呼んだところで、とてもすぐに到達できる距離じゃない。つまり第2師団は最初からこの戦争に参加していたということになる。
茂別館の戦いのことも考えると王国は5万の兵を蝦夷地に派遣していることになる。蠣崎家を滅ぼすだけなら完全にオーバーキルといっていい兵数だ。となると、彼らにはもっと別の目的が……?
しかも驚嘆した点はそれだけではない。
ヴィクトリア・カルロッテ・“ミュルクヴィズラント”……彼女の苗字、まさに王国の名前そのものだ。王制を採っている国で、国名を姓にできる人物など極めて限られている。
「ヴィクトリアさん、あなたの身分は?」
俺は恐る恐る目の前の彼女に訊ねた。すると彼女はニヤリと笑って答えた。
「ミュルクヴィズラント王国第2王女、ですわ」
俺は改めて、王国の蠣崎家攻略にかける熱意を思い知った。
王国にとって最果ての土地とも言える蝦夷地。そして王国軍の中枢といってもいいだろう第1師団と第2師団、第4師団が侵攻作戦に参加している。そして第2師団の師団長は本物の王女様。
そこまでして、この辺鄙な土地が欲しいとは。彼らの領土欲の強さには実に驚かされる。
「一応、戦闘力も測ってみるか……」
俺は続いて、ステータス確認を実施した。
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名前 ヴィクトリア・カルロッテ・ミュルクヴィズラント
HP 113400/113400
MP 13487/14452
攻撃 7213
防御 7175
魔攻 10480
魔防 10379
敏捷性 925
名声 35640
状態異常 なし
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俺が感じた『格』の違いは、しっかりステータスにも表れていた。年齢は大方俺より3、4くらい上。なのに俺の何倍も強いだなんて……。
「それより、貴方が噂の少年かしら? 破天荒な戦ぶりと、それに似合わぬ小さな体。お名前を教えてくださる?」
「……不破五郎武親、だ」
「そう、やはりそうでしたか……」
俺が名を名乗ると、ヴィクトリア王女は俺をみて再び口元をニヤリとさせる。
なんだろうこの目……。単純に敵意をもって俺たちを見ているわけでもなさそうだ。ヴィクトリア、その瞳の奥に何を企んでいる?
「貴方、今日はもう帰りなさい」
「なに?」
「貴方はこんな所で、命を散らすべき人間ではありませんわ。無論わたくしも」
「? どういう意味だ?」
彼女はそう言い残し、馬を引き返して占領中の上ノ国の町に向かった。
「ま、待って!」
何故彼女は俺を仕留めようとしない? 周囲に蠣崎軍の兵がいない今、俺を討つ絶好のチャンスだ。
それに彼女、俺が猛将であることは知っているようだ。今討ち果たせば、こちらの士気が大いに下がり一気に勝利が近づく。彼女の力なら簡単に出来ることだろう。
なのに見逃した? 一体あんた、何を見据えている?
「――あと1つ。わたくしはあのエルフの大佐を、“監視”しております。そのことをお忘れなきよう。では」
俺は、ヴィクトリア王女の発言の意味を再び呑み込むことができなかった。
あのエルフの大佐……フルホルメンのことか? しかもあいつを“監視”?
訳が分からない。ヴィクトリア王女とフルホルメン大佐は味方同士だろ? なぜ、そんなことを?
「待て」
今日はあまりに不可解なことだらけだ。正直、頭が盛大に混乱している。
だがここで引くわけにはいかない。俺はヴィクトリア王女に声をかけた。
王国軍の目的はともかく、これだけはハッキリしている。この王女を討てば蠣崎軍の勝利が近づく。それだけは紛まごうこと無き事実だ。
「ヴィクトリア姫。明日、この場所で一騎打ちを申し込む」
俺は決闘を申し込んだ。
「何故、せっかく助かった命を散らしたがるのです?」
無謀なのはわかっている。
「俺にはあるからな」
けど、ここで諦めてはいけない。約束したんだ、慶広《友》と。そして自分自身の心と。
――「じゃ行こうか、珍妙丸よ。オレ――余たちの『覇道』を!」
――「御意!」
俺は凛として、見得を切った。
「どうしても譲れないものが、さ」
■■■■■
「この……大馬鹿者があああ!!」
王女たる姫騎士に決闘を申し込んだ俺。
しかし勝山館に帰還して報告すると、俺は早速大目玉を食らった。それも広益のオッサンと鷹姫に。
「兵をむざむざ全て死なせるとは、どういう指揮をしとるんだ!!」
「そうよそうよ! それもよりによって、守継様の大切な大切な兵士を! どう責任を取るつもりなんですか!」
くそう、俺だって一日で兵が全滅してしまうとは思ってなかったんだぞ。
だが無理もない。俺は潰してしまったんだ。これから蠣崎軍がとる予定だった籠城作戦を。
本来俺たちは当面の間、以下の作戦を実施するつもりであった。
まず、敵が館に攻めてきたら弓矢で相手を退け、撤退を始めたら城門を開けて背後から追撃。ある程度王国軍が退いたら館に戻り、また敵を迎え撃つ。このルーティンを実行するつもりだった。
しかし今日、ヴィクトリア王女によって追撃用の兵士はことごとく全滅してしまった。それも作戦1日目で。
「お2人とも、心中お察しいたすが、五郎が悪かったわけでは……」
「だから! 某は此奴に追撃させるべきではないと申したのだ! 某が率いておれば、かような結果にならずに済んだのだ!」
いや、それは違う。仮にそうすれば、オッサンの首が1つ王国軍の功績として持っていかれることになっただけだ。
というより、俺か慶広じゃなかったら、みんな同じことになっていただろう。
「それで五郎は結局、その女子に一騎打ちを申し出た。で、よろしいか」
「……はい」
ともあれ、当初の作戦を継続することは不可能となってしまった。
俺達はもう、王女との一騎打ちに賭けるよりほか無かった。
■■■■■
「――来ましたわね」
「……ああ」
翌日、9月15日。
俺とヴィクトリア王女は、約束した場所に定刻通り到着した。お互い地面に立った状態で、完全装備で正対する。
「おそらく、あなたなら最後まで諦めず戦い続けると思っていましたわ。ならばわたくしも手加減致しません。よろしくて?」
「ああ、当然だ」
周囲には、決闘の行く末を見守りにきた双方の兵士が、一同に結集している。
この決闘の結果によって、この戦いの勝敗が決着する。俺は背水の陣に立たされた。
彼女は俺より敏捷性が高い。だったら戦うコツは、“後の先”をとることだ。俺は慶広に言われた教えを再確認し、準備の構えをとる。
――そして間もなく、運命の一騎打ちが開始された。
「はああっ!」
「む!?」
しかし電光石火、猛スピードで王女の剣が俺の槍をへし折らんと斬りかかってくる。
なんて速くて重い一撃だ。今までの相手とは圧力が違いすぎる。
「くっ……はっ!」
俺はやっとのことで、彼女の剣を振り払った。だが、その反動で腕の痛みがジンジンと骨まで響いている。
「甘いですわ!」
「ぬお!」
今度は彼女の剣が、右に左に、俺の胴体目掛けて薙ぎ払われる。避ける俺もスレスレで回避するのがやっと。
「ぐほあっ……!」
しかし避け切れず、渾身の一撃が俺の具足に命中。剣圧で具足には大きな傷がつき、体は後方に押し飛ばされてしまう。
これが女の力なのか? そもそもまだ、魔法を使ってないじゃないか。
「さあ、いかがなされました? 本番はこれからですわよ?」
「くっ……」
その後も俺は防戦一方だった。
「手加減はしない」との宣言通り、ヴィクトリア王女は容赦なく俺の体に無数の斬撃を浴びせ続けてくる。数分後には、俺の甲冑は叩き割られたガラス窓のような傷の模様が幾つもできあがっていた。
そして、俺に反撃の余地は皆無に等しかった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「なかなかしぶとい方ですわね。これだけわたくしの攻撃を浴び続けて、未だに立っていられたのは貴方が初めてですわ」
そうか。それはどうも。
でもいつもの俺であれば、やっぱりとっくの前にぶっ倒れている頃合い。それでも立っていられるのは、「世界征服」という大きな夢があるからだ。
「まだ……負けてない……!」
「そして、その折れない心。この2つは敬服に値しますわ」
だが、諦めの悪さを言葉にはするものの、心はもう9割が折れていた。
くそう、この俺ですら彼女には一矢報いることすらかなわないのか。これじゃあ、コタンシヤムの時と同じじゃないか……!
「あの五郎様が……」
「もう駄目だ……」
味方の兵士にすら同情されている。これが俺の姿なのか……? あの2人の女神にチート能力を授けられた、俺の姿だってのか……?
「ですから敬意を込めて、わたくしがトドメの一撃をお見舞いいたしますわ」
完全にピンチに陥り、俺は地面に立つのがやっと。
そんな中ヴィクトリア王女は身体のそばには、大いなる光の集合体が発生していた。それはあたかも太陽のごとく、熱く激しく煌いていた。
だがチャージするのに時間がかかっているのか、すぐには撃ってはこない。その隙に俺は、傷だらけの自分の体の状態を素早く確かめる。
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名前 不破武親
HP 2062/20420
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マズい、HPが相当削れている。
あの王女、なんという異常な攻撃力と素早さなんだ……。後の先を取るつもりが、まったく取れない。おかげで1回も反撃に転じることが出来ない。
こんな状態でアレを食らえば、いくら俺でも確実に戦闘不能だ。どうにかして避けないと……。
度重なる剣圧を受け続け、真っ二つに折れた槍。俺はそれを杖代わりに、全身の筋肉を奮って必死に立ち上がっている。
だが果たしてこの脚に、アレを回避できるだけの力は残っているのか……?
そうこうするうちに、王女のトドメの一撃はついに放たれることになった。
「閃光の殱撃」
まるで大型ミサイルのような魔力の塊が、俺に向かって撃ちこまれる。
しかし己に迫る身の危険を身体そのものが即座に察知。ボロボロの筋肉を奮い、反射的に左にすり抜ける。
その直後、背後の勝山館の方角から地鳴りのような轟音が届いた。
「……!」
俺は後ろを振り返った。するとそこには、驚愕の光景が映し出されていた。
勝山館の東側、そこには本来存在しないはずの空堀。それが突如として出現したのだ。
否、それにしては、あまりにも造りが杜撰で荒々しすぎる。あの姫騎士の一撃を受けて、勝山館の外壁と土塁が消滅した結果であった。
「う、ウソ……だろ……」
本当に危なかった。あの魔力砲を真正面に受けていれば、戦闘不能どころか肉片すら残っていなかっただろう。
「はっ……はっ……」
だがそれを発射したことで、いくら戦闘力がありあまっている彼女も反動で動けない様子。この隙にこのまま彼女に反撃だ!
「……ぅうおりやあああああ!」
俺は動きが鈍っている両脚に鞭打ち、一直線にヴィクトリア王女の元まで詰め寄る。生死の境を前に、俺の最後の力が遺憾なく発揮された。
そして腕一本分まで近づいたところで、折れて短くなった槍の先を彼女に向け、今にも討ち取らんとしていた。
「ヴィクトリア姫……覚悟ぉ!」
だがこの時点で俺は、彼女の戦闘力を完全に甘く見積もっていた。
「――漆黒の殱撃」
彼女はボソリと魔法名を呟いた。俺はそれを耳にし、一瞬動きが止まる。
そして――
「ぐっ……うおおわああああああああぁぁぁぁぁっ……!!!!」
再び大型ミサイルのような魔力砲が放たれ、ゼロ距離で俺の腹部に直撃。それも、さっきの魔法と違い、得体の知れない巨大な闇に飲み込まれそうな一撃であった。
馬鹿な……!? 彼女は魔力砲の反動で、動けなかったはずでは? なのに何故、ここまで強力な魔法をもう一発撃てる!?
頭の中で疑問が浮かび続ける中、俺の体は宙を舞っている。そして、狭まりゆく視界に移るのは、俺の体と衝突するのを恐れて急いで退避する味方の兵士。
そして俺はそのまま地面に激突。激痛で視界はいよいよ真っ暗になる。
――――――――――――――――
名前 不破武親
HP 0/20420
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目が見えなくなっても、脳内には映し出される自分の状態。残酷にも、HPの値は0と表示されていた。
戦闘不能となって意識を失う直前、勝利者となった彼女は種明かしをしてくれた。
「――まさか、わたくしの殱撃を一度は回避するとは驚きでしたわ。でもわたくし、万が一の可能性を考え、『さらに一発』殱撃を準備しておりましたの。そして動けなくなったフリをして貴方をおびき寄せ、確実に撃ちこめるようにしましたの」
……はっはっはっはっは。これは見事に一本取られちゃいましたか。
だよな、漫画とかじゃあるまいし、そう簡単に勝てるわけなかったか。結果、ヴィクトリア王女のほうが何枚も上手だったってことだ。
ああ、でもこれで蠣崎軍の敗北は決定しちゃったわけか。俺達はこれからどうなってしまうんだろうな……。
回想を巡らしていくうち、俺はとうとう意識を喪失。そして数日後。目が覚めた俺のもとに届いたのは、『蠣崎軍完全降伏』の報せであった。




